表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

15 呼べなかった名前

 空が高い。風は昨日より少しだけ冷たくなって、誰かのぬくもりが恋しくなる季節。

「……でさ? 果歩」

 藤枝くんの声で我に返る。ぎこちなく微笑んで、え? と言い返す。藤枝くんはわざとらしくため息をついて、頭をかいた。

「ふつー、カレシの話は、うんうん、ってうなずきながら聞くもんだろ? ぼけっとするのって、ありえねーし」

「……ごめん」

 放課後の体育館前。バスケ部の練習を抜け出して、藤枝くんは私の隣に座っている。ジャージに包まれた彼の腕と、制服に包まれた私の腕が、触れそうで触れない微妙な距離。

「ほかの男のこと、考えてた?」

「え……」

「おれ以外の男のこと、考えてたんじゃね?」

 心臓がどくんと音を立てる。

「……考えてないよ」

 藤枝くんは、嘘をついた私の顔をじっと見た。そしてすっと顔を寄せてきたかと思うと、私の唇に素早くキスをした。

「……や、やめてよ。こんなところで……」

 抑えた声でそう言って、あわてて周りを見回す。体育館からボールのはずむ音と、男子のふざけ声が聞こえてくる。

「果歩の髪、いー匂い」

 藤枝くんは私の言葉を無視して、背中から私の体を抱え込み、髪に唇を寄せてくる。

「もう……やめてってば」

「やだ、やめない。離さない」

 通りかかった男子が、「いちゃつくなー」ってからかってくる。藤枝くんは、「うらやましーだろー」なんて言いながら、私の体を抱きしめる。

 ぎゅっとぎゅっと……痛いくらいに、強く。

「……痛いよ」

 私が言ったら、藤枝くんがふざけた調子で、だけどほんの少し真剣な表情でつぶやいた。

「おれだって……胸がいてーよ」

 空が青い。太陽がまぶしい。なのに、どうにもならないもどかしい気持ちで、窒息しそうになる。

「藤枝ー、さぼんなよー」

 体育館から女子の笑い声が聞こえた。藤枝くんの体が、私からゆっくりと離れる。

「おれ……ふられんの?」

 私の目に藤枝くんの顔がうつった。

「果歩、好きなやつ、いるだろ?」

「……いない」

「事故で亡くなったっていうひと? それとも……」

 私は首を横に振った。本当はもうわかっていたのに……。これ以上、自分の気持ちを抑えられないこと、わかっていたのに……。

「無理しなくていいよ」

 藤枝くんの手が、私の髪をふわっとなでた。

「おれがふってやるからさ」

 そう言って、私の前で立ち上がる。

「だから別れよう。おれたち」

「藤枝……くん」

 ごめんなさいも、ありがとうも言えない、情けない私の前で、藤枝くんはいつもみたいにふざけた感じで笑った。

 そして私は最後まで、「たもつ」って呼んであげることができなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ