16 風花
「藤枝と別れたって、ホント?」
ブレザーの裾から、ピンク色のセーターをのぞかせた紗那が、私の隣で言う。枯葉の落ちた校庭の桜の木は、寒そうに震えているように見える。
「……うん」
「そっかー」
紗那はそれだけ言ってマフラーを首に巻きつけると、空を見上げた。青い空から白いものがちらちらと舞い落ちてくる。風花ってやつだ。
「あたし……藤枝くんのこと、傷つけちゃった……」
私の言葉に紗那がふっと笑う。
「けど、このままずるずる付き合うほうが、もっと藤枝のこと傷つけるよ?」
そして立ち止って、ぱっちりした大きな瞳で私の顔を覗き込む。
「あたし知ってるかも。果歩の好きなひと」
自分の頬が赤くなるのがわかる。だけどもう、紗那にも、藤枝くんにも、自分自身にも、この想いを隠すことはできないんだね……。
「うん……あたし、好きなんだ。穂積のことが」
冷たい風が吹いて、私と紗那のチェックのスカートを揺らす。自転車に乗った男子生徒が、携帯で話しながら、私たちの脇をすり抜けてゆく。
「だと思った」
紗那がそう言って、いつもの人懐っこい笑顔を見せる。
「でも、きっともう……穂積はあたしのことなんて好きじゃない」
藤枝くんと付き合いはじめたころ、伊織に夢中になっていたころ……ううん、それよりもっと前のちっちゃいころから、穂積は私のことを見ていてくれてたかもしれないのに……自分のことで精いっぱいだった私は、そんな気持ちにちっとも気づいていなかった。
「それに、こんなあたしじゃ、なんにもしてあげられないし……」
穂積には心から笑って欲しい。私が藤枝くんのおかげで、こんなに笑えるようになったみたいに。
「だからって、このまま立ち止まっている気?」
穏やかな表情の紗那が私に言った。
「立ち止まったままじゃ、それこそなんにも始まらないよ」
私はぼんやりと紗那のことを見る。
「一歩踏み出せば、なにか変わるんじゃない? あたしが果歩と、仲良くなれたみたいにさ」
紗那の言葉を胸に、ぎゅっと両手を握りしめたとき、聞きなれた声が耳に響いた。
「よっ、お前ら、今帰りー?」
「わっ、藤枝っ!」
「おい紗那。なんだそのリアクションは。人を化け物扱いすんなやー」
そう言って藤枝くんが私を見て、「なっ、果歩」って笑う。
「ちょっとー、あたしら今、真面目な話してんだけど! 空気読めっての」
「そう言うなって。おれ、いつまでも果歩ちゃんとは、いいお友達でいたいんだからさ」
「はぁ!? なにそれ? うっざー」
紗那と藤枝くんが、言い合いながら笑っている。それぞれの胸に、複雑な想いを抱えているはずなのに……ふたりとも、声をあげて笑っている。なのに、私は……。
「あ、あれ? 果歩ちゃん?」
「あーあ、藤枝が泣かせた」
「ば……なんでおれなんだよっ! 果歩、果歩、泣くなって!」
藤枝くんが、泣いている私の頭をふわふわとなでる。
ごめんね、ごめんね、ふたりとも。こんな私でごめんね……そして……
「ありがとう、紗那……藤枝くん」
変わりたい。大事なひとを、まるごと包んで温めてあげられるような、強くて優しいひとになりたい。
涙目で見上げた青い空に、白い雪がふわりと舞っていた。それがすごくきれいで……わけもなくまた涙がこぼれた。