第1話 - 歯車のゆりかご、そして欠陥機
「祝福しよう。今日この日より、君たちはこの偉大なる超巨大城壁『アイギス』を守護し、失われた地上を奪還するマスターとなった」
最高級のシャンデリアが眩く輝くアイギス中央統制所・第一区画。
外界では黒泥が山を成し、猛毒の黒い雨が降り注いでいるという事実が信じられないほど、宴会場の中は甘美なワルツの旋律と芳醇なシャンパンの香りで満ちていた。
演壇に立つ高位魔術師は、滅亡した世界の生存者とは到底思えない脂ぎった笑みを浮かべ、グラスを掲げた。彼の背後には、地上へ出撃する自動人形たちを安全に遠隔操作できる最高級の統制カプセルが数十台、まるで傲慢な王たちの玉座のように並んでいた。
「君たちの手首に刻まれたそのバーコード――『量産型令呪』こそが権力であり、絶対的な首輪だ。底辺で這いずり回るガラクタどもに、わざわざ不要な感情を抱く必要はない。奴らは元より『恐怖』すら感じないよう設計された、便利な道具なのだから」
魔術師の言葉が終わると、制服に身を包んだ同期たちがクスクスと笑いながら、各自の手首に刻まれた幾何学的なバーコードの紋様を誇らしげに撫でた。
「壊れれば部品を交換すればいいし、黒泥に汚染されれば自爆させれば済む話だ。我々の高貴な魔術回路を、あんな缶詰どもに浪費する必要はない。我々はただ、安全で温かいこの城壁の中から、優雅に命令を下すだけでいいのだ!」
乾杯の音頭とともに、クリスタルグラスがぶつかり合う軽快な音が響き渡った。
その吐き気を催すような祝福の波の中で、俺は黙って制服の袖を下ろし、右手を深く覆い隠した。
俺の手の甲に刻まれているのは、奴らが持っているような低劣な統制回路などではない。皮膚の下で血のように赤く燃え盛る、三画の紋様。
高位魔術師たちが『原始的で不吉な旧時代の残滓』と蔑む、本物の『令呪』だった。
「おい、異端児」
任命式が終わり、皆が自分の専用カプセルに向かおうとしていた時のことだ。同期の一人である金髪の魔術師、ロウェンがシャンパングラスを手にしたまま、嘲笑交じりの声で俺の行く手を遮った。アイギスの中でもかなりの名門魔術師家系の出身である彼は、一目見ただけでも傲慢さが滲み出ている男だった。
「上層部が今回、お前に割り当てた機体が何か知ってるか? あそこの光すら届かない地下廃棄区画に放り込まれている、第五世代の『欠陥機』らしいぞ」
ロウェンは俺の肩をポンポンと叩きながら嫌味ったらしく笑った。
「量産型令呪を移植しようとして拒絶反応を起こし、統制不能判定を受けた廃棄処分のガラクタさ。まあ、バーコードを移植されず安全な遠隔操作カプセルすら使えないお前と、首輪をつけられず廃棄されたガラクタ。実にお似合いのペアだな」
「…………」
「初出撃で、その缶詰と一緒に黒泥に埋もれないよう祈ってるぜ」
俺は奴の皮肉に答えることすらなく、未練もなく華やかな宴会場を後にした。
どうせ俺が向かうべき場所は、安全な統制室などではないのだから。
* * *
エレベーターがアイギスの下層部へと降りていくにつれ、鼻先をくすぐっていた香水の匂いは次第に薄れていった。代わりにその空間を満たしていくのは、鼻を突くオゾンの臭いと血生臭さが入り混じった、酷い機械潤滑油の臭いだった。
キィィィィン――。
最深部の地下格納庫。重い鉄扉が鈍い摩擦音を立てて開くと、湿って冷たい空気が肺を刺した。
光すらまともに届かない薄暗い空間。そこには、戦場から回収された数百体もの破損した自動人形の手足や部品が、巨大な墓場のように散乱していた。壊れた機械部品の隙間には、まだ乾ききっていない青色の魔力液が血痕のようにこびりついている。
俺は転がっている薬莢やネジを践み締めながら、格納庫の一番奥へと歩を進めた。
そこに、分厚い魔力拘束具で四肢を縛られたまま電源が切られている、銀色の機械の少女がいた。
蒼白なほど白い人工表皮。破れた制服の隙間からちらりと見える冷たい金属の骨格。まともな整備すら受けていないせいで、あちこちに黒泥の煤や塗装の剥がれた傷跡が残っていたが、逆説的にもその姿は、崩れ落ちた神殿の女神像のように凍りつくほど美しかった。
彼女の枕元に貼られたカルテには、上層部が下したたった一行の識別コードが記されていた。
『 第五世代殺戮自動人形 ―― クラス不明(統制不能) 』
俺は躊躇うことなく手を伸ばし、少女を縛り付けている拘束具の物理パスワードを解除した。
ガチャン!
重々しい鉄の塊が轟音を立てて床に落ちた。拘束が解かれたにもかかわらず、少女は糸の切れた人形のように微動だにしなかった。俺は右手にはめていた革手袋をゆっくりと外した。そして素手で、少女の頬に付いた真っ黒な油汚れを慎重に拭い取った。
人の体温が触れた、その瞬間だった。
「……!」
俺の右手の甲に刻まれた三画の令呪が、脈打つように熱を帯び、強烈な赤い光を放ち始めた。まるで、あまりにも長い間主を待ちわびていた聖遺物が、ついに主に出会い共鳴するかのように、少女の胸の奥深くから「ウゥン――」という微かな魔力駆動音が鳴り響いた。
冷たかった銀色の装甲の上に、青色の魔力回路が血管のように浮かび上がる。
その光は、地下格納庫の闇を押し退けるほど眩しく、そして温かかった。
ゆっくりと、ごくゆっくりと。
少女の固く閉ざされていたまぶたが開いた。
現れた瞳は、一点の曇りもない澄み切った青色だった。分厚い城壁に閉じ込められ、外の誰も見たことがないという、忘れ去られた伝説の中にある本当の空の色。
少女は拘束の解かれた体をしなやかに起こすと、無感覚な視線で俺の顔と、俺の手の甲で燃え盛る赤い令呪を交互に見つめた。『恐怖』という感情を去勢されて生まれた、空っぽの瞳。しかしその奥底には、名状しがたい何らかの既視感が、ごく薄く揺らめいていた。
やがて、少女の桜色の唇が開いた。まだ音声出力が完全に解けていないのか、少しだけざらつくような機械的な音声が、静寂の地下格納庫に響き渡った。
「起動確認。生体および魔力波長の認識完了」
少女は錆びた鉄の床の上に片膝をついた。そして右手を胸に当て、俺に向かって深く頭を下げた。
それは、破滅へと向かって転がり続ける滅亡した世界の歯車が、ようやくあるべき場所を見つけ、噛み合った音だった。
「第五世代殺戮自動人形、アストラペ」
彼女がゆっくりと顔を上げ、俺と視線を合わせた。
悲劇へと向かうこの物語の幕を開ける最初の誓いが、彼女の涼やかな唇から紡ぎ出された。
「問います。貴官が、私の主ですか?」




