表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/21

17 好きだから

「果歩ちゃん?」

「こんにちは、おじさん。あの……穂積くんは……いますか?」

 日曜日、穂積の家に行った。ドアを開けてくれたのはおじさんで、少し驚いた顔をしたあと、いつもの笑顔で私に言った。

「穂積は今、病院に行ってるんだ。お母さんの」

 そしておじさんは、おばさんの入院している病院を教えてくれた。

「よかったら行ってやって」

「はい。ありがとうございます」

 私はぺこりと頭を下げて、穂積の家をあとにした。


 住宅街を抜けて、国道へ出る。街の真ん中に架かる大きな橋を、真っ直ぐ走る。

 空は今日も冬晴れ。風は冷たく、耳がキンっと冷えたけれど、私は前だけを見て走った。

 小さいころ、伊織を追いかけて、必死で走ったあの頃みたいに……。そういえば最近、こんなに一生懸命なにかをしたことって、なかったかもしれない。

 私は逃げていただけなのだ。伊織の死から。新しいお父さんから。大好きなお母さんから。友達から。男の子から。自分が傷つかないように、逃げていただけなのだ。

 橋を渡り切ったら、白い建物が見えてきた。おばさんの入院している病院だった。


「まぁ、果歩ちゃん」

 白いドアを開き、きれいで新しい個室に入ると、おばさんが一人でベッドの上にいた。私を見るなりおばさんは、すごくうれしそうな表情をしてくれた。

「こんにちは。おばさん、具合はどうですか?」

「ごめんなさいね、入院なんて大げさなのよ。来週には退院させてもらえるの」

「そう……よかった」

「伊織にも、寂しい想いさせちゃってるしねぇ」

 おばさんがそう言って私に笑いかける。胸がぐっと締め付けられる。

 おばさん、違うよ。伊織じゃないよ。いつもおばさんのそばにいるのは穂積で、伊織じゃないんだよ……。

「おばさん……」

 口を開こうとした私の腕が、いきなり誰かにつかまれた。

「穂積っ!?」

「果歩っ! こっち来いっ」

「え、でも……」

「いいから!」

 わけがわからないまま、穂積に腕をひっぱられて、私は部屋の外へ連れ出された。


「今、なに言おうとした?」

 穂積と一緒に屋上にいた。売店にでも行ってきたのか、穂積の持つビニール袋には、ペットボトルが二本入っていた。

「なにって……」

「余計なこと言うなよな」

 そう言って怒ったように顔をそむける。

「でも、私……おばさんにわかって欲しくて……穂積は穂積なんだから……」

「だからそれが余計なことなんだよっ」

 そばにいた車いすに乗った患者さんが、ちらりと私たちのほうを見た。

「……ごめん」

 私が言ったら、穂積は小さくため息をついて、それから空を見上げた。どこまでも晴れた青い空に、白い飛行機雲がすうっと伸びてゆく。

「これでいいんだよ……おれがいいんだから。果歩はなんにも心配しないで」

 穂積の声が胸に響いた。私は冷え切った両手を、ぎゅっと握りしめる。

「そんなこと言われても……やっぱり心配するよ?」

 穂積がちょっとムッとした顔で私を見る。

「心配するなって言ってんだろ?」

「でも心配する。心配させてよ」

「なんでだよっ」

「あたし、穂積のことが好きだから」

 遠くから聞こえてきた救急車の音が、近くで止まった。冷たい北風が吹いて、私の髪をふわっと揺らす。

 ――あたしは穂積のことが好き。

 穂積は放心状態みたいな顔つきで私を見ていて、そのあと、はっと我に返ったように言った。

「な、なに言ってんの? 果歩には彼氏がいるじゃん?」

 明らかにあせった声で穂積は言ったけれど、私の気持ちは自分でも驚くほど穏やかだった。

「藤枝くんとは別れたの」

「は!? なんで?」

「だから、穂積のことが好きだから」

「冗談だろ? おれやだからな。お前の彼氏に恨まれるのとか」

「大丈夫だよ」

「だいたいおれ、お前のことなんか好きでもないし」

「それでもあたしは、穂積のこと、好きだから」

 穂積があきれたように私を見た。

 それもそうだよね。こんな場所でこんなこと言って……あきれられるのも無理はない。

「……果歩」

 しばらくの沈黙が続いたあと、穂積がやっとつぶやいた。

「お前、彼氏と仲直りしろよ?」

「え……」

「そんでやさしくしてもらって、毎日学校で会って、休みの日はデートとかしちゃって……いつもにこにこ笑ってろよ」

「なんで……そんなこと言うのよ?」

 その相手は、穂積じゃなきゃだめなのに……藤枝くんでも、伊織でもなくて、穂積じゃなきゃだめなのに……。

「おれ、あの家からいなくなるから」

「いなくなる?」

「だから、もう……果歩のそばにはいられない」

「うそ……」

 小さいころから、穂積はあの家に住んでいて……なにがあっても、どんなときでも、走っていけばすぐに会えると思っていた。それなのに……。

 穂積が私から目をそらして遠くを見た。こんなに近くで同じ空気を吸っているのに……すぐそばにある穂積の横顔に、私は触れそうで触れられないでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ