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18 果歩ちゃんが一番

「果歩たーん!」

 夕暮れの公園に、舌足らずな声が響く。滑り台の上から、得意そうに手を振っている陽太。私はベンチに座ったまま、いつものように手を振りかえした。


「うちの母さん、来週退院するんだけど」

 病院の屋上で、穂積に「好き」って言った日、穂積は私にこう言った。

「あいかわらずあんな感じだから……昼間ひとりで家にいさせんの、心配だろ? だからしばらく、九州の親戚の家に行くことになったんだ」

「九州……」

 私の行ったこともない遠い場所だった。

「あっち行けば母さんの姉妹とかもいて安心だし……でもおれがいないとさみしがるんだよな……伊織、伊織ってさ」

 そう言って穂積は少し笑った。そして「だからおれも行く」って言った。

 ――だからおれも行く。

 行っちゃうんだ……穂積も。そしたらもう、今みたいに会えない。

 学校の廊下で、駅のホームで、家のそばで……偶然ばったり出会うことは、もうないのだ。


「あ、パパー」

 滑り台を滑り終えた陽太が、大きな声で叫ぶ。顔を上げると私の隣で、父が陽太に向かって手を振っていた。

「果歩ちゃん」

 陽太がまた遊び始めたのを確認してから、父はいつものように私に微笑みかける。

「陽太を見てくれてありがとう」

「ううん……どうせ、暇だから」

 父は小さく笑って、そして私の隣に座った。

 橙色に染まる公園。私は『お父さん』と並んで座っている。

「ねえ……お父さんは、お母さんのどこを好きになったの?」

 なぜか私はそんなことを口にしていた。父は少し照れたような顔をして私を見る。

「どこって……頑張り屋のところかなぁ?」

 私は黙って父を見る。

「お母さんって、果歩ちゃんのお父さんが亡くなってから、ひとりで果歩ちゃんを育ててきただろ? 仕事も育児も、なんでもひとりで……そんなところがすごいなぁって思って……惚れちゃった」

 最後の「惚れちゃった」ってところで、父がちょっと照れくさそうに笑う。そんな父がかわいく見えて、私も笑った。

「で、お母さんに猛アタックしたわけだけど、お母さん、なかなかいい返事してくれなくて」

「え? そうだったの?」

「お母さんは、果歩ちゃんが一番だから」

 父が私の横で、そう言って微笑む。

 ――果歩ちゃんが一番。

 お母さんにとって、私が一番?

「果歩ちゃんが僕になついてくれるか、そもそも果歩ちゃんには、新しいお父さんが必要なのか……お母さんはずっと悩んで、そしてやっと答えを出してくれた」

「……あたし、全然知らなかった」

 ブランコから飛び降りて、陽太がこっちに走ってくる。寒さでほっぺをリンゴみたいに真っ赤にして、ちょっと鼻水を垂らしながら……。

「今、お母さんと結婚できて、お父さんは本当に幸せなんだ」

 陽太が、パパーと言って、父に飛びつく。父はそんな陽太の頭をなでながら私に言う。

「陽太が生まれたし、果歩ちゃんという娘もできたし」

「お父さん……」

「果歩ちゃん、本当にありがとう」

 父の言葉が胸にしみた。「ありがとう」なんて……私、なんにもしていないのに……。

「さあ、ようちゃん、帰ろうか?」

「うんっ!」

 父が立ち上がって、陽太がその腕に絡みつく。ふたりは夕陽の中、手をつないで歩き出す。

「果歩たんっ!」

 振り向いた陽太が、私においでおいでをした。私は微笑んで、ふたりのもとへ駆けてゆく。

 陽太の手を取って、三人で並んで歩いた。今日のご飯なにかなーって、陽太が無邪気な笑顔で言った。

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