第二節 あさひ映す 月の恋人(前)
勝負に出た朝盛は、実朝の体ばかりか心までも奪い、主君を支配しようとします。
本章ではこの物語最大の山場ならぬ濡れ場があります。Rをつけようか迷いましたが、あれこれが書かれていなので、あらすじ内での「ご注意」にとどめました。
※月の恋人の前編と後編にかぶりがありました。
修正しましたが、ブックマークしていた方、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
この六月、実朝はろくに政務をみることはなかった。亀谷の寿福寺に出かけたり、仏事を催したり、周囲が気のまぎれそうなことを勧めたが、主君の笑顔が戻ることはなかった。
心配した和田義盛が、
「よし、儂らで御所を元気づけてさしあげよう」
実朝を自邸へ招き、心尽くしの酒肴でもてなした。引き出物も絵画好きの主君のため和漢将軍影を十二鋪ほど用意した。しかし、実朝はさして喜ぶふうではなく、これに、
「御所はもっとかわいらしい画が好きなんだよ」
「親父、わかってねぇな」
長男の常盛ら、手伝いに来ていた息子たちから、散々に言われてしまった。
日が暮れたので、将軍家一行は大倉に還御することになった。
和田の人たちは主君を見送るため、ぞろぞろと廊を歩いた。
そのとき、ふと、軒下から夕暮れの空を見上げた常盛が、
「あ、何か光った」といえば、弟の朝比奈が、
「俺も見た。流れ星かな」
「いや雲に隠れた彗星かも」
誰も彼もが何か見たと大騒ぎになった。
「御所、星占でどんな卦が出るかわかりません」
「今夜はこのあばら家にでも、お泊りください」
「途中で怖い魔物にさらわれちゃうと危ないですよ」
和田の人たちが口ぐちに言うのを、実朝の近侍たちは苦笑して顔を見合わせた。
主君を引き留めたいばかりに、星占を口実にするのはよくあることだ。
義盛は将軍家の手を取るようにして、寝殿へ踵を返す。
実朝に従っていた近習らは、
――和田の人たちにしては上手に過ぎるな。平太(胤長)でないとすると……
すぐに朝盛の入れ知恵だと気づく。今夜の二人は近習としてではなく、和田の人間として宴を手伝っていた。
その朝盛が今、いつの間にか将軍家のそばにぴたりと体を沿わせ、
「え、何ですか」耳を実朝の口元に寄せる。
「……」
主君が呟くのを朝盛は何度もうなずきながら聞き取り、目の前の義盛へ言った。
「祖父上、将軍家はご気分がすぐれぬようです。寝所で横になりたいとおっしゃっています」
「何と、これから酒宴を仕切り直そうと思っておったのに」
「そうは言っても、将軍家にご無理をさせるわけには参りません。しばらく横になって頂き、様子を見てはいかがでしょう。御所のおそばには私がついておりますから、その間、祖父上たちは皆さまにおもてなしの続きを」
義盛を始めとする和田の人々は残念そうな顔になっていたが、朝盛の末の一言に、
「おお、そうじゃ、皆には酒の進め方が足りなかったかもしれん」
「よし、飲み直してもらいましょう」
主君へのおもてなし甲斐が不足した分、御剣役以下の近習らへ精力が向かう。
近習の彼らも、このところの主君の不調には慣れっこになっており、
「まぁ、三郎がそばにいれば大丈夫でしょう」と、役得に預かることにした。
4
朝盛と実朝は二人だけで寝室に向かった。途中、実朝の膝が崩れ落ちそうになるのを、朝盛が腰に腕をまわし、細い体を抱きかかえるようにして廊を進んだ。
将軍家のために用意された寝室は、大通りの喧騒から離れた邸の奥にあり、庭の眺めも姫沙羅(夏椿)を主に、涼やかに整えられていた。
けれど、満開に咲いた花々の白も、実朝には、虚ろに通り過ぎていくだけだ。
朝盛は人目のないのをよいことに、主君の体をいつかの夜のように抱き上げていた。
そして待ち切れず、実朝の額に口づけする。
寝室前の御簾を肩で上げ、部屋に足を踏み入れる。几帳を巡り、褥の上へ主君の体をそっと下ろして、座らせる。
ろくに自分で着替えもできぬ主君である。まず烏帽子を外し、袴の紐を解いてから水干のくびの緒を解き、上衣を脱がせる。上体を褥に横たわらせ、腰を持ち上げて袴を引き下ろすと、大腿の下、膝の下、足首までたどりついてから括りの緒を解き、これでようやく袴を脱がせられた。
朝時は、下着姿になった実朝を見下ろした。真夏の小袖は薄い薄い衣で仕立てられ、体の線があらわにする。彼は少し考えてから、自分も服を脱ぎ始めた。この前の晩は、心急き、袴を下ろすくらいしかできなかったが、今夜はもっと実朝を感じたかった。
自分も下着姿になった朝盛は、実朝の横に体を並べた。
「ずいぶん、お待たせしませしたね」
今夜の手順ではない。あの晩から半月以上が経っていたから。
「もっと早くにこうしていたかった」
耳もとでささやきながら、男の手は小袖の前に伸び、胸をまさぐった。
実朝の体はまだ二度目ゆえ、こわばりは相変わらず、どうほぐそうか悩む。
口と舌と指を使い、
「ここは? 痛かったら痛いと言ってください」
半刻ほど愛撫をくり返したが応えはなかった。実朝は泣きこそしなかったが、初めてのときのように口をきくこともできないでいた。
「仕方ありませんね」
朝盛は諦め、自分の下帯を解いた。
すでに実朝の体からは全てを奪っている。
主君の全身には、まっさらな雪に玉霰を灑らせたような瘢痕が宿っていた。この肌を秘めるあまり、実朝は誰にも体を許さなかったのだ。
そう思えば、むしろ愛おしく、一つひとつに口づけを済ませた。
「御所、私は初めて会ったときに気づきました。あなたは男を愛する方だ。それを三浦三崎で再会したとき、確信したのです」
朝盛は、主人の右脇に横たわると、肩に手をまわし、ぐるりと横向きにさせた。実朝の背中へ自分の胸を密着させる。左手を体の下にくぐらせてから口を覆い、もう片方の手で実朝の右脚を持ち上げて尻を割ると、そのあとは一思いに犯した。
乱暴にゆすぶって、逃れようとのたうつ体を抑え込む。手の指に実朝の涙が伝わっても力を緩めることはせず、姿勢を変えながら何度も犯し、精を使い果たした。
夜半を過ぎたころ、朝盛は実朝の体を包みこむようにして横になっていた。
自分の唇のすぐそこに主君の首すじがあったから、己れの赤を映したい衝動に駆られた。けれど、明日の朝には帰さねばならぬため、堪えた。
遠く、賑やかな宴の声が聞こえる。
あの人たちのことだから、今頃、何も知らずに踊り乱れているのだろう。
「御所、我慢なさいませ。こうして回を重ねるごとに、別の場所に行けるようになりますゆえ」
――別の場所。
実朝の戸惑いが体に伝わったから、
「もっと気持ちのいい場所ですよ」
手のひらで胸をやさしくなでた。
「私だって、最初はそうでした。羽林にお仕えしていたころは……」
朝盛の言葉に、実朝の体がぴくりと応じた。
「兄上のこと?」
朝盛が先代頼家に仕えたのは十一歳、加冠を済ませた翌年だった。十歳での元服はやや早い感もあったが、そのころ三浦の長子の元服が近づき、
「ついでだから一緒の式で、幕下に名付け親になって頂こう」という安易な親たちの思いつきで加冠を終えた。
けれど、それが正解だった。まもなく幕下は体調を崩し、一月ほどで身罷ったが、自分は不世出の将軍から『朝』の一字を頂戴し、朝盛と名乗ることができたのだから。
故殿の嫡男が家督を継ぐと、朝盛はすぐさま近習として出仕した。
主君となった頼家は豪快だった。二代目鎌倉殿は、若い精気をさまざまなものに向けようとした。訴訟の裁断や荒野の開発、宗教への口入れ――はりきり過ぎて、宿老らに独断で訴訟を裁定することを禁じられてしまったほどだ。
だが、その後も彼らを補佐役に裁断をおこない、各国の土地開発や叛徒の掃討を命じ、朝廷相手に利権を折衝するなど毎日の政務を精力的に行った。
遊びも派手だった。三浦三崎から大礒にかけての海は御所の前池のようなもので、それぞれの遊女宿で仲間たちと遊び狂った。由比ヶ浜で若い御家人らを連れ、笠懸や相撲を観覧し、武芸を競い合わせた。
何事にも先例にこだわらず、故実が廃れると老人たちを嘆かせたが、新儀を取り入れることに躊躇ない姿勢は、果断な主君として評価する家臣も多かった。近習たちも一新し、比企氏の息子や一族の中野五郎、年の近い叔父時房など、若い武将を好んだ。
そして、朝盛は彼らのなかで最も年若い近習だった。
当初は行儀見習いとして彼らの末席にあったものを、その美貌が主君の目にとまり、頼家は小さな近習を面白がって、そば近くに寄せた。
以来、朝盛の見るもの聞くもの全てが、頼家の存在を通した。
主君は、目の前に差し出される政務や遊びに飽き足らず、
「何か楽しいことはないか」
いつも愉快を探しまわった。
狩猟や蹴鞠に若者たちを集め、
歌舞や音曲に遊女たちを集め、
頼家の巻きおこすめくるめく愉快に、十一歳の自分は体ごと取り込まれていった。
北向の御所は、頼家がお気に入りの遊女を引っ張りこみ、限られた者だけが出入りを許された特別な場所で、彼らのなかに自分も入れてもらえたことが朝盛の誇りだった。
けれど、
「三郎にはまだ早いからなぁ、そこで見ているだけにしろ」
本当の意味で仲間でなかったのを、いつも寂しく思っていた。
そんなある晩、遊女を裸にしていた主君が、自分を見とめた。
「おい、三郎、おまえ何やっているんだ。こっちへ来い」
素直に寄って行くと、
「何だ。早く脱げ」
言われたとおり脱いだ。
主君も下着姿だったから何のためらいもなかった。
部屋の中の裸形は二人だけではない。男と女、男と男のからみ合う姿がいくつもあった。
自分は頼家に命じられるまま、喜んで二人の間に入っていった。
――これでぼくは、みんなと本当の仲間になれる。
うれしくて仕方なかった。
女の子のようだと形容された息子を、頼家のような人間に仕えさせることがどんな結果を生むか、父をはじめとする和田の人々は想像もしなかっただろう。
あのころ御所で行き合った朝比奈の叔父は、
「おまえ、最近、御所に可愛がってもらってるんだってな。良かったな」
そう言って褒めてくれたものだ。
「うん、御所のところは毎日楽しいことばかりだよ」
頼家が世界の全てだったころ、自分の言葉に嘘いつわりはなかった。
朝盛は思い出のなかにたゆたっていた自分を現実に引き戻した。
実朝の胸をなで続けながら、
「ようやく、口をきいてくれましたね。けれど、私も近習として、かつての主君の寝所のことを口にすることはできませんから」
――口にできぬ分、それは体で。
自然、実朝の脚のつけ根に手が伸びる。使い果たしたと思っていた精が蘇り、自分の貪欲さに呆れた。
実朝の気鬱は七月になってもおさまらず、そのせいか、先月の刃傷沙汰で侍所が穢れたと言って、建て替えを命じた。
確かに、床や壁には拭き取っても取りきれぬ血糊のあとが残っていたものの、
「壁は塗り替え、床は張り替えれば済む話ではないでしょうか」と進言する者がいたが、実朝は許さず、侍所は解体され、新築されることとなった。
「よっぽど怖い思いをされたんだな」
「まぁ、そんなわがままも将軍家だから仕方ないか」
御家人たちは納得し、侍所の再建は裕福な千葉成胤に全て押し付けられた。
祖父の邸での接待以来、朝盛は反省していた。
将軍家を犯すに、一夜めと二夜めの間隔が空きすぎていた。
――こういうことは、立て続けでないといけないのだが。
近習という間柄にあって、二人の距離はさほど遠くない。けれど、いつだって何人かに囲まれている恋人と、二人きりになる時間は皆無に思えた。
――無理にでも逢瀬をつくらねば。
夜の寝所に忍びこむにも、実朝のそばには女房たちが添い寝していては適わず。だが、一方で、政務を放りだした主君は昼を無為に過ごしていたため、むしろ添う間がある。
朝盛は思案の末、実朝が尼御台や御台所のもとへ訪れる際、
「いつもあちらへ渡るたびに大げさになってしまうから、供の者は和田新兵衛だけでいい」と言わせ、家族との時間を早々に切り上げさせると、帰りに無人の部屋に連れ込んだ。
これは思った以上に具合よく、二人は回数を重ねるごとにすべり込むのが上手くなった。
時の間も、空の間も。
無垢な恋人は可愛がるたびに思い通りの体になっていった。
処々は少しずつほぐれ、吐きだす息も甘いものとなる。体がなじめば心もなじみ、
「だいぶ、よくなりましたか」
「うん」
以前のように打ち解けて会話らしいものも生まれる。
――そろそろだな。
朝盛はある日、二人だけの局で、
「私はもっと、御所とゆっくり過ごしたい」
主人の足元にひざまずき、袴の括りの緒を結びながら言った。
時の隙間にあって、二人はいつだって服を脱ぐ間もなかった。袴の裾の一方をたくし上げ、排尿の要領で番わねばならなかった。
「もう、隠れてこそこそするのは嫌なのです」
しかし、実朝は首を振った。「このまま、秘密のままでいたい」と。
けれど、朝盛にそれを受け入れる気はない。
「御所は、何もわかっていらっしゃらない。あなたは何でも命じることができるんです。いいですか、私の言う通りにするのです」
薄暗い部屋のなかで、彼の白目がちの眼はよく光った。
八月も半ばをすぎ、だいぶ過ごしやすくなったが、将軍家はいまだ政務に携われるほどお元気ではなく、かといって寝込むほどではない。
そこで、
「近習のなかから若くて気の効いた者を選ぶゆえ、将軍家の昼の無聊をお慰めすべく居室近くに伺候せよ、当番で歌づくりや物語りの相手となるべし」との沙汰があった。
先日の放生会では、尼御台や御台所が八幡宮に向かったあと、実朝は珍しく「今年は行く」と言って、輿を使い、参詣を果たした。行事は例年どおり滞りなく終わり、
「やはり将軍家が来られませんと、儀式をした気になりませんから」
「しかし、ご無理をさせてしまいましたかな」
御家人らに憐憫を覚えさせたため、今回の沙汰について、とやかく言う者はなかった。
義時の舅、伊賀朝光や和田義盛も次の間に伺候するよう沙汰された。彼らはいい年寄りだが、古物語りをするために加えられたという。
義盛は、気鬱が続く将軍家を知っているだけに、
「とびっきりのおもしろい話をして、元気づけてさしあげよう」と、張り切った。
さらに数日後、実朝は夜の寝所番の作法を改めると言い出した。
「私はもう、女性たちと一緒に寝るのをやめる」
遅すぎるほどの将軍家の自立である。乳母らは、実朝の体のことを心配したが、
「そのときはそのときで、阿波たちを呼ぶよ。朝と夜の着替えは今まで通りでいいから。それよりも、父上の先例にならおうと思って」
亡き頼朝公を出され、女たちはしぶしぶ認めた。
男たちは、もとより賛成である。特に近習たちは、
「これで夜も、御所のおそば近くに侍られる」と喜んだ。
女たちの壁が取り払われ、夜にも主君の話し相手になれるのだ。
昼に続く将軍家の夜の生活の改変に、皆、異議を唱えなかった。
しかし、これが誰の思惑によるものか、当番の近習はその夜のうちに知る。
二人組の寝所番が実朝の床の両脇に控えたが、主人の臥所とは几帳によって隔てられていた。彼らは、
「このごろ御所がよく眠れないとおっしゃるから、我らがよい話し相手になろう」
「でも、あんまりおもしろい話でも眠れなくなるからいけないか」
「眠くなる話と言えば、年寄りの長話だな。和田殿が夜にも参られればよいということか」
などとのん気なことを言い合って当番に就いたが、間もなく、同僚の朝盛がするするとぬれ縁を進み、主君の寝所へ向かってくるではないか。
――和田新兵衛、当番の日を間違えたな。
と二人は思い、注意しようとしたが、朝盛は迷いのない歩みで御前に進むと、膝を折り手をついて一礼した。
――御所に急な用でもあったのか。
不審がる当番が見守るなか、朝盛がすっと立ち上がり、几帳の内へとすべり込む。
やがて彼らにとって耐えがたい夜が始まった。
翌日、二人は腸が煮えくりかえる思いで詰所に戻った。昼の当番と引き継ぎをするにも、ろくに口を利かなかった。だから、彼ら昼の当番は知らない。知るのはその夜の当番である。
毎夜毎夜、実朝の寝所であったことを、誰もが誰にも伝えない。ゆえに、初めてその場に居合わせた当番は、その度に怒り狂った。しかし、彼らは主君の寝所のなかでのことを決して外に漏らすことはなかった。
それは、
「秘密は、体が近くなればなるほど、守られるものなのです」
朝盛は臥所の中で実朝にささやいた。
彼の企みは二重の目的に適った。これまで実朝の寝所は女性らに阻まれていたものを、これからは自由に訪れることができ、さらに寝所番が秘密を守ってくれるのだ。
旧主頼家が夜のらんちき騒ぎに明け暮れていたころ、寝所番の制度をうとましがって、当番を中断していた時期があった。しかし、内外の障壁がなくなったことで却って外部に内容が漏れ、尼御台の耳に届く結果となったのだ。
「皆には早く慣れてもらわねばなりませんね」
頼家から実朝へ繋がる寝所番の人員は断絶している。そこへ朝盛が「これが正解だ」と言わんばかりに現れたのだ。
――寝所に侍る輩がどう思ったとて、知ったことか。
代々の将軍家の作法にのっとれば、伽の相手を寝所に引っ張り込むなど当たり前のことだ。怒るほうがおかしいのだ。例え相手が女であろうと、男であろうと。
「大人たちは知っている、けれど御所の代では知られていないことをお教え致しましょう」
実朝への寝物語は、すぐそばの近習に聞かせるものでもあった。
「故殿も、近習と睦み合うことがありましたが、それは戦場での夜の慰みに限りません。平時でも寝所番を気軽に臥所へ呼び入れられて……この大倉へ御所が建てられたころのお気に入りは結城殿だったとか」
「え、あの結城が?」
「そうですよ。まぁ、寝所番を退いたあとの結城殿のお相手は三浦殿ですが」
「うそ」
「うそではありません。第一、これは知らないほうがいけません」
「なぜ」
目をまるくする主君へ、朝盛はふふと笑う。
「人のつながりは表だけでは計り知れません。裏のつながりも知らないと、うっかり悪口も言えないでしょう。そのつながりが人を殺しもし、生かしもするのですから」
よくある御家人同士の刃傷沙汰は、痴話げんかから発展することもあるのだ。逆に、結城は梶原に讒言された際、三浦義村に助けを求めて救われている。ゆえに、昔の人は彼らを断金の朋友と呼んだ。
「あのお二人はもともと寝所番の仲間同士でしたから、当時も、こっそり付き合っていたかもしれませんね」
「でも、信じられないよ。母上は結城をとても頼りにしていらっしゃったから、このことを知ったらどう思われるだろう」
結城は頼朝の死後、尼御台の腹心とも呼べる武将で、時政から実朝を奪還する際、三浦義村とともに忠実な働きをしている。
「尼御台さまはとっくにご存じですよ。それより、尼御台さまにも故殿がお亡くなりになられたあと、お付き合いされた方がいたのですが……言ってもよろしいでしょうか……お相手は、尼御台さま付きの女房でした」
実朝に言葉もなかった。
「故殿ほどの夫君でありましたならば、御正妻として再嫁することも許されません。二夫に見えずを強要され、苦しまれた折にお慰めしたのが、梶原の息子の嫁でした」
この人妻は尼御台から絶大な寵愛を受けたものの、まもなく梶原は結城の件をきっかけに族滅の憂き目に遇い、女性本人の所領も奪われかけた。しかし、尼御台が彼女を必死でかばい、領地を安堵させたという。
「これを人々は仁、至高の愛と呼びました。いいですか。愛は地位や性別、立場を問いません。それが厄介な場合もありますし、意外な力を発揮することがあります。私はそういったことも御所に知ってほしいのです」
朝盛は実朝の目をじっと見つめて言った。
「私はさまざまなものを乗り越えて今ここにおります。御所への愛ゆえの力であることをご理解頂けますか」
男の白々しい愛のささやきに、聞き耳を立てていた寝所番も、
――何、言ってんだよ!
腹立たしいこと限りない。
実朝も寂しく笑って、うなずいた。
朝盛から後朝に贈られる歌のなかには、
「私は御所に相応しい男になりたい」と官位や所領をねだる歌がまぎれていた。
それはとても巧みに、甘く、やさしく――
だから、彼の野心をわかっていても、彼との関係を続けたくて、実朝は歌を返してしまうのだ。
朝盛は主君からの返歌を何度も受け取るうち、実朝の歌がずいぶん上達したことに気づいた。秘めたる恋人同士は歌のやりとりに心を砕く。いつ使いが文を落とすかわからない、誰に読まれるかわからない、そのために技巧をこらし、一読では意味のとれない歌が多くなった。
――俺は藤原定家より、御所の良い師だな。
朝盛は調子づく。
実朝も自身の歌の上達を自覚し、古えの人が他人にわかりづらい恋歌を詠んだ理由を理解した。かつて実朝が詠んだ東重胤への歌、塩谷朝業からの歌、それらが人々に知られても騒ぎにならなかったのは、誰もが、恋に幼き主君と、それに付き合う大人の関係を見てとったからである。
朝盛のセリフのなかに「愛することに性別は関係ない」とありますが、彼らの性愛を描いていて、まったくそのとおりだなぁと登場人物たちに教えられました。アレとかコレとか描写しなくとも性愛シーンって成立するんだなぁと。
あと、創作上のウソを暴露してしまいますと、朝盛の述懐で『女の子のようだと形容された息子を、頼家のような人間に仕えさせることがどんな結果を生むか、父をはじめとする和田の人々は想像もしなかっただろう』という一文がありますが、これは日本史的にはウソ。昔の人は自分の息子を主君に仕えさせる際、それも『込み』で送りだしました。息子が主君に愛されることを喜ぶ親もいたそうです。(男色によって主従の絆が強くなるわけですから、それによって親にも利権のおこぼれもあると)もちろん、それを汚らわしいと思う人もいたようですが、この時代の価値観のふり幅ってかなり広いですね。
なお、朝盛が実朝への寝物語で、結城朝光について陰口を言っていますが、ひどいゴシップ(あることないこと)です。
結城朝光は筆者が以前投稿した『Brotherhood』という物語の主人公の一人です。読者のみなさんにはあちらの物語もぜひ読んでほしいと思いますが、健全な『Brother~』の朝光をそんな目で見ないでくださいね。