ダンジョン深層でお茶を濁す 〜モンスターの肉を燻製にして酒を飲むだけのソロキャンプ配信、なぜか登録者世界一になってしまう〜
焚き火の爆ぜる音が、冷え切った洞窟に心地よく響いていた。
画面の隅には「同接数:2,480,000人」。個人のソロキャンプ配信としては、どう考えても桁がおかしい。けれど画面中央の青年――アキラは、そんな数字など気にも留めず、折りたたみチェアに腰掛けてナイフを研いでいた。
シャッ、シャッ。
規則正しい砥石の音が、マイクに拾われる。
「こんばんは。今夜も適当にやっていきます。地上のキャンプ場はどこも予約でいっぱいで取れなかったんで、いつもの場所に来ました」
アキラが手持ちのドローンカメラに、気の抜けた声をかける。
背後に広がるのは、紫黒色の結晶樹が林立する光景と、血のように赤く輝く地底湖。画面左上には、システム通知が無機質な文字で表示されていた。
「到達不能領域:第99層『終焉の奈落』」
**[コメント欄]**
:始まったwwww
:いつもの場所(人類未踏峰)
:予約取れないからって最深層に来るな
:同接200万超えのソロキャンプ配信、今日も開幕
:ちょっと待て、音がおかしくないか?
:空気揺れてるぞ
:後ろ!!!! 後ろ見ろアキラァァァ!!
コメントの流れが、一気に速くなった。
結晶樹をへし折りながら、闇の奥から巨大な影が滑り出てくる。漆黒の鱗に覆われた体躯は三十メートルを超え、六枚の翼が洞窟の天井を覆い隠した。双眸には紅蓮の光が宿っている。
災害級指定魔獣――『アビス・ドレイク』。
数々の特級探索者パーティを退けてきた、歩く天変地異そのものだった。
ドレイクが天を仰ぎ、咆哮する。洞窟の空気が震え、ドローンの映像に激しいノイズが走った。胸元の逆鱗が赤く熱を帯び、周囲の結晶が照らし出される。ブレスの予兆だった。
アキラは研ぎ終えたナイフを鞘に収め、小さく息を吐いた。
「あー、やっぱり来ちゃいましたね。風下に陣取ると匂いで寄ってくるんですよ、こいつら。……ちょっと待っててくださいね。すぐ追い払うんで」
腰のホルスターから、使い込まれた出刃包丁を抜く。
ドレイクの口が開き、ブレスが放たれる――その寸前。
アキラの姿が、画面から消えた。
踏み込んだ足元で黒曜石の岩盤が陥没する。次の瞬間、白銀の閃光がドレイクの喉元を走った。
**――パァン!**
硬質な破裂音が、遅れて洞窟を揺らす。
カメラがアキラを捉え直したとき、彼はすでに焚き火の前へ戻っていた。出刃包丁についた脂を布で拭い、刃を確かめている。
背後では、ドレイクが喉元を押さえるようにしてよろめいた。ブレスは吐き出されることなく、巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。喉の急所を断たれた傷口から流れる血は、アキラがあらかじめ作った溝を伝って、焚き火から離れた窪地へ流れていった。
アキラのシャツには、血の一滴もついていない。
**[コメント欄]**
:??????????
:コマ送りでも見えねええええ!
:災害級がハエ叩きみたいな音で倒れたんだが?
:ブレスどこ行った???
:出刃包丁(攻撃力測定不能)
:首を一刀で、しかも血抜きまで済ませてるの何?
「よし、血抜きは完了ですね。下手に暴れさせると肉に血が回って臭みが出るんで、仕留めるときに血管も切っておくのがコツです」
アキラは調理用の手袋をはめ、ドレイクの巨体に近づいた。鱗の隙間に包丁を入れると、硬い皮の下から赤身と脂のきれいに入った肉が現れる。
胸元から切り出したブロックを見て、アキラは満足そうにうなずいた。
「いい肉ですね。鶏のササミみたいに繊維が細かいのに、脂は上カルビっぽい。燻製にしたら絶対うまいやつです」
粗塩と黒胡椒をすり込み、第90層付近にしか自生しない乾燥香草『虚空草』をまぶす。下味をなじませている間に、アキラは携帯用の燻製器を組み立てた。
「この階層は湿度が低くて、風通しもいいんですよ。風乾にはもってこいです。今日のスモークウッドは……これにします」
取り出したのは、『霊峰の霊木』のチップだった。
「桜餅みたいな、ほんのり甘い香りがつくんですよね」
**[コメント欄]**
:霊木チップ(一本で小国が買える国宝指定素材)
:燻製の煙にするなああああ!!
:素材の使い道が贅沢すぎて頭が追いつかない
:後ろでドラゴンが倒れてるのに塩の話してる……
:狂気と癒やしの振れ幅がすごい
燻製器の底にチップを敷き、火をつける。蓋の隙間から白い煙が立ちのぼり、霊木の甘い香りが洞窟に広がっていった。
アキラはクーラーボックスから缶ビールを取り出す。
プシュッ。
小気味よい開栓音が響いた。
「じゃあ、燻製ができるまで乾杯ということで。今日もお疲れ様でした」
缶を傾け、ひと息に飲む。周囲には倒れたばかりの古竜が横たわり、遠くの闇からは別の魔獣の唸り声が聞こえてくる。それでも、ランタンの明かりに包まれたアキラの周りだけは、休日のキャンプ場のように穏やかだった。
小一時間後、アキラは革手袋をはめ、燻製器の蓋を開けた。
「お、いい色ですね」
霊木の煙とともに、香ばしい匂いがふわりと広がる。中の肉はきれいなあめ色に染まり、脂が表面に艶をつくっていた。
アキラは薄く切り分け、一切れを口に運ぶ。燻製の香りのあとに、肉の旨味と胡椒の刺激が広がった。噛むほどに脂がほどけていく。
目を細めたアキラが、満足げに息をつく。
「うん、美味い。外は香ばしくて、中は柔らかいですね。脂もさっぱりしてる。……これは失敗したな。ビールじゃなくて、重めの赤ワインを開けるべきだった」
**[コメント欄]**
:うわあああ絶対美味い!!
:深夜に見ていい飯テロじゃない
:世界最強の男がドラゴンをつまみに飲んでる
:情緒がおかしくなるのに、なんか癒やされる……
画面越しに伝わる肉の艶と、焚き火の音。コメント欄を埋めていた悲鳴はいつの間にか消え、深夜らしいゆったりした空気が流れ始めていた。
そのとき、洞窟の奥から金属の重い足音が聞こえてきた。
結晶樹をかき分けて現れたのは、傷だらけの鎧をまとった四人組だった。世界ランキング一桁台に名を連ねる探索者パーティ『白銀の暁』。数ヶ月をかけ、血反吐を吐きながら第99層へたどり着いた英雄たちだ。
彼らは、山のようなアビス・ドレイクの死骸と、その前で燻製をつまむ青年を見比べたまま、しばらく動けなかった。
「あ、どうも」
アキラが軽く手を挙げる。
リーダーの大男が、背負っていた大きな背嚢を下ろした。厳重に布で包んだ木箱と、ずしりと重そうな鉄の塊を取り出す。
「ア、アキラ殿……! 先日の配信でおっしゃっていた銘酒『竜殺し』のヴィンテージです。地上のオークションで、なんとか手に入れました。それから、王室御用達の鍛冶師に頼んだ特注のスキレットも……! ですから、その燻製を一切れ、いや、端肉だけでも恵んでいただけないでしょうか……!」
人類の英雄たちが、高級酒と調理器具を差し出しながら、期待に満ちた目で肉を見つめている。
「おお、マジですか! そのスキレット欲しかったんですよ。酒も助かります。肉なら山ほどありますし、皆さんも座って飲んでいってください。温め直しますね」
**[コメント欄]**
:差し入れシステム成立してて草
:英雄たちが完全に常連客の顔
:スキレット持参は手慣れすぎだろwww
:最深層が深夜の居酒屋になっちゃった
:登録者数、今アメリカの総人口超えたぞ
アキラは銘酒の栓を抜き、受け取ったスキレットを焚き火にかけた。探索者たちはようやく緊張を解き、焚き火のそばへ腰を下ろす。
ダンジョンの最深層、世界の果て。
今夜もそこには、香ばしい燻煙と酒の匂いが、静かに満ちていくのだった。




