回収者
君みたいな人間に事情を説明するときに
いつもどこから説明したらよいのだろうかと
思い悩むのだが
結局のところ最初から話したほうが
説明が少なくてすむ事が多い。
だから、少々話は長くなるし
ところどころ、理解に苦しむ部分はあるかもしれないが
どうか最後まで聞いて欲しい。
はるか昔
ユダヤの王を称し処刑された男がいた。
その男は処刑台にくくられ、腹を槍で刺されて死んだのたが
埋葬後に蘇り、何処かへと去っていったという。
当時の人間でさえ
そのような話を心からは信じていなかったが
ここでは事実だったとして話を進めさせてもらう。
ここで重要なのは、蘇った男よりも
むしろ男に突き立てられた槍の方なのだ。
我々が槍の存在に気付いたのは
ずいぶんと遅かった。
アドルフ・ヒトラーという男がいなければ
気がつくことはなかったかも知れない。
ヒトラーは
20世紀のヨーロッパを語る場合に
避けて通ることができない人物だ。
ことに、ユダヤ人の大量虐殺を指示した事で有名だった。
一説においてはゲルマン民族の優位性を示すために行ったと
言われているが、それは真実ではない。
重要なのは、何故ユダヤ人だけが
迫害の対象とされたのかという部分だ。
この事については後の調査で判明したことだが
ヒトラーは槍を探していたのだ。
ユダヤの王を刺した例の槍を。
ヒトラーはユダヤ人の何者かが槍を隠し持っている
という事について確信を持っていた。
だから、死に物狂いで探した。
ユダヤ人を絶滅させてでも手に入れたかったのだ。
結局、願いは叶わなかったわけだが。
ヒトラーが、そうまでして手に入れたかった
槍には特別な力があった。
端的に言えば、
この槍で腹を刺されたものは
驚異的な力を得ることができる。
人間とは別種の生命体になるといってもよい。
どのような力が得られるのかは個人の資質
特に、魂の質によるところが大きい。
魂の質の高い人間であれば
ユダヤの王のように、永遠の肉体を得る事も可能だ。
しかし、魂の質の低い人間が槍の洗礼を受けた場合
凶暴で手がつけられない化け物になることもある。
槍の紛失時期と場所からすると
東欧の民間伝承に出てくる狼男や吸血鬼などは
槍で刺された人間の成れの果てである可能性が高い。
つまり、君をそんな目に合わせた連中というのは
槍の洗礼を受け入れ、組織の手先となった連中という事だ。
さてと、概ねの説明はしたつもりだが
たぶんまだ、納得はしてないだろう。
なぜ、我々がそのようなことを知っているのか
そして、いったい何者なのかということに。
我々は処刑前夜
ユダヤの王を称する男に神聖なる杯で祝福を授けた。
彼はそれに見合う魂を有していた。
当初、槍はただの槍であった。
しかし、ユダヤの王を刺したときに
神性を付与され、その特殊な力を得た。
これは我々の想定外の出来事であったのだ。
我々には責任がある。
偶然の産物である槍を回収し、破壊する。
それが使命だ。
だから聞かせて欲しいのだ。
君を襲った連中の事をね。