10 雨音のキス
バスケ部が終わるまで待って、藤枝くんと一緒に帰った。駅までの道を歩いていたら、突然大粒の雨が降ってきて、あわててコンビニの軒下へ駆け込んだ。
「やべぇ……降ってきちゃったな……」
藤枝くんが恨めしそうに空を見上げる。
「果歩、傘は?」
「……置き傘、学校に忘れてきちゃった」
「意味ねーし」
そう言って藤枝くんが軽く笑う。私も同じように空を見上げて、それきり私たちは黙り込んだ。
強い雨が音を立てて、アスファルトを叩きつける。バシャバシャと水たまりを蹴りながら、同じ制服を着た生徒がコンビニの中へ駆け込んでいく。
あたりは雨の音しかしなかった。車の音も、人の話し声も、全部雨にかき消されてしまったみたいだった。
「果歩……」
藤枝くんがつぶやく。私の左手が温かいものに包まれる。
「果歩には、好きなひとがいたの?」
藤枝くんに握られた左手。振り払うことも、握り返すこともできなくて、私は黙ってうなずいた。
「でも……死んじゃったの……あたしのせいで」
藤枝くんが私のことを見た。私は雨を見つめたままつぶやく。
「あたしの誕生日プレゼント買いに行った帰りに、車にはねられて……あたしが欲しいなんて言ったから……あたしが……わがまま言ったから……」
いつの間にか私の声は、泣き声に変わっていた。ずっと胸に押し込んでいた言葉を吐き出すたびに、熱い涙がこぼれてくる。
「あたしのせいで……あたしのせいで……」
「果歩のせいじゃないよ」
握られた左手にぎゅっと力が込められる。
「それは果歩のせいじゃない。それを気にして、幸せになっちゃいけないなんて思ってるんだったら、きっとその人悲しむよ」
涙でぼやけた視界に、私が見たことのない、真面目な表情の藤枝くんが映った。そしてその視線は、真っ直ぐ私のことを見つめていた。
「……伊織が、悲しむ……」
藤枝くんが黙ってうなずく。
「あたし……笑っていてもいいの?」
「当たり前だろ? きっとその人だって、果歩の笑顔が見たいに決まってる」
そう言って、藤枝くんがはにかむように笑った。私も涙をこぼしながら小さく微笑んだ。
――笑って、いいんだ。
ずっと吐き出したかったこの気持ち。誰かに聞いて欲しかった。そして言って欲しかった。
果歩のせいじゃないんだよ、って……。
「果歩……」
藤枝くんの右手が私から離れ、代わりに肩を抱き寄せられた。ふたりの息が近くなって、藤枝くんの唇が私に触れた。
生まれて初めてのキス……。
コンビニの駐車場に車が止まった。店の自動ドアが開いて、「ありがとうございましたー」という店員の声が聞こえてくる。
藤枝くんはすぐに唇を離して、照れくさそうに空を見上げた。高鳴る心臓の動きを感じながら、私はぼんやりと雨を見る。
時間が動き出した――ずっと止まっていた時間が、やっと動き出した気がした。