仲人猫は愛される
俺は猫を飼っている。体色はグレー。トラのような模様がある、目に入れても痛くないくらい可愛い猫だ。母猫から生まれた一番小さな子猫を見て、俺が育てると決めたのだ。幼い頃はよく泣いていて、その度に抱きしめて慰めた。よく泣くのでミィと名付けた。
ミィはいつからか、宙を見るようになった。一体何が見えるか分からないが、猫の視界では人と違ったように見えるのだろう。
ミィの散歩は自由にさせている。しかし、ある時ミィが足にすりすり体をなすりつけ、着いてきてほしいと玄関先で鳴いたことがある。外に出たいという催促だろう。これは親バカとして行かずにはいられない。
ミィが公園に飛び込んだ。それが運命の出会いのきっかけだった。ミィは身軽な体でベンチに飛び乗り、ベンチの先客である女子高生の膝に丸まる。ミィに懐かれたらしい彼女は艶のある栗毛を肩まで伸ばしており、愛らしい二重の目元が印象的だった。制服から同じ学校だと分かる。その上ネクタイの色も同じだから、同学年だ。そういえば、隣のクラスでマドンナと呼ばれている子かもしれない。彼女のまとう雰囲気が穏やかで、目を引かれた。
「この猫、人懐っこいのね。可愛い」
そう言って笑う彼女を見て、ますます心拍数が上がっていく。撫でる手も優しくて、ミィがうっとりとしている。無防備で知らない人に撫でさせるなんて、珍しい。
「あれ、ミィがすごく懐いてる。めずらしい」
「あなたの猫? この子すごく可愛いね」
「だろ!? 俺の妹みたいなものなんだ」
ミィを褒められ、思わずテンションが上がった。友人には、ミィに見せる顔をもっと他の人に見せたら人付き合いが楽になるぞと言われたことがある。正直、ミィあっての表情だから知ったことではない。
何やら彼女がじっと見つめてきているが、ミィの可愛さが分かる仲間を見つけたんだ。しっかり布教しなければ。いつしか話が止まらなくなっていく。
ミィが話を遮るように、彼女の膝の上からだらりと体をのばし、俺の膝に頭をのせる。言葉を失った。可愛すぎる。思わず顔を手で隠して身悶えした。彼女を見ると、こくこくと頷いて身悶えしていた。同士だ! 同士を見つけた!
「あっ、もう帰る時間だ。またよかったら、ミィちゃんに触らせてもらっていい?」
「もちろんだよ。この時間はミィも自由にしてるから」
「ミィちゃんだけじゃなくて、あなたともお話してみたいと思ってるんだけど、どうかな?」
彼女の言葉に少しばかり胸が高鳴った。
「俺も、そう思う」
「嬉しい。名前はなんて言うの?」
「御堂 彰」
「彰くんね。よろしく。私は七瀬 まり」
それから七瀬さんのことで頭がいっぱいになった。また公園に行けば、彼女に会えるだろうか。
期待を胸に、ミィと一緒に公園に行く。ベンチに座る七瀬さんと目が合った。こんにちはと言われ、しどろもどろになりながらこんにちはと返す。
「隣、いいかな」
「どうぞ」
知り合って間もないせいか、会話が浮かばない。緊張する。風がそよそよと吹き、彼女の肩まで伸ばした栗毛が揺れた。俺のところまで七瀬さんの花のような香りが漂ってドキドキする。そんな空気を壊すかのようにミィが二人の間に丸まって座り込んだ。ミィの暖かい体温と毛並みにホッとする。
「ミィちゃん、触っていい?」
そう七瀬さんが言ったので、いいよと快く返事した。しかし、ミィが彼女の撫でる手にうっとりとしている姿をみて、飼い主としてなんだか悔しくなる。
「ミィ! ここ撫でられるの好きだよな!」
「ミィちゃんをうとうとさせたのは私なんだから!」
なんだか張り合っているうちにミィが寝てしまっていた。七瀬さんと顔を見合わせて、ふっと笑う。ミィの寝顔で力が抜けたのを感じた。張り合っているのが馬鹿らしくなったのだ。それは彼女も同じらしい。おかしいねと笑う七瀬さんにどうしても胸が高鳴った。
あたりが薄暗くなってきたころ、ミィを起こす。彼女との距離が近くなった気がした。
翌日も七瀬さんに会いたくて、ミィと一緒に公園に行ってみた。彼女は今日もベンチにいた。今日は自然と隣に座ることが出来てよかった。相変わらずミィのことばかり話しているけれど、それでも七瀬さんは楽しそうに聞いてくれた。今まで猫馬鹿を見せると引かれることが多かっただけに、彼女の存在は貴重だと思った。
放課後、隣のクラスの不良っぽい男が声をかけてきた。猫を飼っているかと。俺は迷いなく頷いた。
「当たり前だ。ミィはもはや家族だ。妹だ。ミィの可愛さは天使並みだ」
「だよな、俺はあの可愛さに運命を感じた」
なんだ、話が分かるじゃないか。同士を見つけた。
あれからも七瀬さんに会いに行った。彼女と別れてミィと合流した時、何故かミィが香水で臭くなっていた。ミィが可愛いばかりに、変な人を引っかけたのかもしれない。このミィのふわふわの毛並み、愛らしい顔立ちなら仕方ない。
香水の匂いから、同学年のとある男を思い出したが気のせいということにしておいた。匂いが移っていて嫌なので、今日はお風呂に入れることにした。念入りに洗ってやろう。
それからまたしばらくして、同じクラスのいつの間にか更正していたチャラ男が声をかけてきた。猫を飼っているかと。こいつもか。ここでも俺は変わらず答えた。
「当たり前だ。もはや家族だ。妹だ。ミィの可愛さは世界を救う」
「だよな、にゃんごろうは可愛い」
にゃんごろうじゃない、ミィだ!
ミィと名付けるに至ったエピソードを説明すると、ミィと呼ぶと言ってくれた。よし、ミィ以外の呼び名は認めない。
そう言えば、こいつがつけていた香水の匂いがミィに移っていたことがあったな。ミィ、こいつにも近づいたのか。お兄ちゃんはミィが心配だ。それはともかく、俺は新しい同士を見つけた。
ある日、フェロモン垂れ流しの先輩が声をかけてきた。猫を飼っているかと。俺は力強く頷いた。
「当たり前です。もはや家族です。妹のように思っています。ミィの可愛さは小一時間眺めていられます」
「そうだね、あの無邪気にねこじゃらしを追う姿が可愛い」
なんだ、話が分かる人じゃないか。ミィが人気すぎて誇らしい。同士を見つけた。
それからも七瀬さんと会うことが増えていき、デートすることになった。映画を見に行こうと思う。なんの映画か。もちろん猫の映画だ。ミィが一番可愛いと思うが、ちょうど話題にもなっているので見に行こうという話になったのだ。
映画を見ると、やっぱりうちの子が一番可愛いという考えに落ち着く。ミィへの愛をより一層深めた。彼女は映画を楽しんでいたようだが、「ミィちゃんも可愛いよね」と言っていた。当たり前だ。けれどミィは渡さない。
帰る途中、人混みに七瀬さんが流されそうになっていたので手を繋いでみた。彼女の手は小さくて、柔らかかった。彼女の体温にどこか心が落ち着かない自分がいた。
何日かして、スポーツが得意な後輩が声をかけてきた。猫を飼っているかと。もちろん。
「当たり前だ。もはや家族だ。妹だ。ミィの可愛さは癒やしそのものだ」
「そうですね! あの可愛さはすごく癒やされます」
なんだ、話が分かるじゃないか。それにしても近頃、やたらミィのことを聞かれるんだがどういうことだろうか。それはともかく、同士を見つけた。
最近、七瀬さんは疲れているらしい。テストが近くて、夜更かししているのだろう。
俺も最近はテスト勉強に時間を割いている。家で勉強していたら、ミィが頑張れと腕に寄り添うように丸まって座ってくれるのだ。シッポは腕にのせられていて、そのふわふわさ加減に、ミィの温もりに昇天するかと思った。けれど、けれどミィは俺の勉強応援のためにここに来てくれているんだ。俺が勉強に集中しなくてどうする! 俺は精一杯ミィを愛でたいのを我慢して勉強した。終わった時にはミィは寝ていた。……いいんだ。ミィの気持ち、それだけで嬉しいから。
きっと彼女も勉強を頑張っているのだろう。進学校だから、授業が進むペースも早いらしいし。うとうとしている七瀬さんを休ませてあげたいと思った。だからそっと彼女の頭を膝にのせた。
七瀬さんは起きると戸惑っていたが、ありがとうと照れたように笑った。
数日後、担任が声をかけてきた。猫を飼っているかと。まさか担任にまで聞かれるとは思わなかった。
「当たり前です。もはや家族のように思っています。妹です。ミィの可愛さは無限大です」
「そうだな、拗ねている姿もすごく可愛いと思う」
先生も話が分かるじゃないですか。というか、拗ねさせるようなことをミィにしたんですかと聞くと、おやつをあげるふりして食べたらしい。ミィの拗ねる姿が目に浮かぶ。ミィの人気はすごい。俺は愛猫の会を作りたいと言うと、先生が顧問になると快諾してくれた。
それからしばらくして、愛猫の会が出来た。会長は俺。副会長は七瀬さん。顧問に先生。不良っぽい男、元チャラ男、フェロモン垂れ流しの先輩、スポーツが得意な後輩が会員だ。ひたすらミィを愛でることが目的だ。俺が持っているミィの子猫時代の写真はバイブルになっている。七瀬さんとも前より距離が近くなって、可愛いミィもいて、ミィのよさが分かる仲間もいて。今日も楽しい。ミィも楽しそうにナーンと鳴いた気がした。