第三節 海神のむすこ 決戦
よく敵味方にわかれた恋人同士をロミオとジュリエットに例えることがあります。しかし、しょせん子ども同士の恋愛に過ぎない二人の関係に比べると、実朝と朝盛の苦しみや葛藤は数段上をいくでしょう。さらに、義時と二番目の妻のそれははかり知れません。しかも彼らは歴史上の人物です。
この章で、実朝と義時は武器をつかわぬ対決をし、互いの心を切り刻みます。
一方、武力だけ全てを決しようとする和田の人々は本当に単純で明快、悲劇的な最期も、むしろ爽快、すっきり腑に落ちます。
朝比奈三郎の活躍と存在がささやかな希望として残ります。
東の空に朝日が昇る時刻となったが、雨糸が鎌倉の街を紗のように霞ませていた。
御所付近から和田勢は一掃されたものの、張りつめた静寂が法華堂を覆う。
平時であれば、裏山の小鳥たちが歌声を鳴き交わすころ、代わって、実朝の読経の声が堂の中からかぼそく洩れる。
そこへ、広元の使者が参着を告げた。
昨夜、御所の火事がおさまったあと、広元は軍士に守られながら政所へ帰していた。
混乱する御所付近を、決死の覚悟で通過した彼の目的はただ一つ。
堂内へ迎え入れられた使者は、胸に抱えていた文書の束を義時に手渡した。
義時は素早く文面に目を走らせると、将軍の御前に進めた。
実朝の経がやむ。
ぼんやりとした朝の光のなか、促されるまま文字を読み進めた実朝は息を呑んだ。
「残すは私の署名と、将軍家の御花押を頂くばかりです」
それは「将軍家お召しにより」と、御家人らへ軍勢を催促する旨の御教書の束だった。
「叔父上は私に、金吾の一族を滅ぼせと命じさせるの?」
「その通りです」
義時の口調は平時と変わることなく、その冷々(ひえびえ)とした態度に、
「相州、そなたは何を言う」
主君の甥は強い憎しみをもって臣下の叔父を見た。
――今、御所がもっとも倒したい相手は、俺に他ならないだろうな。
義時は実朝の心を読み、読んでなお、
「断れるとお思いですか、将軍家」
草稿は広元の手により、当初の文書は合戦前に用意されながら、大倉に取り残したため朝比奈の放火により灰となった。それを広元が政所で紙をかき集め、寄人を叱咤激励し、大量の文書を徹夜で写させたのである。
「故殿が築かれたこの鎌倉をお守りするためです。どうか我らの方策をお受けください」
義時の言葉に、実朝の瞳が見開かれ、そしてすぐに細まる。
「この鎌倉を守るって、いったい、何を? 誰から?」
大人たちの欺瞞へ反発するように声をあげる。
けれど、
「武家の秩序を、それを侵す者から――御所とてご存知のはずです。幕府の本道を。さぁ、私の目を見て、お聞きください」
義時は、ものの道理を知らぬ子どもを諭すように、ゆっくりと言葉を区切りながら語りかけた。
治承の挙兵以来、理不尽な中央の支配を脱し、関東の武家の自由自立を守ること、それが幕府の責務であった。己れで開発した領地すら己れのものとならず、都の貴族から犬の如く遣われてきた在地領主らへ『ご恩と奉公』の原則を示し、働きに見合った報賞を与える。この真っ当な制度を守るためには、将軍を頂点とした確固たる組織によって彼らを統治せねばならなかった。統制と抑圧こそが幕府の本質であり、その根幹を揺るがす叛乱者の制裁を厭うことは許されない。
武士であれば、例え、人から友殺しと呼ばれようとも――
「けれど、御所、あなたはただの一度でも、己れの手を汚したことがありましたか」
初代頼朝公はその身に何度も恩人、縁者の返り血を浴びたというのに。
――おきれいな将軍家。
翻って、義時の生涯は身内の血で彩られている。一土豪の次男であった己れが、幕政に否応もなく組み入れられたのは、義兄の旗揚げで実の兄を亡くした十八歳のときだ。以来、武家の安寧のためとあらば、同僚たる武将らを罠に嵌め、一族ごと滅ぼした。彼らの無実を知りながら、彼らのなかには同母妹たちが嫁いでいながら。
己れは血の繋がった甥すら手にかけ、挙げ句、父までも。
――いったい、どれほど己が手を汚してきたか。
姉が貴き流人と恋に落ちた。ただそれだけの因縁で、血で血を洗う宿命を抱かされた。
義時は実朝を見据えた。
「私が今ある栄誉と引き換えに、それを望んだとお思いですか」
この甥を将軍の座に据えるため、己れは妻の実家さえ破滅させたのだ。
北条が比企氏を攻め滅ぼしたのは、ちょうど十年前の秋だった。
父時政が妻の叔父である能員を殺害したと聞かされ、もう後には退けなかった。また父は、後に退けぬところへ息子を追い詰めてから比企氏の殲滅を命じたのだ。
敵方を妻に持つ義時が自分を裏切らぬよう、周到に計画して。
あの日、戦装束に着替えた義時は、ふいに込み上げるものを抑えきれず、妻のいる対屋へ向かった。
「北の方にお会いになられるのですか」
家臣が諌めるように言ったが、彼はなお妻に一目会いたかった。
北の対では、すでに事情を知らされていた妻が半狂乱になっていた。
夫が自分の実家を攻めるのだ。戦装束の己れを見た妻は、
「あなた、やめてっ、お願いです、どうか見逃してください」
義時の甲冑にすがりついた。
彼は妻を抱きとめながら言葉もなかった。
「すまない」と謝ることができたらどんなに楽だったろう。何か言って妻を慰めねばならぬのに、語るべき言葉が思い浮かばず、
「許せ。この戦さに私が出ねば、そなたは夫と子どもを失うことになるのだ」
口をついて出てきたのは、言い訳にしても残酷な言葉だった。
真実だからこその――
妻は目を見開き、とっさに体を離した。
「私に選べというのですか。実家と、夫子どものどちらかを選べと」
妻は目に怒りをため、義時を見た。
「殿、私の実家のために戦ってください。戦うべき相手は北条です。牧の方の言いなりになっている執権殿が、どのようにあなたのことを見ているかおわかりにならぬのですか。あちらには、すでに嫡男となる方がおられ、あなたは、もう北条の人間ではないのです。江間四郎なのです」
北条四郎か、江間四郎か。今度は妻が義時に選択を迫った。
古来、実父と舅が争った際、ぎりぎりの判断で舅を選んだ武将も稀ではない。己れが父の血を受け継いだとて、我が子は妻の血を通して舅の血が入っている。
次代における半と半――どちらを選び、どちらを裏切るか。
最後は、情勢の勝劣、平時の利権や人間関係が決する。
北条と比企氏、現状での幕府内の力関係ではむしろ比企氏のほうが上だ。しかも、成り上がりの北条より由緒は比企氏のほうが勝っている。それに妻の言う通り、自分が父についたとて、北条の家督は腹違いの幼い弟に譲られてしまうのである。
ふっと、義時の心が比企へと傾く。そんな夫の心の揺れに、妻はすかさず言った。
「殿は、故殿に起請文を書かれたではないですか。決して離縁は致しませぬと。あなたは故殿との約束を破るおつもりですか。あの起請文には比企を裏切るなという意味もあったはず。いえ、じつは、起請文は故殿から乞い願って、私の手元に――」
妻の口から、故殿という言葉を聞くのは久しぶりだった。
しかも、起請文を故殿から譲り受けていたとは……
――あれは、男同士の秘事ではなかったのか。
いや、それは己れの思い違いだった。
義時は、自分の体がすっと冷めるのがわかった。
「……幕下はすでに故人だ。約束はもう果たした、だろう」
冷めた体で妻を引き寄せ、抱きしめた。
「子どもたちのためだ。許してくれ」
己れの言葉の卑怯さに、心まで冷めた。
腕が勝手に妻の体を離れた。代わって、妻の腕が義時の体に巻きつく。
「いやよ。ぜったいにいや」
叫ぶ妻がしがみつく。
「北の方、おしずまりあそばせ」
女房たちが女主人の体へ手をかけながら、義時へ言った。
「お早く出立なさいませ。このままでは当家ごと滅ぼされます」
――族滅……
妻の体がびくりと震え、その隙に左右の女房が義時から引き離す。
「あなた、あなた!」
妻の絶叫に背を向け、義時は比企氏の掃討にむかった。頼家の妻子の隠れている場所もわかっている。次代の将軍となるべき一幡ごと、全てを葬りに行くのだ。
義時が姫の前と出会ったあの年、実朝が姉の腹に生を受けていなければ、己れの運命はまた別のものとなっていただろう。故殿が姫の前を見染めることはなく、二人はただの男と女として出会い、結ばれ、己れはあの合戦で比企氏を選んでいただろう。
しかし、現実は――
妻とは合戦直後に離縁した。二人の子、朝時は嫡子を外されたせいで生活が荒み、御所で問題を起こした。立場上の義絶は父子の溝を深め、さらに今戦で挽回の機会を与えたがために、瀕死の重傷を負った。
実朝の今ある富貴は、義時の数々の犠牲の上に成り立っていた。
――だのに、あなたは何一つ汚れていない。
義時の目が主君を圧倒する。
――さぁ、今度はあなたの番です。大好きな和田の一族を葬り去るのです。あなたの手で、この鎌倉の安寧のために……
実朝の耳には、叔父の義時がそう言っているように聞こえた。
「……これは復讐か、相州」
実朝は絞り出すように言った。
「復讐――」
義時は甥の言葉を復した。そして瞬きもせず、
「見くびらないで頂きたい。この相州を、幕府の重大事に私情を交える人間とお思いか」
彼は静かに己れの理に立ち戻った。
「翻って、ものごとの正否を武をもって断じる和田金吾に、世を安んじる力はありません。御所は和田を見誤っていたのです」
梶原の生残りを殺害した事件、人妻を犯した三浦の庶流への加勢、つい最近では南庭での一族の列座――そういった和田の一連の所業からこの甥は何も学ばなかったのか。いや、武家の棟梁のくせに、武の本質を見究めようとせぬこの甥にはどだい無理な話だったのだ。
「私の武は乱を好み、乱を誘い、乱を生みます。御所の大嫌いな…… それをどうしておわかりにならぬのですか。御所の意に反し、御所を裏切ったのは和田の方です。和田は征伐すべき敵なのです」
実朝の理想と和田の本質は、最初から相反するものだった。むしろ、和田のような人間を統制しようとする自分に、甥はもっと寄りそうべきだったのだ。
それに気づこうともせず―― 和田の権勢をもっと早くに封じておれば、今日合戦にまで及ぶことはなかっただろうに。
「かくながら、一度起こってしまった乱を鎮めるのが公の武というものなのです」
義時のいう私とは……そして、公とは――
実朝は己れを呑みこもうとする相手に必死に抗おうとした。
「……相州は私にどちらか選べと――」
「選ぶ、などと」
義時は、主君の言葉をさえぎった。
「将軍家はご自身の立場をお忘れか」
そう言って、甥の目をまっすぐに見据えた。
辰の刻(午前八時ごろ)、両者の戦いに感応したか、曽我・中村・二宮――等々、小身の御家人らが武装して大路小路へ現れ出た。この勢力は若宮大路の西を並行する武蔵大路や、鎌倉の南西稲村ヶ崎で蜂起したものの、和田と北条どちらに付くでもなかった。威勢よく鬨の声を上げながら「勝ったほうに付くぜ」とばかり動こうとしない。
一度、彼らのもとへは、法華堂の義時から催促の使いが来たが、
「本物かどうか、疑わしいな」と白ばっくれ、追い返していた。
曽我も中村も、皆、和田に同情していた。北条など大嫌いだった。
だが間もなく、将軍家御花押つきの御教書が改めて届けられた。
書状には「わだ、つちや、よこ山のものども、むほんをおこし、しょうぐんけに矢をいたてまつる。いそぎ、かたきをうちとるべし」とあった。
「平仮名ばっかだな」
ろくに字も読めぬ武将らを相手とはいえ、幕府首脳の慌てぶりがわかる。
しかし、義時と広元の連署に、袖判は紛れもない実朝のものだ。
――北条など大嫌いだが、これも時勢と思えば、致し方ない。
将軍家花押は絶対にして、彼らは法華堂に向かった。そこで何事があったかは察しがつく。将軍家と執権、甥と叔父、彼らのせめぎ合いの結果がこの御教書だった。
たかが紙切れ一枚。
けれど、これによって事態を静観していた御家人らが次々に法華堂へ参じるのだ。
幕府は大軍を街中に編成した。
街の中心、若宮大路の中の下馬橋は幕府執権の嫡男泰時と弟の時房、その東を並行する小町大路は足利義氏、街の南東名越は源頼重、そして大倉には弓の名手、結城朝光が陣を張った。
結城朝光は歴代の将軍近習にして和田一族とも付き合いが深い。そもそも長老の義盛は結城の恩人だった。彼は頼朝公逝去のどさくさに、梶原景時に讒言されて失脚しかかり、その窮地を救ったのが友人三浦義村とその従兄義盛だ。
御家人一同を味方につけ、梶原の弾劾に奔走してくれた和田の一族たち。
――彼らと敵味方に分かれることになろうとは。
しかし、結城の葛藤はまた別にある。
梶原の一件が、単に彼を悪、三浦・和田を正義と線引きできるものではないことを、幕府内の勢力争いによってむしろ梶原の方が嵌められたのだと、後に理解した。
そして、先代頼家の近習だった彼は知っていた。
十年前、妻の実家を滅ぼされた頼家は、病床から和田義盛をたよって北条追討を命じた。
しかし、義盛は先のない頼家を見捨て、時政に内応したのだ。
主君よりも時の権力者に阿ったのである。
愚直、と言われたほどの真っすぐな男が、結局、己れの保身のために――
そんな祖父の裏切りを、同じく先代の近習だった朝盛も目のあたりにしていた。
ほんの子どもだった彼が、主君と実家との間に挟まれ、どれほど傷ついたか、どれほど必死に涙をこらえていたか。頼家のために大倉と若宮を何度も往復する小さな同僚の姿に、端で見ていた自分も胸に痛みをおぼえたものだ。
それゆえ和田合戦の開戦まぎわ、朝盛が実家を捨て鎌倉を出奔した心情は理解できた。
「――致し方なかった、か」
おきれいな者など一人としてない。
自分とて政情や大勢に追従し、比企や畠山を追討した身である。そして今また、幕府最大の権力者に将軍家を握られ、官軍としてこの地に立っている。
むしろ、全てを捨てようとした朝盛のほうが、よほど真っ当ではないか……
和田義盛は最後の力を振り絞り、一族盟友を引き連れ、前浜から進撃を開始した。
道々、伏兵との小競り合いを制しながら大町大路を東に向かうと、下の下馬橋、若宮大路と交錯する地点にて軍勢を展開した。
雨は止み、代わって、敵の矢が雨のように降り注ぐ。
幕府勢の挨拶に、すでに矢の尽きた和田勢は返礼もできない。
味方がばたばたと倒れるなか、郎党の三人をも射殺された古郡が怒り狂った。
「我らには一本の矢もないのか!」
彼だけではない。和田常盛や土屋義清ら、弓の名手であれば誰もが悔しがった。
――これで戦えるのか。
将兵の士気が退屈するなか、古郡は郎党の死体から矢を引き抜くと、怒りにまかせ遠矢を射た。彼我の距離は一里(約六五○m)もあったろう。しかし、矢は敵の本陣めがけ、遥かかなた、北条泰時の草摺り(大腿の覆い)につん(・・)と立った。
「大将に当たっちゃったって」敵味方驚く。
「おいおい、本当かよ」古郡本人も驚く。
どよめく周囲に、ほど近くにいた朝比奈が土屋へ、
「どうします」と意味ありげに目配せを送ってよこした。
土屋にも矢がない。しかし、弓の師はすっと背すじを伸ばし、
「見てるがいい」
味方の一群から進み出ると、供まわりの者に命じた。
従者は路上や味方の死体から集めた矢を、馬上の主人に手渡し、土屋は素早く矢をつがえ弦を引き絞ると、ひゅんひゅんと小気味よく弓を歌わせた。
彼の速射は的確だった。矢を受けた敵の人馬が次々に倒れ、味方から歓声が上がった。
朝比奈が笑って、
「きのう、『年には勝てぬ』なんて言ったのは、どこのどなたです?」
「いや、これが俺本来の力だと思われたら困るな」
最盛期であれば古郡以上の強弓を見せつけられたものをと、むしろ不服そうに言う。
味方の快挙に、常盛たちは「これは好い」と、さっそく真似をし、周囲にも広がる。
敵陣では、大将の泰時に怪我はなかったが、矢に氏名が記されていたため、
「味方から裏切り者が出たか」と大騒ぎになっていた。
「敵の矢で敵を射殺すとは愉快じゃわい」
義盛が大笑する。彼もかつて、戦場で自ら敵将を仕留めた弓の名手であった。
若宮大路では主軍同士が激突し、死体の山から流れ出た血が路上の行潦に交じり、参道を真っ赤に染めた。鎌倉に幕府が誕生して以来、最大の市街戦が繰り広げられるなか、同時、土屋・古郡・朝比奈の軍勢は、搦め手となって大町大路を東進していた。
彼の視線の先に、左手の小町大路から足利義氏とその軍勢が現れた。
やつは昨日みごとな逃げっぷりを披露したくせに、今日は自軍の大勢に慢心したらしい、威勢よく攻めかかってくる。
相対する軍勢に朝比奈の姿があることを、遠目で気づかなかったか、
「足利殿! 昨日の続きをするおつもりか!」
大声で呼ばわる天敵を見て取ると、慌てて逃げた。さすが北条氏を母にしながら不運な目に遇わずに済んでいる男である。要領がいい。逃げ足も速い。
しかし、やつを見逃す朝比奈ではない。足利を追撃しようと小町大路に入る。
水たまりを蹴散らしながら驀進する彼の騎馬も豪気だ。
防戦の敵勢から、なまじ腕に覚えのある武将が進み出、当然、彼の餌食となる。
武将に組みつく朝比奈のわきを、土屋の軍勢が駆け抜けた。
先陣をきる土屋の前に、幕府方の御家人、長尾太郎・次郎兄弟が現れた。両者とも先月までの同僚である。しかし土屋は迷わない。狙いを馬に定め、矢を浴びせる。
傷を受けた騎馬は棹立ちになり、長尾兄弟は泥濘のなかへ転げ落ちた。
彼らを狙って土屋の手勢が弓弦を引き絞った、そのとき、通りの脇道から小さな影が飛び出した。兄の急を聞いた江丸という十三歳(満十一歳)の少年だった。
「兄上たちはぼくがお守りするぞ!」
太刀をぶんぶん振り回す少年に、土屋は目を細めた。
「おい、あのちびには射るなよ」
昨日の朝比奈と同じ様に振る舞った。
駿馬を揃えた土屋勢は、馬上から矢を連射し、長尾の手勢を次々と追い散らした。
江丸も郎党に抱きかかえられて退散する。
一息つく土屋のもとへ、朝比奈三郎が追いついた。
「俺と先陣争いをするつもりだったんですか」
「お前にばかり目立たせたくはないからな」
互いに不敵な笑みを浮かべる二人に、出遅れた古郡も追いつき、
「抜け駆けするなよ」と、口惜しげに叫んだ。
土屋と朝比奈は肩をすくめ、
「わかった、わかった」と、古郡をなだめる。
三人の武将は仲良く騎馬の轡を並べると、敵勢に向かって駆け出した。
鎌倉中の男という男が戦いに参じるなか、例外は彼らの頂点に立つ将軍家と、それを補佐する執権ばかりであった。海鳴りのような男たちの喚声が刻々と法華堂へ近付き、和田勢の進撃、幕府勢の後退を実朝に知らせた。
――そうだよ、金吾、そのまま、私のもとへ来て。
幕府の頂点たる将軍家が、一心に叛徒を応援する。
目をつむり、義時の視線を頬に感じながら、
――私をここから救い出してよ。
武士の屍の上に築かれた武士の都など、滅びてもかまわまわなかった。義時のいう幕府の安寧など方便にしか思えない。権力争いに明け暮れ、仲間を犠牲にして、なお殺し合いを止めることができぬなら、公家の飼い犬のほうがまだましではないか。
――命以上に、尊いものがあるのか。
実朝の心は、必死に叔父の義時に抗おうとした。
しかし――
だからこそ、実朝の理性は幕府と義時を選んだのである。
もし自分が和田を選び、叔父の要求を拒みつづければ、義時は執権としての能力を疑われ、幕府方から寝返りを計る武将が現れるだろう。
坂東武者は情勢次第で日和る。裏切る。
その数が一定を越えれば、和田義盛が勝利を手にする。
でも、その後は?
義盛に幕府を支える力はない。この街を守る力もない。彼の武はただ破壊の力でしかなかったから。
私の武は乱を好む。
叔父の言う通りだった。
その事実はあまりにもゆるぎなく――
けれど、実朝の心は己れが選んだ答えを呑みこむことができなかった。
自分は武家の棟梁として欠けている、それを十分に自覚して。
実朝は必死で自分自身への言い訳を探した。
――母の一族を裏切れない……
けれど、その言い訳もまた 実朝を苦しめる。
「あなたのためなら、命も一族もいらない」
そう誓ってくれた恋人の安否を知るすべはなく、
実朝は彼の無事を祈るほかなかった。
潤す街に人馬と鬨声がうねり轟くさまは、波瀾の絶景である。
朝比奈と古郡の軍勢は、御所への道を阻む大波に立ち向かう小波となって奮戦していた。
彼らは自ら囮となっていた。
小町大路の三将は通りを北上して御所を目指そうとしたものの、敵勢の厚さに朝比奈は策を講じた。
朝からの戦いで気づいたが、幕府勢は若宮から東側に兵を集中させているらしい。
実際、斥候を放つと西の武蔵大路は手薄という。
ならば、街の西側をめぐり、八幡宮前を東上して御所を目指すのはどうか。
だが、敵の裏をかくに多勢はうまくない。大手(主軍)から搦手(別働隊)を分け、さらに分けた小勢で、奇襲を成功させた古例にならおう。
朝比奈は轡を寄せると、土屋に耳打ちした。
「なるほど、八幡宮前までは敵に遇わずに進めるな」
土屋はうなずく。頭の中で鎌倉の大路小路を思い描き、彼はすでに道順を決めたらしい。
朝比奈は傍らの古郡へも同じことを伝えたあと、
「土屋殿、お引き受けくださいますか」
先ほどの戦闘で見せた土屋勢の剽悍さに、迷うことはなかった。
「いいのか、先陣争いを譲っても」
「土屋殿であれば」
力強く返す朝比奈に、古郡も頷く。「ここは俺たちが引き受けますよ」
土屋は目で笑いながら、馬首を廻らした。
「何、そなたらなら、すぐにここを破って、俺より先に辿りつくかもしれんな」
「ならば、また我らで先陣争いを致しましょう」
「楽しみにしている」
土屋は背中で返事をして馬に鞭討ち、郎党を連れ戦場を抜けた。
友を見送る古郡、
その彼を尻目に敵勢のなかへ飛び込む朝比奈。
「おい、また抜け駆けか!」気づいた古郡は怒鳴った。
けれど、朝比奈に屈託はない。郎党を連れ、太刀を掲げると、
「雑魚ではもの足りぬ。俺は朝比奈三郎義秀だ! 名のあるやつはかかって来い!」
幕府勢を怯ませるに十分だった。
兜の絢爛さを頼りに敵将へ戦いを挑み、無敵の肉体が躍動する。
騎馬が跳ね上げた水しぶきのなかを、血の赤が飛び散り、運悪く朝比奈の餌食となった武将から首が奪われる。
やがて波が引くように、彼の周りから敵の軍勢が消えた。
古郡は見た。朝比奈の手に一つ、郎党二人の手にそれぞれ一つずつの計三つの兜首。
「大漁だったな」
古郡が声をかけると、朝比奈は手にした兜首を掲げた。
味方の軍勢は、彼に応えて大きく鬨の声をあげた。この一瞬、厚く空を覆っていた雲の隙間から、明るい日の光が朝比奈たちへ注がれた。
「何なんだ。あの化け物は!」
幕府は幾度も退散の危機に瀕した。
大勢にありながら、気力体力で和田勢に圧倒されていた。苦戦を強いられた大将の泰時は法華堂に使者を送り、父の義時に戦況を知らせたが、
「どうしろというんだ! 救援を頼んだ近国の武将らが到着するに、まだ時間がかかるっ」
思わず声を荒げる叔父へ、実朝は口を開いた。
「もうこれ以上、犠牲を増やす意味などないよ、相州。戦いをやめて双方話し合いで解決しよう」
休戦を望む将軍家のぬるさに、
「あんた、ばかか!」義時は怒鳴りつけたいのをぐっとこらえた。
「外のようすがわからぬのですか」
街の景色を塀越しに望めば、幾筋もの煙が立ち昇り、雨雲を燻す。
耳をすまさずとも聞こえる男たちの鯨波が、肌身を粟立てる。
「もうどちらかの首を上げなければ、収まりは付かぬのです。和田殿か、私か」
あとは天に任せるとでも言うかのように、義時は空を見上げた。
実朝は力なくうつむきかけたが、ふと叔父が呟く。
「八幡宮へ願文を奉じましょう」
策士らしからぬ叔父の言葉に、
――この期に及んで、神頼みなんて……
実朝は訝しげに叔父を見た。が、それに気付いた義時は、
「本来であれば合戦の前に神仏へ祈りを捧げるもの。ですが私とて、つねに作法どおりとは参りません。此度は開戦の際……」
和田を嵌めるため――とはさすがに言えず、
「不意打ちでしたから」と言い改める。
「そも八幡神は源氏の氏神にして武家の守護神、敵味方に信者は多いゆえ」
味方への鼓舞、敵の動揺を誘うというのだ。
「若宮の参道を血で染める人たちに、どれほどの効き目があるというの……」
「いえ、本道はどちらにあるかを知らしめるためにも」
合戦では幕府勢が八幡宮を背にしている。和田は将軍家の守護神へ矢を射ることになるのだ。
義時とて、どれほどの効果があるか読めぬ。
――しかし今、何もせぬよりましだろう。
さっそく政所へ使者を遣り、願文を書かせるため広元を呼んだが、
「いまだ周辺に敵兵が徘徊して恐ろしゅうございます」と断ってきた。
これを義時が許すはずはない。
「幕府の一大事に、貴殿は何を言う」
兵士らに命じ、政所の広元を無理やり法華堂に連れ込ませると、息も絶え絶えの彼に願文を書くように迫った。
広元とて京下りの有能な文官である。義時の強引さに言いたいこともあったろうが。それを呑みこみ、一つ二つ呼吸を整えて筆をとると、すらすらと願文を書きあげ、義時に差し出した。
「さすがの名文ですな」一読した義時は、実朝へ願文を進め、
「奥付にお得意の歌を書いてください。優れた歌は神仏の心も動かすと言いますから」
嫌みめかす叔父に逆らう気力もなく、実朝は筆を取り、二首ほど書きつけた。
義時が書を手元に寄せると、合戦の早期の終了と双方の和解を望むと歌われていた。
――おやさしいことで。
義時は実朝の近習を使者に、八幡宮へ奉納を命じた。
今や御所となった法華堂を目指し、土屋義清が手勢をひきつれ、武蔵大路を北上していた。先ほど騒いでいた御家人らが法華堂へ参じて手薄となり、居残りの武士たちも和田に同情する者が多いらしい、街の北西、亀ヶ谷を無傷のまま抜け、かつて自邸のあった寿福寺の伽藍を横目に東へ向かった。そして八幡宮前に差しかかると、
「やはりな」
目の前には、幕府の軍勢が立ちふさがっていた。ちょうど法華堂からの使者が戦禍を避け、裏手から八幡宮に入り、願文の奉納を果たしたころである。
両軍、互いに矢は尽きていた。
――ここを破り、小町通りの朝比奈たちと先陣争いとなるか。
友との約束を思い浮かべながら、土屋は太刀を引き抜くと、一の鳥居を前に幕府勢へ踊りかかった。
そのとき、八幡宮の方角から矢の一群が唸りを上げた。
尽きたと思った敵の矢。
しかし、八幡宮には平時、武将たちが奉納した積年の矢があった。これらをかき集め、幕府勢が太鼓橋の影から矢を放ったのだ。
そのうちの一矢が土屋の体を貫いた。
馬上から姿勢を崩し、音を立てて地面に落ちた彼に意識はあったろうか。
若かりしき頃、八幡宮の神事となれば必ず射手に選ばれた土屋義清。その彼が矢を奉じたことは一度ならず。ともすれば、土屋は己れの矢で死を賜ったかもしれず。
紺色の土屋の鎧めがけ、敵兵が殺到する。郎党たちが必死で抵抗するなか、敵の手によって主人の首が掲げられ、奪い返そうとする郎党たちとで争いとなった。
敵将の一人が絶命したさまは宮内にいた実朝の使者に伝えられ、報せは直ちに法華堂へもたらされた。
「まさに天の配剤ですな」
広元の言葉に義時がうなずく。この期を逃す彼ではない。すぐさま伝者を放ち、
「土屋義清落命、神矢による」と辻々に触れさせた。
味方は鼓舞され、敵は動揺する。まさしく己れの言ったように。
ただ、この堂にひそむ実朝や広元に、どれほど戦場の真実を理解できただろう。
合戦に身をさらした者だけが知覚する、人智の及ばぬ自然と、その現出を。
戦いには潮流がある。潮目がある。
敵味方、将兵一人ひとりの闘気が溶け合い、分かれ、ぶつかり合い、
うねり、波立ち、渦を巻き、
戦いの流れ、勝敗の境目をつくる。
それは、軍勢の数や大義名分といった人の理を越え、
――先ほどまで散々に苦しめられていた我らだが……
義時は幕府勢の勝利を確信した。
酉の刻(午後六時ごろ)、和田四郎義直が討ち取られた。三十七歳だった。
父の義盛は六十七歳。鍾愛の息子に死なれ、
「この合戦は、儂自身のためにでない…… 我が子の将来のためにと思って戦ってきたんじゃ。だのに、その息子を失った今、儂は何のために戦えばいいんじゃ」
と、声を上げて泣きわめいた。
周囲は、
「まだ太郎殿以下、たくさんのお子さまがいらっしゃるではありませんか」
と、なだめすかすが、
「嫌じゃ、嫌じゃ、儂は息子のなかで四郎がいちばん好きじゃったんじゃ!」
義盛は子どものように泣きじゃくり、軍勢の士気は沈む。
叛乱三氏のうち、土屋の頭領は先ほど矢にあたって死んだ。和田の頭領もこの様である。昨夕からの合戦の疲れは限界に達し、彼らは途方に暮れた。
勝ち目のない戦さ――それでも、万が一の逆転に希望をかけていたものを。
人々の迷いはそのまま戦況に影を落とす。
虚脱の隙をつかれ、幕府方に攻め込まれるが、軍勢をまとめる者はない。
潰走を始める和田勢に、追う幕府勢。
「神仏はあちらに味方したか」
疲れ果てた和田の人々は、ついに敵勢の波に呑みこまれる。
義盛は逃げ惑ううち敵の御家人に捕まり討たれ、息子の五郎・六郎・七郎も次々に討ち取られる。最年少の七郎秀盛は十五歳だった。
和田の主軍は散り散りとなった。
小町大路を攻め上っていた朝比奈は、主軍の敗走に気づくと素早く手勢をまとめ、戦場を脱した。古郡と逸れながらも、郎党を率い、船で海へと逃れる。
日は沈み、夕闇が迫るなか、
「治承四年の戦さを思い出すな」
朝比奈は船上で波に揺れながら、不敵な笑みを見せた。
治承の旗揚げ時、石橋山で一敗地にまみれた頼朝公は、味方とともに真鶴から海上へ逃れた。沈鬱な気色に満たされた船中にあって、同乗していた彼の父、義盛が突然、
「殿、我らが勝利のあかつきには、この俺を侍所の別当にしてくださいませ」
同い年の総大将へ明るく言った。
「和田よ、これほどの負け戦で、そなたもよく言うのう」
義盛の馬鹿げたおねだりに、主従は皆、呆れたが、
「いやいや、俺は殿を信じております。殿はこの先、武家の棟梁となられるお方です。で、この俺は殿に付き従ってついでに偉くなりたい。だいたい、侍所別当というのは偉いものだと聞いております。負けて地に落ちた今だからこそ、お願いもしやすいというもので」
義盛のバカ正直に、一同はこらえ切れず吹き出した。
人々は笑いくずれ、
「おまえってやつは……」
仲間に肩を叩かれる彼の姿に、頼朝まで声を立てて笑う。
船中の気色がいっぺんに変わり、人々は武士の未来に明るい希望を抱くことができた。
事実、安房に上陸した一行は上総、下総、武蔵を廻りながら味方を増やし、鎌倉に幕府を開いた頼朝公は、約束通り義盛に侍所別当の職を与えた。
朝比奈は父の昔話を念頭に、軽口を叩いたのだ。
「――何てな。そのころ、俺はまだ五歳だったが」と、おどけて見せ、仲間たちを励ます姿はかつての義盛に重なる。
「故殿を見習って、安房に辿りついたら親父と合流して再戦の機会を伺うか。なあ」
朝比奈が声をかけた相手は、美しい顔だちの僧侶であった。僧服の上に鎧をまとい、怪我を負ったのか郎従の肩にもたれながら薄く目を開け、微かに笑んだ。
船上の彼らは、親兄弟、友の死を知らない。
――敵は鎌倉、次こそは。
朝比奈は彼の地を振り返った。
夜空に星は見当たらず、遠くの陸に戦火の名残りが点々と煌めいていた。
義盛の嫡男常盛は横山時兼、古郡保忠とともに鎌倉を逃れ、彼らの敗走により街は平和を取り戻した。
義時は御家人らに命じ、叛徒の死骸の実検を行わせた。由比ヶ浜に仮屋を建て、義盛以下の首を集める。作業は黄昏に及んでも続き、人々は松明を灯した。
翌日、甲斐の国(山梨県)で常盛や横山、古郡以下の死体が多数発見される。
自決だった。
彼らの首が鎌倉に到着すると、
「もう、これ以上、首を集めてどうすんだよ」
皆うんざりしながら、街の東、片瀬川の河原に晒した。
その数は二百余りにのぼったという。
朝盛の登場は今回でおしまいです。
史実では、彼はこの数年後、日本を二分する承久の乱に登場しますが、筆者は迷った末、彼には引退してもらいました。この物語で、彼は実朝の唯一の恋人、二人の恋が終わったところで去っていただいたほうが美しいかなと。
(まぁ、承久の乱に朝盛が○○として参戦したのは、実朝への○○……として描けばそれはそれで美しかったでしょうが、そこまで書くとなると、ただでさえ長い物語がさらに長くなる、というので諦めました)