13 昼休みの廊下
「ラッキーだったね! ラストの二個!」
紗那がそう言って、購買でゲットしたプリンに頬ずりをする。
「紗那、ほんとにプリン好きだね?」
「もうだーい好き! これさえあれば生きていけるわ、あたし」
紗那はいつも私といる。私といると落ち着くって言ってくれる。
最初は紗那の、おしゃべりで、おせっかいで、人懐っこいところが苦手だったけれど、いつしか私たちは、一緒にいるのが当たり前になっていた。
やっぱり私も、紗那といると落ち着くのかもしれない。
「あ、穂積くんだ」
突然紗那が立ち止る。廊下の隅でふざけ合っている男子生徒の中に、穂積の姿が見えた。
「穂積くん! 元気っ!?」
いつもの調子で声をかける紗那。
「なんだ、紗那センパイかぁ……」
「なんだとはなによ? 失礼な子ねー」
穂積が紗那と話しながら笑っている。私はそんな穂積の笑顔をぼんやりと見つめる。
――果歩におれの気持ちなんか、わかるわけない。
胸の中がもやもやして、気分が悪い。
「あ、プリン持ってる。おれに一個ください」
「だーめ! これから果歩と食べるんだもん」
ねっ、果歩! と言って、紗那が私の手にプリンをひとつのせた。その瞬間、穂積と一瞬だけ目が合ったけれど、すぐにその視線は私からそれた。
「じゃ、おれもプリン買ってくるかなー」
「残念でしたー。もう売り切れです」
「げ? マジで?」
「これ、五百円で売ってあげてもいいけど?」
紗那がけらけらと笑っている。いらねー、って言って穂積も笑っている。廊下の向こうで男の子たちが、穂積の名前を呼んだ。
「そんじゃ、また」
穂積が背中を向けて、紗那が軽く手を振る。やっぱり穂積は、私のことを見ようとはしなかった。
「……いいよね。穂積くん」
紗那がぽつりとつぶやく。一年生らしき女の子たちが、にぎやかな笑い声と一緒に、私たちの脇を通り過ぎる。
「え?」
「明るいし話しやすいし、かわいいしさ。モテてるんじゃないのー?」
通り過ぎた女の子のグループが、穂積たちのもとへ駆け寄って、親しそうに話しかけている。それを見た紗那が、ほらね、と目で合図する。
「もったいないよね……彼女作らないなんて」
遠ざかってゆく背中を見送りながら、紗那が言った。
紗那は……笑顔の穂積しか知らない。穂積が今なにを考えているのか。なにを見ているのか。なにを想っているのか……。いつも一緒にいる男の子たちも、隣で笑っている女の子たちも……きっとみんな知らない。そして私もわかってないのだ。
「これ、もらいっ」
「あっ」
突然私の手からプリンが消えた。藤枝くんが右手でプリンを持って、私の脇をすり抜けていく。
「ちょっと! 返してよっ」
「切ない目ーして、見てんじゃねぇよ」
心臓が、止まるかと思った。少し歩いたところで振り返って、プリンを見せながら藤枝くんが言う。
「これ没収。ほかの男に見とれてた罰」
藤枝くんがちょっと笑って背中を向けた。紗那がそんな私たちを黙って見ている。私はなにも言い返せず、ただその背中を見送っていた。