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第一節 策士眈々 孝子

 義弟重忠の死を受けて、追いつめられた義時は策士として開眼します。


 歴史を後から追う者は、北条氏が計算ずくで次々に他氏を排斥し、ついに将軍すら超える権力を手に入れた、と思い込みがちですが、それはちがうでしょう。

 一介の土豪から手探りの状態で権力の渦中を生き延びた彼らは、ピンチをチャンスに変える力が、人よりほんのちょっと得意だったにすぎません。

 そのたびごとに、彼らも身を切るような選択をしていったのです。

 

 合戦の翌日、鎌倉に帰還した義時は、時政への報告を終えて自邸に帰ると、家人からの言祝ぎと元気な赤ん坊の声に迎えられた。

 彼はすぐさま伊賀の方の部屋に向かった。 

 立派に出産を終えた妻がにこやかにほほ笑み、かたわらでは乳母が健やかな赤子を抱いていた。聞けば昨日未明、伊賀の方は夫の出陣のあと、まもなく産気づいたという。

 初めてのお産、しかも早産とあって心配されたが、いたって安産で未の刻(午後二時ごろ)に男児を産んだ。

 よりにもよって、重忠が死んだ日に――

 これにさまざまに意味づけができたが、義時は己れの思いを必死で押しとどめた。

 赤子を乳母から受け取ると、生まれたての我が子へ、

「お前は親孝行な息子だな。父の危急を知って、駆け付けようとしてくれたのか」

 と、語りかけながら周囲を和ませ、壮年の父親としての余裕を見せた。


 酉の刻(午後六時ごろ)、鎌倉の街は再び騒然となった。

 街への入り口経師(きょうじ)(がやつ)口にて、三浦義村が重忠の従弟、榛谷重朝とその子らを討ち果たしたという。二俣川を本拠とする榛谷は、畠山との合戦の後始末で皆より遅く鎌倉へ戻った。凱旋の途中、待ち伏せしていた義村が彼らを襲撃したのだ。同行の兄稲毛重成と、その子息小沢重政も他の御家人に首級を上げられた。

 重忠の亡き後、畠山の家督は、北条方に付いた稲毛に譲られると誰もが思っていた。

 だのに、

「執権殿はいったい何を考えておられるのだ」

「褒美の代わりに死を賜るとは」

 鎌倉中の武将たちは時政を非難し、実行者の三浦義村へも、

「まるで北条の走狗ではないか」と不審の目を向けた。

――いや、あいつが北条の走狗で満足する男か。

 義時は、そこに三浦の権謀を見た。幕府はすでに時政と牧の方のものだ。近い将来、この夫婦の後継には平賀が充てられ、安達らが取り込まれ、浮き上がった前妻腹の義時たちへ楔が打ち込まれるという構図を予見し、いち早く時政に付いたのだ。

――あいつは俺を裏切るつもりか。


 二年前、時政は、将軍位を継いだばかりの実朝を、名越の自邸に住まわせようとした。しかし、牧の方へ不信を抱いた尼御台の命を受け、三浦義村が素早く幼君を取り戻した。彼の手柄は記憶に新しく、心情はどうあれ、やつは姉や己れのほうを選んだと思っていたが。

――誰も信じるなということか。

 義時は現実を突きつけられる。

――そうだ。父すらも……

 あの英傑だった時政が誰かに踊らされた、唆されたなどと信じたくはなかった。

 けれど、

――父上はこれ以上、何を望むのだ。

 権力を守るための権力。力とは本来、自分と身近な家族を守ることではなかったか。

 殺された小沢重政も同母(いも)(うと)の子だった。またも血の繋がった甥の惨殺を知らされ、戦勝の安堵も子が生まれた喜びも立ち消えた。

――戦さに勝ったとて、子が生まれたとて、親すら信じられぬとあれば、どうやって俺は生きていけばいい。


 己れは時政の所職のうち、相模守という重要な地位を譲られていた。これを牧の方が見逃すはずはなかった。継母は一人息子を失い、その腹いせのように継娘の嫁ぎ先を滅ぼしている。

――次こそ俺の番だ。

 義時は怖気(おぞけ)を覚えずにはいられなかった。


 数日後、義時は自邸に八幡宮の僧を呼び、般若経を転読させた。

 (くう)の思想に根差し、人々へ成仏を促し、苦悩を取り除くと()く教えに、余人は重忠への供養と思っただろう。

 けれど、自分にその資格はない。

 義時は、それを十分に自覚して、ただ己が宿願のため祈らせた。


「牧の方は娘婿の平賀を将軍に就けるため、御所を亡きものとしようと企んでいる」

 その噂を耳にしたとき、牧の方は鼻で笑った。

「何をばかなことを」思わず口に出して、周囲の侍女らに同意を求めると、彼女らもまた薄く笑って女主人に追従した。

 確かに朝雅は、清和源氏の義光流の名門であるが、

「おおかた、どこぞの下種(げす)がたてた噂でしょう」

 牧の方が言う下種とは、年の近い前妻腹である。であれば、その下種の父親が自分の夫にあたるはずだが、それは彼女の念頭にはない。また、そのことを指摘する者もない。

「当の将軍家は、今日、この邸へ御渡りになるというのに」

 祖父への挨拶に、そして私への挨拶に。

  牧の方は、うっとりとなった。

――今や夫は幕府で最も力ある男。その夫が頭あがらぬのが、この私……

 夫の時政が自分の言いなりになる理由はいくつかある。妻の若さと美しさ、貴族の出自や、北条の伝来の土地よりよほど広い本領をもつ大岡の実家に引け目があるのだ。

 時政は釣り合わぬ格差を埋めるように、妻のために権力を使い、均衡を保とうとした。

 当然、夫の力は妻の力とばかり、牧の方は権勢を振るい、父や兄弟、娘婿、ついでに身の回りに寄ってくる者たちにもその分け前を与えた。


――私は東国で最も力ある者なのだ。皆、私を畏れ敬うべきなのだ。

 ()に、夫は血のつながった娘や孫よりも自分を選んだ。おかげで前妻腹には憎まれたが、それがどうしたというのだ。前妻腹の夫子どもが何人死んだとて、たった一人の嫡男を失った悲しみに釣り合うとは思えない。血の価値が違うのだ。

 牧の方は自身が加担してきた殺戮に、良心の呵責など一片も持ちえなかった。


 ただ、先の合戦からおかしな風が吹いている。

 畠山の遺領の配分を、将軍家がまだ幼いという理由で、尼御台が裁量したというのだ。

 牧の方は首を傾げた。それは我が夫の役目ではないかと。しかも、尼御台は合戦に関わりのない自分の女房にも与えてしまい、御家人から反感を買ったらしい。

――分不相応なことをするからよ。でも、たまにはあちらに譲ることも大切かしら。

 と、余裕を残す牧の方だったが、貴族出身の彼女には理解が及ばなかった。所領の配分が武家にとってどれほどの意味を持ち、その裁量を行うことが真の支配者を示すということが。ゆえに、近頃の夫の浮かぬ顔の、その理由に思い至らなかった。


 時政は焦っていた。

 いつまでも自分の風下に立ち、自分の思い通りになると思っていた子どもたちの反撃が始まったのだ。長女の尼御台が畠山の遺領を配分したという事態、それには必ず後ろには義時がいる。

 戦勝側の総大将が、「全ては、尼御台さまのご随意に」とでも言えば、誰もが納得する。結果、征伐を命じた時政の存在は無視される。いや、若い後妻に踊らされた老耄の、婿の一族を討たせた非情の、といった悪評ばかりが高まった。


 事実、己れは牧の方を甘やかし過ぎた。継娘の七光りによって陽の目を見たにも関わらず、継娘と張り合おうとする牧の方を持て余していた。自分は、御家人たちから妻でさえ制御できぬかと統率能力を疑われ、離反されかけているのだ。

 時政は巻き返しに出ねばならなかった。今日、将軍家を自邸へ招待(しょうだい)したのは御家人たちへ外戚としての地位を知らしめるためだ。

 世間では、自分は牧の方の言いなりのように思われていたが、それは違う。越えてはならぬ一線を保守する分別はあった。

「――ねぇ、殿、あのかわいらしい将軍家のことですけど、何か私に大切なことを隠してません?」

 妻はあの手この手で実朝の秘密を探ろうとするが、

「何だ、そなたのような賢い女が、益体(やくたい)もない噂を気にしておるのか。おおかた将軍家や我が家を貶めようとする輩が流した噂だろう」

 時政はとぼける。

「いえ、もし将軍家が将軍家たりえる(かなめ)をお持ちでないなど、考えるのも恐ろしいことです。あまつさえ殿が、そんな要なき将軍家の後ろ盾となっているなんて思ってもおりませんわ。ただ、隠しごとというものは後になればれるほど厄介を孕むものです。大事にいたらぬうちに、荷を下ろすということも大切ですわよ。何も知らぬ私に、後から言われましても困りますもの」

 牧の方はさらりと釘を刺し、かつ、暗に実朝の退任を勧めるのだ。

――それができれば、とっくにそうしておるわい。


 時政としても、実朝後()のことを考え、今度こそ武家の棟梁に相応しい後継者を周囲に見出そうとするが、実朝の甥として血筋がもっとも近い頼家の子らを今さら擁する気にもならない。実朝の両従兄にあたる、全成(頼朝の異母弟)の息子も二人ほどいたが、父親の本拠の阿野へ厄介払いしてしまった。比企氏との暗闘の際、全成をむざむざ殺させてしまった後ろ暗さからだ。彼らは己れの前妻腹、阿波の局の子だ。であれば、牧の方が喜ぶものか。


 そこで、時政の脳裡には婿の平賀朝雅の存在がちらつく。ちらつかせているのは牧の方だったが。だいたい、火の気のないところに煙は立たぬ。牧の方が実朝を亡きものにしようとまでは思わぬが、平賀のことに関しては下心が見え透いていた。

 確かに彼は、立派な壮年の武将にして、頼朝と同じ源氏の貴種、かつ、時政の婿である。さらに京都守護としての実績があり、上皇の覚えもめでたく院の殿上人にまでなっていた。

 だが、上皇が、相婿の実朝を退けてまで平賀を将軍とすることをお喜びになるだろうか。時政自身が仙洞の力を借りて実朝を将軍にし、御台所を京から迎えているのである。

 今さら、「将軍家はご幼稚ゆえ、将軍の位は壮年の平賀に」と言ったところで、上皇にも御家人たちにも反感を買うだけである。


 まったく、自分の為したこと全てが裏目に出て、自分自身の首を絞めている。

 関東武将にとって源氏の嫡流といえば、源頼義の長男、八幡太郎義家の嫡流である。平賀の義光流も相当なものだが、義家流と比べればやはり精彩に欠いた。

 八幡神への信仰も含め、かつて義家の本拠であったこの鎌倉に武家の都を築いたときから、関東の武将たちは義家の末裔たる頼朝公を武家の棟梁として認めたのだ。それを考えれば、平賀を将軍家に推すなど、

――とても、とても。


 牧の方は、夫の力を、あるいは己れの力を過信している。

 平賀や安達ら、旧比企氏の女系を味方につけたように思い込んでいるが、氏族内の微妙な人間関係に(くさび)を打ち、比企宗家を滅ぼした張本は我らである。それを今さらなかったことにできるものではない。いずれ力をつけた彼らに復讐されることは目に見えた。

 時政は妻ほどに彼らを信用しなかった。しょせんは他人である。だからこそ頼りは身内であったものを、気つけば己れは前妻腹を切り捨てる愚を犯していた。

――なるほど、他人(ひと)が儂を老耄というのもわかるな。

 背中にじっとりと汗がにじむのを感じながら、時政はすでに、己れに打つ手がないことを自覚していた。

 

 この日の昼、悩める祖父のもとに訪れた実朝には何の憂いもなく、目の前に並ぶ美酒佳餞に瞳を輝かせていた。山海の珍味は牧の方が一つひとつ選んだというが、食材の端境期にあって旬のものが限られるなか、だからこその工夫が見てとれる。

 新鮮な太刀魚(たちうお)(なます)にこしらえ、(あわび)は身厚のものを薄く切って吸い物にし、冬瓜は透明な果肉を柔らかく煮ている。

「これだけのものを揃えるのは大変だったでしょう。それぞれに手間がかかっているし」

 残暑の季節、まくわ瓜は井戸水でよく冷やされ、実朝の喉をひんやりと潤してくれた。

 牧の方の気配りの細やかさがよくあらわれていたが、しかし、その細やかさはつねに自分の利益にしか向かないのである。

「いえ、それほどでも」

 ほほと扇で笑みを隠す牧の方は、時政とともに主君の御前に座していた。

 実朝の祖母にあたる自分が、夫婦そろって挨拶を受けるのは当然だった。

――この私がおばあちゃんっていうのが気に入らないけど。

 彼女は実朝の母親、尼御台と年が変らぬ。が、不満をひとまず脇に退け、ぶしつけにならぬよう、今年十四歳になった『孫』の顔を見る。

――この子が、将軍家って柄かしら。

 化粧乗りのよい若い女のような肌はどうだろう。伏し目がちに下を向いたときの長い睫毛はどうだろう。何より口へ物を運ぶのに、少女のように恥じらって小さくしか開けられないのは……

 京の公達にはままいる手弱男()ぶりだが、無骨な坂東の武将どもが将軍家の資質を疑うのは当然である。

――本当に、大事に至らないうちに将軍の位を降りればいいのに。

 牧の方は知らず知らず、主君を凝視していたらしい。

「どうしましたか、祖母上(おばうえ)、私の顔に何かついていますか」

 実朝が不思議そうに見返してくる。

「いえ、お酒をもう少しお勧めしましょうかと」

「お酒は覚えたばかりで、まだ慣れなくて……」

「まぁ、遠慮なさらずに。何事も経験ですよ。お酒だって、お弱いよりお強いほうが将軍家にふさわしいかと。ほほほ……」

 牧の方の言葉のきわどさに、そばで聞いていた時政はひやひやしながら、

――もう、そのへんにしておけ。

 と目配せを送るが、牧の方は、

――大丈夫、この子ってば鈍いから、気づいちゃいないわよ。

 と目で返す。

 妻の自信は揺るぎなく、かえって時政は落ち着かない。

 その彼の耳が、人の足音や馬蹄の響きを捉えた。邸の外から、かなりの員数で近づいてくる。


 その気配に、実朝の御剣役がすばやく主君に寄りそい、周りを近習らが囲む。濡れ縁や庭先に控えていた侍が警戒のために立ちあがり、時政も家来を遣って様子を見に行かせようとした。しかし、その必要はなかった。

 間もなく姿を現したのは、長沼宗政、結城朝光、三浦義村ら、武将として名高き面々である。騎乗のまま郎党たちを引き連れ、幕府執権の邸の前庭をまったく臆することなく。

「いったいどうした。何事だ」

 立ちあがった時政が驚きの声を上げたのも当然である。

 しかし、先頭の長沼が下馬もせず言うことには、

「尼御台さまからの御命令です。将軍家のお迎えに上がりました」

 それから彼は馬を下り、実朝に向かって片膝を折ると、

「お帰りの御支度を、お急ぎください」

 一同の間から輿を担いだ輿丁があらわれ、濡れ縁に輿台をつけた。

「これは、いったいどうしたことだ」

 時政は同じ言葉を繰り返す。そんな彼の頭脳より、妻の口の方が、回転が早かった。

「将軍家、どこへ向かわれるかわかりませんが、お移りには及びませんわ。このまま当第(とうだい)に留まってくださいまし」

 実朝は困ったように、御剣役の近習を見た。御剣役は、

「尼御台さまの御命令とあれば、それに従いましょう」と主人を促した。

「将軍家、お待ちを」

 引きとめようとする牧の方を、近習らが体でさえぎる。

 実朝は困惑したまま、濡れ縁から輿に乗りかけたが、

祖父上(おじうえ)祖母上(おばうえ)、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

と、二人を振り返るのを忘れなかった。

 実朝の輿は武将らに囲まれ、夫婦の視界から消えた。

――この私より、尼御台のほうを選ぶというの!

 心を込めて整えた宴席をぶち壊しにされ、牧の方は怒り狂った。

「いったい、何なのよ! あなた、このまま何もしなくてもいいの?」

 だが、夫は全く別のことを考えていた。

「直ちに兵を集めよ」

 夫の常にない表情に、牧の方は事態の深刻さを知った。

 時政の邸へ、自身の郎党や日ごろ懇意にしていた御家人たちの軍勢が次々に集まる。

 大倉へ様子を見に行かせた使いからは、

「将軍家は御所ではなく、相州殿の邸に入ったようです」

 時政は不意を突かれたような顔をし、牧の方は、

「四郎の邸にですって? なんということ! 尼御台は私たちに盾突こうというのですよ」

 と、夫の腕を揺さぶった。

「そんなことはわかってる!」

 時政は怒鳴った。

 我が子からの紛れもない宣戦布告である。

「すぐさま四郎の邸へ向かい、御所をこちらへお連れするのだ!」

 時政は前庭の軍勢に命じた。

 彼らは時政の命じるまま邸を出た。そして義時の邸を囲むと、そのまま邸の守り手となり、時政のもとへ帰ってくる者は一人としてなかった。


 同日深夜、時政の邸では彼と彼の側近らが出家した。牧の方も、

「なんで、なんでなの?」泣きながら髪を削がせていた。

 鎌倉御家人の総意は、執権とその妻ではなく、現将軍の母とその叔父を選んだのである。

「ここまでだったか」

 時政は身をもって痛感する。

 一度離れた御家人らの心は二度と帰らぬことを。関東武将の薄情さを。

 彼らは恩を仇で返すのも厭わぬ連中だった。

――これが、故殿と儂との違いか。

 幕府の最高権力者の地位に昇りつめたと思い込んでいたが、清和源氏の嫡流と、成り上がりの土豪では勝負にもなるまい。頂上を望み、それを叶えた己れだったが、君臨する間はわずかだった。しかも、彼を頂上から蹴落としたのは、血を分けた我が子である。

――だが、いっそ、諦めがつくというものだ。


 翌日、時政は妻とともに、故郷の伊豆へ下向した。

――全ては振り出しに戻ったわけか。

 御家人の誰もが「次は北条」と予見したとおり、彼は地に堕ちた。

 ただ、敵が我が子であったことで、

――命だけは救われたか。

 自分たち夫婦がやってきたことを考えれば、大温情の措置だ。

 時政は、隣でぎゃあぎゃあ泣きわめく妻を見た。

 なぜだか仕返しを果たしたような清々(せいせい)した気分で鎌倉を後にした。


 悲惨だったのは、牧の方に愛され過ぎた婿、平賀朝雅である。

 鎌倉から京の御家人らへ、彼を追討せよと急使が送られた。京都守護の平賀が謀叛人として追われるのだ。彼は散々逃げ回ったあげく、山科まで追いつめられて射殺された。「将軍の座を狙った」という全く身に覚えのない罪で。坂東武者はでっち上げの罪状も殺人を厭わぬことを、彼は、他の北条の婿と同じように思い知っただろう。


 時政の嫡男政範の死後、内訌を深めた北条の家督は義時となった。姉の尼御台の後押しで、父親から簒奪した執権の座に就き、鎌倉の頂点に登りつめたのである。

――次は、己れか。

 瀬戸際まで追い詰められた彼の焦燥が、御家人たちの共感を呼んだのだろうか。

 いや、彼らはそれだけでは動かされない。

 義時は、畠山との合戦で得た遺領を御家人たちにばらまき、彼らの心を掴んだのである。姉を通じて、戦いに関わりのない御所の女房にも「日ごろの勤功により」と配分したが、彼女たちの夫は同じく幕府内の有力御家人である。

 義時と時政どちらにつくか、去就を決めかねていた彼らには効果てき面だった。何より女性に所領を配分するという利点は、合戦で負ければ所領を取り上げられてしまう男とは違い、後世への相続の担保となるのだ。当然、やつらはこれに飛びついた。あっけなく転んだ。

 日ごろ嫌い合っていた三浦義村や、時政寄りの安達景盛でさえも動かした。

――武士の土地への執着(しゅうじゃく)を利用すれば、簡単なものだ。

 義時はつくづく思い知った。また、簡単に人を裏切る恐ろしさも。


 こうして彼は北条の家督に(しゅう)した。


 では、重忠の死後、畠山の家督を継ぐのは誰であろうか。男子のほとんどは殺され、唯一生き残った末子は時政によって出家させられ、日光山へ出されたあとだった。

「こんなに小さい子を何も」

 当時、妹一家を引き取った尼御台は父に抗議したが、時政は頑なに己れを曲げなかった。父の背後には牧の方がおり、畠山への復讐を画策していた継母が許さぬ以上、裁定は覆ることはなかった。尼御台にできることは、妹やその娘らのために本領の数か所を安堵させることぐらいだった。

 しかし、時政夫婦が失脚した今、尼御台は畠山の家督について考え直さねばならなかった。

 父との対決のためとはいえ、畠山の遺領を御家人らへ分け与えた自分たちは、妹一家にさらなる痛みを与えた。せめて、畠山の名跡は遺してやりたい。

 尼御台は折を見て、弟の義時に相談すると、

「そうですね。私も同じことを考えておりました。畠山には婿を入れて家を継がせる、というのはどうでしょう」

 彼も妹のことでは自責の念を抱いていた。身内によって身内が攻め殺される苦しみは、義時自身がよく知っている。だから、「畠山には良い婿を見つけましょう」と約束してくれた弟を、頼もしく思った尼御台である。


 妹の長女はちょうど年頃で、すぐにでも婿を入れられる。女系とはいえ、重忠の血が次代へ繋がり、領地も相伝されるのだ。尼御台は安心して、このことを妹に伝えた。

「ありがとうございます、姉上。これで私も心安らかに出家し、夫や息子たちの菩提を弔うことができます。後家として娘夫婦を見守り、後々は孫の子守りでも致しましょう」

 泣いて喜ぶ妹は三十代半ば、尼御台は自身のこともあって、

――出家するには若すぎるかしら。少しもったいないわね。

 と思うものの、何より本人の願いである。姉妹は手を取って喜び合った。

 しかし、数日後、畠山の家督に関する幕府の決定を伝えられ、尼御台は耳を疑った。


 なんと婿をとるのは我が妹、畠山の未亡人その人だった。花婿は、北条姉妹の嫁ぎ先の一つ、足利家の長庶子である。当主の足利義兼は、前妻に先立たれてから北条の娘を娶り、生まれた男児を嫡男とした。けれど、前妻腹の男児は長男ながら実家を継げぬという、どこかで聞いたような経緯があった。彼は母の実家、新田氏のもとで育てられて元服し、義純と名乗った。のちに同氏の女と結ばれ、男児を二人ほどもうけたが、今年三十一歳になる彼は妻に先立たれている。そこで幕府は義純へ、子どもを妻の実家に預けて畠山へ婿入りするよう勧め、彼もこれを承諾したというのだ。


「何と、余りもの同士をくっつけるような真似を……」

 仔細を聞きつけた人々は皆、眉をひそめた。

「第一、これでは平姓畠山の血が絶えてしまうではないか」

 当然、尼御台は怒り、弟の義時を呼びつけた。

「四郎、あなたがそんな人間だと思いませんでした。これでは父上と同じではないですか」

 けれど、義時は眉ひとつ動かさず、

「いいえ、姉上、私は父上と同じではありません。妹のためを思えばこその決定です」

「妹のためですって?」

 尼御台は言葉を失った。義純との縁談を聞かされた妹は、

「そんな、私の生涯に夫はただ一人、次郎殿だけで良かったのです。それを今さら二夫にまみえろだなんて。しかも、相手は私より年下…… あぁ、恥ずかしい。死にたい…… 次郎殿が亡くなったとき、すぐに出家していれば良かった」と泣き暮れて、今は誰かが見張っていなければ、何をするかわからない有りさまだった。

「それを、そなたは!」

 激しく怒る姉に、義時は首をかしげた。

「私は間違ったことをしているとは思いません」

「何ですって?」

「私は二度とも妻を失いました。一度目は死に分かれ、二度目は生き分かれ、いずれも辛い思いをしましたが、やはり妻を失った悲しみは妻を得ることで癒されました。私は一度目の妻から二度目の妻との間があきすぎましたが、こういったことは間をあけぬほうがよいのです」

 実際、義時は三度目の妻とは(かん)(はつ)をいれてない。

 尼御台はきっと目を吊り上げて言った。

「男の人と女の人とでは違うのです。体のあり様が違えば、心のあり様も違うのです」

 だが、義時は意にかえさない。

「へぇえ、違うと言えるのですか。姉上にもお気持ちは分かって頂けると思いましたが」

 不意を突かれ、尼御台は言葉に詰まった。一瞬、夫に死なれたころの孤閨を思いだす。

 弟はそれを見透かしたように、いたずらっぽい目で、

「全く、お褒めに預かれると思って来てみれば、このようなお叱りを受けるとは。本当に苦労したのですよ。妹に頃合いの男を見つけ出すのは」と、姉をからかうように言うのだ。

「賭けてもいいでしょう。今は何だかんだ言っている妹も、来年の今ごろは私に感謝していますよ」と言って、話を切り上げようとする義時へ、

「ちょっと、待ちなさい! 畠山の血が絶えるのは……」

 尼御台は弟を引き止めようとした。

 しかし、義時は、

「姉上、ここが正念場でしょう。武蔵のことで我々北条は大変な思いをしました。畠山と北条、どちらが大切かを十分にお考えになったほうがいい。他人がとやく言うのを聞き入れなさいますな」

 これまでにない冷たい目で()、ゆっくりと座を立った。

 尼御台は、味方と思っていた弟から手痛いしっぺ返しを食らい、それ以上、引き止めることはできなかった。


 後日、尼御台はこの決定を覆せぬかと動こうとした。かつて意に染まらぬ結婚を厭い、流人だった頼朝のもとへ走った彼女である。何より妹の意志を尊重してやりたかった。

 しかし、この気丈な姉と違い、妹は夫子どもに死なれたばかりで、

「私は、姉上のように強くはなれません」

 抵抗する力もなく、不本意な結婚を受け入れるのだ。


 この経緯を、実朝は幕府の決定とは別に、阿波の局から詳しく聞かされていた。

 ――夫や親兄弟に運命を翻弄されるなんて、女性ってなんて非力な生き物だろう。

 身内の女性へひどく同情した。


 年があらたまり、婿を迎える叔母へ、実朝は複雑な思いで祝いの品々を贈った。

 けれど、その年のうちに、畠山から叔母の懐妊の報せが届いた。

「やっぱり、若い人は違いますわね」

 阿波の局が実朝へ耳打ちする。

 彼女の言う若い人とは自分の妹のことではない。その夫の義純を指すのだ。

 母の尼御台は、妹の懐妊を無視するかのように何も言ってこなかった。弟の言うとおりになった妹に腹を立てているらしい。


「年下の男など嫌だ、死にたい」と、泣き叫んでいた叔母が嘘のように孕んだ。

 実朝は、男盛りの義純の姿を思い出し、彼の逞しい体に組みしかれる叔母の裸体が目に浮かんで、慌てて振り払った。けれど、その残滓(ざんし)は思わぬ粘り気をもって胸にわだかまり、

――どうしてだろう。おめでたいことなのに。

 また、それをあてこするような阿波の言い方にも戸惑いを覚えた。

「これからお祝いの品など、尼御台さまと相談せねばなりませんね」

 阿波から母のことを出されて気付いた。母と同様、この叔母も寡婦である。かつて夫を甥に殺された彼女は、自分と同じような境遇にありながら、再び女として花を咲かせた妹を純然たる気持ちで祝えないでいるのだ。そして、この阿波に限らず、もしかして母も。

――何だか、きたない……

 身内であればなおのこと、不潔に感じる実朝だった。


 月満ちて畠山の未亡人は無事、男児を産み落とし、名跡を後世に残すことができた。

 ただし、畠山の姓は婿の源となり、重忠の血統は断絶した。義純は役目を終えたとばかり、結婚後五年で病没する。未亡人の所領が正規に安堵されて数ヵ月後のこと、それまで病一つなかった義純だけに、人々は「北条の(むすめ)は、男を殺す」と噂した。

 阿野全成、畠山重忠、稲毛重成、平賀朝雅――

 北条の女たちは幕府の勢力争いに巻き込まれた末、夫はおろか息子らの命まで。

 義純の早逝で、嫁ぎ先では唯一無事であった足利氏も子息を失ったことになるのだ。

「北条の女」

 実朝は、その響きにどきりとする。

 自分がもの心つくころに亡くなった長姉は、父の従弟だった木曽義仲の(むすこ)と婚約させられ、後に、両家の不和のため許婚(いいなずけ)を殺されている。

――姉上も母の娘である以上、北条の女……

 冷静に考えれば、それだけ熾烈な権力争いの中枢に、北条の女たちは置かれているという事実、それを突き付けられる。

 母が源氏の貴種と結ばれたことで北条は身に余るほどの栄光の道へと(いざな)われた。反面、それは血塗られた道だった。母が父に嫁いでいなければ、歩まなかった修羅の道だ。


 建永元年(一二○六)六月、吉日を選び、尼御台の念願だった頼家の遺児、善哉の(ちゃ)(っこ)の儀がもよおされた。この年、善哉は七歳。頼家の遺児のなかではもっとも年長である。通常三歳から七歳までの間に済ませるべき儀式をどうにか今年中にやり遂げられ、尼御台は祖母としてほっと安堵の息をついた。


 父時政は自分に反抗した孫の頼家を、彼の死後も許そうとしなかった。儀式で袴の紐を結ぶ役は、父親や祖父、誼みのある高職の者が行うものだが、これまで誰もが時政を恐れ、引き受けてくれる者はなかった。それを弟義時に懇願し、今日晴れての式である。


 善哉は源氏の氏神である八幡宮に参詣した後、尼御台の邸に渡った。

 将軍家の臨席のもと、義時の息子たちが(はい)(ぜん)の役に就く。

 広間の屏風はこの日のために京より取り寄せたものだ。亡き将軍家の子息に相応しくと、袴も京で特別に織らせた生地から(あつら)えさせた。

――私にできることは何でもしよう。

 頼家や一幡に与えることができなかった愛情を、善哉へと向ける。


 後日、実朝は母の尼御台から相談を受けた。住まいの大御所から、そっと当第へ訪れた母は、阿波の局も同席するなか、真剣な眼差しで実朝を見た。

「善哉をあなたの猶子にしたいのだけど」

 実朝はいずれ母がこのことを言い出すのは予想していたので、さして驚きはしなかった。同じ庇護を受けるでも『養子』より緩やかな親子関係となる『猶子』を選び、善哉を頼家の子のまま実朝の後継者とすること。それを望んだ母へ、

「それでは、善哉に将軍の位を譲るのはいつがよいでしょうか。私は、少しでも早い方がよいと思うのですが……」

 思いもかけぬ言葉に、母も阿波も驚いたように目を見開いた。

 初老の姉妹のそっくりな表情――それもまた予想していた実朝は、にっこりとほほ笑みを返した。


 先代頼家との確執は周囲の大人たちによるもので、兄の遺児へ何のわだかまりもない。むしろ、自分の将軍家としての欠陥を鑑みれば、最も妥当ではないか。

 病弱な主君が子を遺すあてもなく甥に位を譲る。順当な話だ。

 これまで周囲の者たちが歪め過ぎていたのだ。

 実朝の生と性を――

 自分はもの心ついたころから、その違和感に悩まされていた。

 それは兄の後を継ぎ、将軍として周囲から担ぎあげられてから、いっそう強まった。

 また、御家人のなかにも実朝の将軍としての資質に疑いを持つ者が少なくなく、それを肌で感じていた。

 善哉は自分とは違い、元気に庭先を駆け回るような男の子だと聞く。

これまで陽の当らなかった彼の存在が人々の目にとまり、自分よりよほど将軍に相応しいと認められれば――

 将軍の位は兄の系統にもどるが、これもまた順当な話だ。

 自分は十二歳で関東の長者となったが、善哉は一、二年早めても良いだろう。すると、あと三年ほどで自分は自由の身となる。この不自然な状況から解放される日を想像して、実朝は心が軽くなった。


 ただ一つ懸念するのは、妻信子のことだ。

 自分たちの秘密に巻き込み、彼女には多くの犠牲を強いてきた。顔を合わせれば仲の良い女友達のように接してくれるが、信子も三年後は十七歳である。自分の引退を理由に京へ返し、彼女の女性としての第二の人生を歩む手助けをしなければならない――実朝はそのことを母たちに伝えた。

 実朝の言葉は、初老の女性たちに思わぬ感慨を抱かせたようだ。

 二人は互いに顔を見合わせると、深く深く頷き合った。


 同年十月、尼御台の願いどおり実朝の猶子となった善哉が、初めて御所を訪れた。

 実朝は甥との対面に、妻の信子も同席させて、やさしく笑いかけた。

「そなたは私たちの子となるのだから、これからはもっと遊びにおいで」

 十代半ばの夫婦から突然親と思えと言われ、善哉も戸惑ったのだろう。かたわらに付き添っていた乳母夫の三浦義村のほうに顔を向けると、義村は養い君にそっと耳打ちした。

 善哉は実朝のほうへまっすぐに向きなおす。それから、小さな頭をぴょこんと下げ、

「ありがたきしあわせにぞんじまする」

 と、たどたどしい口調で言った。

 床についたちんまりとした手を見ると、一生懸命そろえようとして、指が反ってしまっている。

「まぁ、可愛らしいこと」

 妻が扇ごしに目で笑った。

 実朝も同じ思いで、夫婦は互いに顔を見合わせた。

「賢い子だね。あとで褒美をとらせよう」

 実朝は義村のほうへ顔を向けた。

「そなたも、よく今まで育ててくれたね」

 義村とて、善哉を育てることで相応の責を負っている。その労をねぎらう実朝だった。


 四日後、同じ御所内で義時の次男の元服が行われた。臨席する実朝は自身の一字を与え、『朝時』と名乗らせた。彼の母は比企氏。すでに両親は離縁しているが、反逆の、族滅のと冠される一族ゆえ、それなりの苦労が想像できたが、父親の義時が幕府の執権たれば善哉よりはるかに恵まれている。

 実朝は一つ違いの従弟に親しみを込めて視線をむけた。

 重臣たちに囲まれて緊張しているのか、朝時は主君に見られていることに気付いていないらしい。まっすぐに前を向き、髪を整えられている彼の姿は初々しく――

 次代を担う若者が、順当に御家人として迎え入れられるさまは、伸びゆく幕府の力を実感でき、実朝を晴れやかな気持ちにさせた。


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