結末の見えた戦い
ころころと視点が変わります。注意してください。
侵攻してくる帝国兵の数はおおよそ二十五万、対するこの城の兵数はおよそ五万。
難攻不落とうたわれるわけでもない城に立てこもってすでに五日。敵は毎日毎日飽きることなく城攻めを決行している。
戦友に怪我のないものは独りとしておらず、弓兵の自分でさえ多少なりとも怪我をしている。
―――この城が攻め落とされるまでは、時間の問題だ。そして、次には首都へと向かうだろう。
自分が戦について詳しいとは、一切思わない。
戦場において先陣を切って進んだり、敵を押し返せる策を考えたり、みんなを安心させるようなカリスマ性があるわけではない。
―――夢見るだけだ。
現実の僕ができるのは、ただ弓を引き絞って矢を放ち、遠くから臆病に敵を攻撃することしかできないのだ。
「大丈夫だ。俺たちがこうやって時間を稼ぐことで、首都から応援がきっと来る」
戦友の暖かいこえ。そうやって僕たちは元気づけられ、勇気づけられ、また頑張ってしまうのだ。
今日もまた矢筒いっぱいの矢を敵の頭上に振らせて見せる。
敵の数は……気にしたくない。仲間の数は七万。だが、誰一人として無傷のものなどいない。
生まれ育ったこの城下町を守りたい一心で剣を握り、城にいる参謀の考えた策を決行するだけの人形。それが俺。
仲間内で誰よりも体格がよかった俺は、当然のように剣を構えることになった。
頭のよかった奴は今も城で必死になって策を張り巡らせている。
俺よりも喧嘩が弱い奴が命がけで敵兵に向かっていく。
―――そんな中で、俺は死におびえ、先陣を切っているようでずっと一番安全そうな場所にばかり行っていた。
俺たちがいじめたりしていたチビでさえ今では立派な弓使いとしていくつもの矢を降らせて敵に損害を与えている。
だったら、俺は死に怯えている仲間を、戦友を励まさないといけない。
それは、仲間のうちでもっとも体の大きかった俺にしかできないことだから……。
敵の数は二十万以上、こちらの戦力は事実上三万に満たない。
城壁と門がしっかりしていることだけが特徴だったこの城もどうやら年貢の納め時らしい。
今の僕にできることはごくわずかにでも敵に損害を与えることか、仲間たちを生きて首都に送り出すことだ。
―――だが、そんなことは僕の考えられる策では出てこない。
仲間内では頭がいい奴ではあったさ。それに十分この城で文官を勤め上げられる程度には全体的に見ても頭はよかった。
―――でも、戦記物語とかに出てくるような偉才ではない。
せいぜい地方の文官止まり、この城に残っている人の中では一番かもしれないが、それは先見の明を持つ人々が当の昔にこの城を去っているからである。
ここで、僕も気づいていて仲間のために残ったのなら、物語の英雄になれるだろう。だけど、僕がここにいる理由はそんなことではなく単純に気付かなかったからだ。そして、気づけていたなら一人でも逃げていただろう。薄情な奴である。
でも、僕があきらめたら、僕があきらめて敵に降伏したりしたら、この城は簡単に明け渡される。それはいやだ。ここは僕らの育った聖地。あんな侵略者に汚されてなるものか!
敵の数はここから見える限りでは十五万はいるだろう。こちらの戦力はまともに戦えるものとして数えれば五分の一もいないのではないだろうか?
今まで無駄にしっかりしているとしか思っていなかった城壁が、今となっては何よりも頼もしく見えてしまう。
側近はもう年貢の納め時だとあきらめかけている様子ですらある。
夜では敵国の国の歌が四方から聞こえてきて、いやでも完全に囲まれているのだと再確認させられる。
開門したらほかのところと同じように男は無残に殺され、女は兵士のおもちゃにされるのであろうか?
今、この城壁の中には二万人に足りないぐらいの女性がいる。その中でそういったことに利用される可能性がある年齢のものは一万人と少しぐらいだろう。
―――申し訳なく思う。
このような愚鈍な城主で済まないと、父と母が亡くなってから弟がちゃんとするまでと志した私がいけなかったのだと。
前に、幼馴染といえる臆病な少年を見た。
かれは、その恐怖を押し殺しながら必死になって弓を引いていた。それは私の予想をはるかに超えることであった。
彼はこの戦いが始まる前も幼馴染の兵士にちょっと弄られていた。それだけでびくびくしてしまうような弱い子だったのだ。彼は、戦争なんてものに耐えられる精神ではないはずだったのだ。こんなものに巻き込んではいけなかったのだ。
私がもっとしっかりしていれば、首都から応援が来てくれるぐらいの状況になっていたかもしれないのに……。
よく戦ったと、今あの城にいる兵士には惜しみない賞賛を送りたい。
おそらくは明日に決着がつく。遅くとも三日以内だ。だが、彼らの奮闘が我々の進行速度を遅らせ、首都ではしっかりとした防衛体制ができている。
当初の予定だった首都までは勢いだけでは行けまい。それだけの奮闘を彼らはしたのだ。
別段新しい策があったわけでも、勇猛果敢な将がいたわけでも、一騎当千の猛者がいたわけでもない。
―――いうなれば、彼らは一騎当十の強者の集まりだ。
強い意志を持ち、仲間同士で励ましあい、ただ一つの目的のために団結して敵を押し返す。数の差がなければ勝てる気がしない。まあ、これほどの差があるからこその団結であろうが、それでもできることではない。
できることならば、降伏してもらいたい。住民の安全を保障することを約束して、これ以上の血を流すことなく開門してほしい。
―――だが、それはかなわぬ夢であろう。
そもそも彼らが今更降伏するとは思えないし、こちらの兵士の士気の問題もある。
たとえ総司令官だとしても、可能な限り士気を下げるわけにはいかないのだから……。
詳しい奴の話では、あの城の中に女が一万以上はいるらしい。
あれほどの大きな城だ。それだけの人数がいたとしてもおかしくはないだろう。
あの城にいる姫がものすごい美人だという話も聞いた。俺が相手をできるわけがないが、やはりそういった上物を相手に出来る司令官殿に嫉妬しちまう。
まあ、俺たちが中に攻め入った時にその辺でいい体つきしている女をひっとらえて、むいて、犯せばいいだけの話だ。いい加減に我慢の限界というのもある。でも数が足りないから最悪男でもなんとかなる。
長い抵抗だが、まあ、おあずけもそろそろおしまいだ。
城門にひびが入ったし、長さが足りなかった梯子も城門を開けちまえば関係ない。
―――ようやく朝日が昇った。今日こそつぶしてやるぜ。
―――この城の最後の抵抗はこの後三日続いた。
とうとう破られた城門。なだれ込む兵士たち。最後の最後に兵たちがとった策は可能な限り多くの敵兵を道ずれにすることであった。
城門から我先にと入って行った兵士を見送って、死体の中に紛れ込んだ青年は、城門から誰も出さないようにと油をぶちまけて敵兵の壊していった家の木材とともにすべてを燃やした。
前と後ろ。二つの方向にあった門は、業火に包まれた。
城内に入った兵の数は数万に及ぶ。
逃げ場のない城壁の中で命を捨てた死兵はまさしく鬼人のごとく戦い。敵を葬り去った。
炎に包まれた場内を目にした司令官は中には何もないとしてそのまま通り過ぎた。
「姫、ここにいてください。あなただけでも我々が生かします」
死兵はそういって岩の扉を閉ざした。
「さあ、馬鹿野郎ども。これが最後の戦いだ。流れ込んできた豚どもをこんがり上手に焼き上げる前に、しっかりと切り分けておくぞ!!」
「―――隊長、あんな欲の塊みたいな豚なんて上手に焼く必要はありません。しっかりと黒こげになるようにミンチにしとかないと」
兵たちは最後に笑いあう。最後に笑う者の笑いが最上。彼らは敗北したが、勝利したのだ。
―――彼らの守るべきものは失われたが、最後に一つだけ守り切ったものがあるのだ。
「―――行くぞ!!」
『おおおぉぉぉぉぉ!!!!!』
僕は、城の中から敵兵たちが首都のほうに向かったのを見て会心の笑みを浮かべた。
―――最後に、自分の策が通じたのだと確信して。
「―――はぁ、まさか自分で考えておいてあれだけど……本当に通じるなんて」
「そりゃあそうだろう。お前は俺たちの中で一番頭がいいんだ。お前が必死になって考えた作戦が通用しないわけがないだろう?」
全く、そんなに信用されたから本気で頑張ったじゃないか。
「でも、いいのかい? 彼女のこと、好きだったんだろう?」
「そうだな。好きだったというより、今でも好きだ」
彼はそうやって遠い目で燃えていく城を眺める。
「―――でもさ、俺は彼女に幸せになってほしいんだ。たぶん今は無理だけど……でも時間がたてば幸せになるって信じてる。あいつなら、いろいろあるだろうけど何とかするって信じてるから」
そんな彼らしくないセリフに、ちょっとからかってみた。
「彼をずっとチビっていじめていたくせにかい?」
彼はくるりとこちらを振り返って笑いながら言った。
「お前も正確悪いな……。
俺はな、前からわかってたんだ。あいつを幸せにするのに喧嘩が強かったり、みんなの人気者であることは関係ないって……。
―――問題なのは本人の意思。そりゃあ俺だって幸せになったあいつの隣に自分がいたらって思うさ。でも、俺じゃなかった。だから……」
本当に絞り出すような声で、彼は言ったのだ。
まだ身分とか、大人のしがらみとか、そんなものを一切知らなかったあの頃から惹かれれていた彼女を幸せにできるのは自分ではなかったと。
そして、彼女には幸せになってほしいからこそ自分はこうやって二人を守るのだと。
「―――野暮なことを聞いたね。
さあ、ようやく敵さんもここまでたどり着いたみたいだ。お出迎えしないとね」
「―――そうだな。ちったぁ感傷に浸っておきたいが、邪魔してくるんだったら仕方ない。
思う存分八つ当たりしてやるぜ!!」
そういって彼は剣を構えた。それに倣って僕も剣を鞘から抜く。
さて、泣き虫で、臆病な彼が僕らがいなくても一歩前へ進めることを願おうじゃないか……。
気が付けば、真っ暗闇の中で横たわっていた。
わずかにじめじめしたような、そんな空間。一瞬夢の中かと思ったが、しっかりと現実の感覚がする。
「―――ここは……」
どこなのかと言いかけてやめた。城の地下だ。
―――作戦は、姫を助けるための作戦はこうだった。
まず、城の石畳の下にそれなりに深い穴を掘る。
スペースを広くとり、空気が通る穴を炎の来ないはずのところにつなげておく。
それでも酸欠の可能性があったため姫様には眠っていただき、この地下で火が収まるまで寝ていてもらう予定だったのだが。
「―――なんで僕もここに?」
いざというときに敵兵が入ってこれないようにと入口を小さくしたことは覚えている。
そして、体の小さな僕が先に入って眠っている姫様を受け止めて、寝かせて……。
「―――あ……」
そのあとに水をもらって飲んだらこうなっていたんだ。
つまり……。
「――――――」
姫様の無事を確かめなければ、それをしなかったら僕が生きている意味がない。
勘で入口の石の扉を探し当て、全力で押して開き、直後に朝日を全身に浴びる。
「―――っ!」
目の前が真っ白になって、徐々に目が慣れていく。
まさしく廃墟と化した城には人というよりも生命の気配すら感じられない。
戦場の鴉すら見つけられず、何とも言えない喪失感に涙した。
―――僕は最後の希望のために後ろを振り返って、姫のもとに急いだ。
彼のつわものたちが最後まで守り通したのは姫の幸せの可能性。
あくまでも可能性である以上、本当にそうなるのかはまだわからない。少なくとも今は不幸である。
これからの二人の道のりは険しいものとなるだろう。
我々にできることはただ一つだけ、彼らに幸あれと願うのみである。
久しぶりに書いてみた。
短編で、しかも戦記もの(?)
感想とかもらえるとうれしいです。