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ほの暗い常夜灯の下には

わたしがついている

作者: 浜月まお


「なんっか最近ヘンな視線を感じるんだよねえ」

 彼女はそう言って唇を尖らせた。

 この春に『一人暮らしの大学生』という身分を手に入れたばかりの彼女──優菜は、食堂併設のテラス席でサークル仲間と一緒に昼食をとっている最中だ。

 最初のうちこそ張り切ってお弁当を作っていたのに、梅雨入りも近い今ではすっかり購買派と化している。せっかくあれこれと迷って買った可愛らしいお弁当箱なのに。ランチョンマットまで厳選して買ったというのに、もう使わないつもりだろうか。もったいない。

 まあ、確かにあの焼きたてパンは美味しそうだけれど。ほこほこで、二つに割ると何とも言えない良い匂いがする。なのに優菜ときたら、お喋りの合間にいとも無造作に口に入れて、たいして噛みもせずに飲み込んでしまうのだ。黙って見ているだけの身としては、もっと味わえばいいのにと毎回思う。ああもったいない。

「やだぁ何それ、ストーカーとか?」

「うーん。振り返っても誰もいなくって、ちょっと気味が悪いというか」

「自意識過剰、知覚過敏。思春期ってやつですか」

「そういえばさ、このまえ朝日通りで変質者が出たって話、聞いた?」

 おどけた声に笑い声が重なる。同年輩の娘たちの口調は軽やかだ。

 優菜もそれ以上話を蒸し返しはせずに苦笑する。もー何だよう! などと言いながらさらに一口。優菜の持ち出した話はするりと流れて消えていった。

 きっと優菜としては、本当はもっとよく相談に乗ってもらいたいに違いないが……

 わたしが見る限り、どうやら今時の子は友達が相手でもたやすくは本心を明かさないらしい。臆病なのか、繊細なのか。

 場の空気を重くしたくない。深刻ぶるのが嫌。自分が傷つきたくないから他人の内面に踏み込むのも怖い。

 こうした傾向は彼女たちの世代の特徴なのだろうか。わたしにはいまいち共感できない。

 けれど、優菜の仲間たちが皆それ以上興味を示さなかったあたりからして、少なくとも今この場所は悩み相談にさわしいシチュエーションではないようだった。

 娘たちは和やかに食事を終え、連れ立って午後の講義会場へと移動する。優菜はサークルで知り合ったメンバーとほぼ同じ授業を選択しているので、ひとりで行動するということが滅多にない。まるで群れで生活する子羊みたいだ。

 わたしはいつものとおり優菜の後について行った。食べたばっかりだからって講義中に寝たら駄目よ、と無言のメッセージを彼女の背中に注ぎながら。

 優菜は鳥肌を立てて振り返ったが、その双眸がわたしの上に焦点を結ぶことはない。

 あら、どうしたのかしら。両腕で自分を抱きしめるような仕草。それに薄気味悪そうな表情。まだ五月だっていうのに半袖の服なんか着てるもんだから、優菜ったら風邪でも引いたのかも。

 次の講義はたしか辻村教授の紀行文学論。今日はサークル活動もないし早くうちに帰ろうね、とメッセージを追加してみる。

 それが伝わったのか、優菜はびくりと震えてとうとう立ち止まってしまった。怯えたような顔で四方に視線を走らせる。

 心配しなくても大丈夫。頑是無い幼子を宥めるような気分で、わたしは優菜に想いを送る。

 安心してちょうだい。あなたにはわたしがついている。


 ──守護霊が、憑いているのだから。


 そう。まだ半年足らずの仲とはいえ、身の回りの細やかなフォローで優菜を支えてきた実績だってあるのだ。

 たとえば大事な小テストのある日には、余裕をもって学校へ行けるように夜明け頃から断続的に玄関扉をノックして起こしてあげたし、転寝をしてしまったときには大判のストールをクローゼットの奥から引っ張り出してきて肩にかけてあげたりとか。他にも色々。

 守護霊の中には、不慮の事故に遭いそうになった時だけ手を貸す、などという輩がいるらしいけれど、わたしにはそんな薄情な真似はできない。

 憑いたからには全力注入。片時も離れずに見守って、いつでもどこでも万全のお助け態勢。

 優菜の入浴中にかかってきた電話に、代わりに出るなんていう離れ業だってやってのけてしまうのだ。(残念ながら電話相手はわたしの声がうまく認識できず、苦しげな吐息のみが聞こえたようだった。悲鳴と共に通話は切られた。失礼な男だ)


 そうして優菜を守護して、功徳を積んで。

 やがて時が来ればわたしも来世に向けて輪廻のレーンに入るのだろう。あれは孤独な一方通行ライン、いったん入り込んだら二度と戻れない。優菜を見つめる日々を過ごしたことも忘れてしまう。

 だから、今できることを。優菜のために。

 唇を引き結び顔をこわばらせた彼女は、なぜか泣き出す寸前のようにも見える。

 どうしてあんな表情を浮かべているのかしらね。まるで子どもみたい。外見はすっかり大人っぽいのにねえ。

 まったく手のかかる、本当に困った子だこと。


 わたしの愛情こもった囁きは、生ぬるい不自然な風となって優菜の髪を弄ぶ。


 仲間の能天気な声が飛んでくるまで、優菜は途方に暮れたように立ち竦んでいた。




 END

なんだこりゃ(笑)

なんとなく思いついたものをポイッと放り投げ。


もし視線を感じたら、それはあなたの守護霊かもしれません。

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