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第一節 策士眈々 序

 平家物語のオマージュっぽい冒頭(シリアス?)から反転。鎌倉武将の相撲のシーンがくりひろげられます(コメディ?)。若き将軍、源頼家をはじめ、主従は和気あいあい、仲良く観戦していますが……(やっぱりシリアス?)

 鎌倉時代の武士は現代人がイメージする江戸時代の武士とは大いに異なります。やんちゃで無学で、平気で約束を破るいい加減な人たちばっかりです。

 それだけにむき出しの感情がぶつかりあいドラマが生まれ、それがそのまま日本の歴史になってしまうところが、この時代の武将たちの魅力です。鎌倉武士のバカっぽさを良い意味で楽しんでもらえたら幸いです。

 

 波の下にも都はありて、

 海の底、

 金銀瑪瑙、翡翠珊瑚に飾られた、

 宮殿の深奥の玉座におわす、

 貴人(あてびと)は、

 人の世にありしころも王者におわした、

 貴人は、

 みどりの黒髪をゆらゆらと漂わせながら、

 水晶の殿宇を透かして人々の声を聞こしめす。


 かつて、千万の同胞を殺戮し、

 この地に穢土を生み出したことを忘れ、

 笑い騒ぐ男たちは、

 打ち寄せる波のように、酸鼻はくり返されるとも知らず。


                ◇


 風が潮の匂いを運ぶなか、若者らが立つ大地は地震(ない)のように揺れた。

 目の前の裸の男らのせいである。

 鍛え抜かれた身体(からだ)を見せつけながら、

 激しくぶつかり合っては、もつれ合い、

 押しのけては、跳びずさり、

 蹴り上げれば、その足をつかんで投げ飛ばし――

 相撲の勝負は、二人の力士によって最高潮に達した。


 主君の頼家を始めとする武将たちは、固唾を飲んで勝敗の行方を見守った。

 浜近く、轟く海鳴りが人々の興奮をいやでも高める。 


 正治二年(一二○○)九月二日、昨年頼朝を失った鎌倉の街が、ようやく落ち着きを見せたころ。次代の将軍として気の張る日々を過ごしていた頼家にとって、浜遊びは良い気晴らしだった。御家人のなかから弓の名手を選んで小壺の浜へ出ると、恒例の笠懸(かさがけ)のあとは船で沖へくりだし、朝比奈三郎の水練のわざを堪能した。


 頼家は、朝比奈の遠泳や素潜りの達者ぶりに、

「朝比奈、みごとな水練のわざを見せたそなたに褒美をとらせよう。今日、俺が乗ってきた馬をやる」

 馬は奥州産の名馬で、以前から皆が欲しがっていたものだ。

「本当ですか! 御所!」

 船べりに取りついていた朝比奈は大喜びして、片方の腕を高々と振り上げた。

 が、これに彼の兄、和田常盛は口を尖らせて異を唱えた。

「ちょっと待ってください、御所! 三郎にだけずるいじゃないですか! 私だって、御所の馬を欲しかったんです。だいたい、武士にとって水練より大切なものは他にもあるじゃないですか。そうだ、相撲で決着をつけましょう!」

 常盛のおねだりは図々しいが、そもそも奥州産の名馬は笠懸の賞品になるはずだった。


 笠懸には常盛も射手として参加し、目覚ましい成績を残した。しかし、弓の名手を集めただけに、上位が伯仲して勝負はつかず、ご褒美はお預けとなった。

 それを舟遊びの余興で泳いだ弟に譲られるのは納得いかない――


 彼の不満を察した頼家は、機嫌を損ねることもなく、

「そうか、相撲か。和田兄弟の対決を見るのもわるくないな」と、頬をゆるませた。

 主君の興をそそられるようすに、

「和田兄弟を対決させるんですね」

 周囲の者たちも沸いた。

 まだ日も高い。

 船の舳先を(おか)へ向け、頼家一行は、昼に食事をした御家人の邸へと戻った。


 邸の前庭では、名馬を前に和田常盛と朝比奈義秀が並ぶ。

 膂力自慢の和田兄弟の勝負を観戦するのだ。人々はわくわくしながら彼らに注目した。

 二人は衣服を脱ぎ捨て、下帯(したおび)(ふんどし)だけで互いを見合った。

 主君の傍らにいた結城朝光が、彼らの服を拾い集めるよう小者に命じた。彼は二代の将軍近侍にして頼家の弓の師でもある。

「和田兄弟は御所を喜ばせるために、労を惜しみませんね」

「そうだな。だが、見てみろ。当人らも十分楽しんでいる」

 頼家は目を細めた。


 兄弟の父は幕府宿老の和田義盛。先代頼朝公の旗揚げ以来、数多くの合戦で蛮勇を誇った武将だ。その嫡男が兵衛尉常盛、三男の義秀はすでに独立し本拠上総(千葉県中部)の朝比奈を名乗っている。

 人々の視線を集める両者は、ともに筋肉が充実し、惚れ惚れするような力士っぷりだ。

 年上の常盛のほうが若干大柄か。皆、目を輝かせながら、

「さて、兄弟どっちが勝つか」

「三郎は水練で疲れているからな」

「ということは、兄貴のほうか」

 好き勝手言い合うなか、勝負が始まる。


 この時代の『相撲』は、文字通りの殴り合い、さらに足蹴りも許された。

「てぃやっ」

 鋭いかけ声とともに交錯する拳や下腿――

 互いの攻撃で両者の肌は次第に赤らんでいった。

「とぉうっ」

 素早く間合いをはかり、張り手をくり出す。

 組みつきたかったが、互いの汗で手のひらがすべる。

 二人はぱっと跳び退()き、十分な距離をおいた。それから、手のひらに砂をこすりつけ、相手の攻撃を待った。

――さぁ、かかってこい。

 相手のわざを見切ろうと睨みあいになる。

 だが、

「おいおい、それじゃあ、勝負にならんだろう」

「つまんねぇよ」

 周囲に煽られ、堪え切れなかったのは、兄の方だった。

 掴みかかろうと伸ばした腕を逆手に取られ、勢いのまま体ごと投げ飛ばされる。

 地面に叩きつけられた常盛は、

「ちっくしょう、もう一っちょう」

 周囲に歓声をあげる()を与えない。素早く立ちあがって弟へ体当たりを喰らわせた。重量で及ばなかった弟はよろめき、すかさず兄が足元をすくう。

 朝比奈が音を立てて地面に転がり、ようやく観衆はどよめくことができた。


「いい勝負だな」

 砂ぼこり舞うなか、頼家も満足げにうなずいた。


 一勝一敗、二人の目が光る。


 兄弟は本気でぶつかり合った。

 体格で押そうとする兄と、敏捷さで優位に立つ弟――

 二人は互いに勝ちを譲らなかった。取り組みは数度に及び、人々が食い入るように見つめるなか、次第に兄弟の明暗が分かれ始める。朝比奈にはまだ余裕があるのに比べ、常盛に段々と疲れの色が現れていた。

「やっぱ、年の差だよな」

 この年、常盛二十九歳、朝比奈二十五歳。


 ここで頼家のそばに侍っていた彼の叔父、江間四郎が立ちあがった。

「いいでしょう。もう、このあたりで引き分けとしましょう」

 どちらにも恥をかかせてはいけないという心遣いである。


 取り組みをやめた和田兄弟は体の砂を払い、小者から手渡された衣服を受け取る。

 相撲は引き分け、だが、水練では朝比奈の右に出る者はなし。

――であれば、褒美は朝比奈のものか。

 と、誰もが思った。


 朝比奈は勝者の余裕でゆっくりと小袖に腕を通した。

 だが、彼の兄は違った。手にしていた服を放り投げると、

「やっぱ、この馬は俺んだよ!」

 ふんどし姿のまま名馬に飛び乗る。そして、むき出しの尻を鞍に、馬腹を蹴って遁走したのだ。

 皆があっけにとられるなか、

「ちくしょう、兄貴のやつ、卑怯だぞ!」

 朝比奈が地団太(じだんだ)を踏んで悔しがったので、一同は腹を抱えて笑った。


「人間って、本当に口惜しいと地団太を踏むものなんだなぁ」

「俺、始めてみた、大人の地団太」


 これを機に、浜遊びはお開きとなった。男どもは帰り支度を始めながら、

「何だか、今日は、和田兄の(なま)(ちり)しか覚えてないよ」

「そうだよ、目に焼き付いて離れないよ」

羽林(うりん)(頼家)、申し訳ありません、お見苦しいものを」

 口々に言いたいことを言い合い、帰路に着く。街に家々の明りが灯るころだった。

 屈託のない笑顔で主君を警固する若者たちへ、中心の頼家も満足げに話しかける。


 けれど、彼は知らない。

 幕府宿老たちの、将軍位をめぐる水面下の駆け引き、腹の探り合いを。

 彼らの相克により、この浜遊びのちょうど三年後の同月同日――

 頼家の後ろ盾であった妻の実家比企氏が、母の実家北条によって攻め滅ぼされる。


 追討軍のなかには江間四郎こと北条義時を筆頭に、和田常盛、結城朝光、他、この日、浜遊びに供奉していた御家人たちが名を連ねる。

 頼家が前年に()された征夷大将軍の職は、彼の唯一の同胞(きょうだい)、わずか十二歳の弟千(せん)(まん)に譲らされるのだ。


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