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星霜エルフの追想録  作者: 古賀月 蜜柑


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4.パーティチャット

 森を離れてまもなく、リュミナたちは大きな川のほとりへと足を踏み入れた。


 陽光を反射してきらめく川面は、まるで流れる銀の布のようだ。


 水気を含んだ風が頬を撫で、森の湿った風とは違う、少しひんやりとした匂いを運んでくる。


 先頭を進むカイレンは、耳を澄ませ、足跡や匂いを確認しながら川沿いの道を歩いていた。


 しかし、しばらく進んだところで、眉を寄せて立ち止まる。


「……おかしい。この周辺、まったく危険生物の気配がない」


 アシュレイが後ろから覗き込む。


「カイレンの勘が言うなら本物だね。でも川沿いで危険がないなんて、珍しいな」


 カイレンは首をかしげながら草を調べる。


「獣道の跡もない。普通なら小型の魔物の足跡でも残ってるもんだが……」


 リュミナは少し照れたように笑った。


「このあたりは、母さま──大精霊の力が強い場所なんだよ。危険な魔物や荒れた気を持つ獣は、近くに寄ってこないの」


 カイレンは目を丸くし、次に感心したように肩をすくめた。


「すげぇ……森の護りってやつか。そりゃ俺がいくら耳を澄ませても、何も拾えないわけだ」


 アシュレイも興味深そうに草を触りながら笑った。


「つまり、今日はカイレンがいなくても安心して歩けるってことだね?」


「おい、からかうなよ!」


 三人の軽やかな笑い声が川風に溶けていった。


 その後しばらく歩いたところで、アシュレイがふと足を止め、手をかざして小さく呟いた。


「〈周囲のマナを感じ取る魔法(マナ・サーチ)〉」


 指先から淡い風が生まれ、草木を優しく撫でながら川沿いを滑っていく。


 やがて風が戻ってくると、アシュレイは目を閉じてその気配を読み取った。


「……やっぱり、すごいね。この地域、生命力が飽和してる」


「飽和?」


 セリが首を傾げる。


 アシュレイは膝をつき、川辺の草をそっと摘んで見せた。


「見て。この葉の厚み。普通の場所なら、こんなに水分を含んでいないはずだよ。木も根が深くて、魚の数も多い。純度の高いマナ、自然のエネルギーが満ちているね」


 リュミナは誇らしげに頷いた。


「母さまの力が届いてるからね。森の外でも、少しだけその影響が残ってるの」


「なるほど……」


 セリは川に手を浸し、流れを確かめるように目を細めた。


「川の水もすごくきれいだ」


「こういう土地は滅多にないよ。地図の資料としても、とても貴重だ」


 セリは肩の荷を直しながら笑う。


「アシュレイは学校を長期間休む代わりに今回の旅のレポートをまとめなきゃいけないの。自分の知識を生かせる場所に来られてよかったね」


「べ、別に今まで訪れた場所に関してもちゃんとまとめられているよ!」


 アシュレイの赤い顔に、また笑いが広がる。


 歩いていると、西の空が少しずつ赤く染まり始めた。


 川面は茜色の光を浴びて揺れ、ゆっくりと影が地面に伸びていく。


「……そろそろ日が暮れるな」


 カイレンが言う。


「暗くなる前に、寝床を確保しなきゃな。どこか開けた場所は……」


 セリがすぐに地形を見て判断する。


「あっち。木が少ないし、川とも適度に距離がある。焚き火の煙も逃げやすいよ」


 小高い草地が夕風に揺れていた。


 そこは、自然に守られたような穏やかな場所だった。


「いい場所だね!」


 リュミナが笑顔になる。


 カイレンは薪になりそうな枝を拾い集め、アシュレイは風魔法で地面の落ち葉をさっと払い、セリは腰袋から赤く輝く小さな“火の魔石”を取り出した。


「火、つけるね。……カイレン、石打ちお願い」


「了解!」


 カイレンが魔石を地面に置き、小石で軽く叩く。


 パリンッと音がして魔石が砕けると、内部の魔力が解放され、温かな火花が地面に舞った。


 拾ってきた薪がその火を吸い込み、ふわりと焔が生まれる。


「わぁ……」


 リュミナが目を輝かせる。


 焚き火の光が彼らの顔をやわらかく照らし、川の音と混ざって心地よい夜の支度が始まった。


 風の魔法で整えられた寝床、魔石の火で生まれた炎。


 魔法と自然が混ざり合った、初めての“旅の夜”。


 リュミナは胸の奥がじんわりと熱くなった。


 ――外の世界は、森の中とはこんなにも違う。


 まだ始まったばかりの旅の一夜目は、静かで、どこか温かかった。


 川沿いの小さな広場に焚き火がぱちりと火花を散らし、宵闇を押し返していた。


 セリが持っていた〈火の魔石〉の欠片は、わずかに赤く脈打ちながら、さきほど焚き火へ火を移した後も余熱を放っている。アシュレイが軽い風の魔法で煙の流れを調整し、カイレンが周囲の枝葉を集めてくると、焚き火は心地よく燃え盛り、疲れた身体に温かさが染み込んでいく。


 皆が腰を下ろすと、カイレンが火を見ながらぽつりと言った。


「……いつの間にか手慣れたものだ。野宿の支度も」


 リュミナは、鹿肉を炙りながら首を傾げる。


「カイレンも旅はあんまりしてなかったの?」


「住んでた村を出たことすらほとんどないよ。うちは農家だから……」


 そう前置きしてから、カイレンはゆっくり話し始めた。

 

 一年前におこった『煙山』の大噴火。畑を覆い尽くした火山灰。両親が口にした「噴火は土を肥やす」という言葉。だが再生には数年かかり、当面の収入は絶えた。カイレンは家族のために王都『エアロムント』で働こうとしたこと。その途中で、同じ村の出身で、エアロムントの学校に通うアシュレイと偶然再会したこと。


「でさ、何か稼げる仕事がないか探してるときにちょうど国王が“ヴェンティアの地図を作る冒険者を募集する。作成した地図の出来に応じて相当の報酬を支払う。”なんて言い出したもんだから……これだ、って思ってさ」


 アシュレイは苦笑しつつ焚き火の明かりを反射させた地図板を軽く叩いた。


「こっちも学費や生活費が高くなって困ってたんだよ。噴火のせいで何もかも値上がりしてさ。“稼げる仕事”って聞いた瞬間、真っ先に飛びついたね」


 アシュレイは地面に広げた紙に、今日歩いた地形や川の流れをさらさらと写しながら続けた。


「僕、学校で地形学とか自然観察もやってたから……地図づくりなら多少は役に立てると思ったんだ」


 リュミナはその緻密さに目を丸くする。


「こんな細かく描けるの? 人間ってすごいね」


「いや、まだまだ下手だよ。もっと正確に描けるようにならなくちゃ。それに僕はもっとたくさんのことを学んで、人類の魔法技術をさらに進化させることが夢なんだ」


 そこへ、セリが焚き火越しに声を上げる。


「二人に再会した時、ああ……“これだ”って思ったんだ。あたしも旅立つ気だったから」


 リュミナが視線を向けると、セリは少し遠くを見るような目をした。


「兄さんを探すために、ね。“ヴェンティアの刃”って呼ばれてた剣士。小さい頃から憧れてて……兄さんみたいに強くなりたくて騎士になった。でも三年前に急に旅に出て、それっきり」


 火の明かりがセリの横顔を照らし、影が揺れた。


「行き先も理由も分からない。……だったら、ヴェンティア全域を歩くしかない。二人の地図づくりの旅は、ちょうど良い道筋だったの」


 アシュレイとカイレンはうなずき、リュミナはしばらく三人を見回してから、ふっと微笑んだ。


「あなたたち、人間なのに強いね。……心が」


 カイレンが照れくさそうに鼻の頭を掻く。


「そんな大したもんじゃないよ。ただ、生きるため……かな」


「それを強さって言うんだよ」とセリ。


「カイレンの場合、体の強さも人並み以上だよね」


 そう言ってアシュレイは今までにカイレンが貯金するため徹底的な節約術で野草を食べようとしていた話をした。


「カイレンったら、さっき拾った石も『これは砥石に使える』って懐に入れたんだよ」


「だって、もったいないだろ! 買えば銅貨3枚はするんだぞ!」


 一同は焚き火に負けないくらい明るく笑っていた。


 焚き火がぱちりと弾ける。夜風がさわ、と草を揺らすと、アシュレイが大きく伸びをした。


「……さて。そろそろ地図にレポートも、今日の分を清書しなきゃ。最初の見張りは僕がするから、3人は先に寝て」


「大丈夫か?」


 カイレンが尋ねる。


「うん。目が冴えてるし、川の音も落ち着くしね。一区切りついたら起こすよ、カイレンを」


「分かった。じゃあ頼む」


 セリはすでに毛布を肩にかけ、火のそばで丸くなっている。


「……アシュレイ、大丈夫だとは思うけど、何かあったら起こしてよね……」


「わかってるよ」


 リュミナは焚き火に最後の枝をくべ、アシュレイのそばにすぐそばで摘んだサイカミントの葉を置いた。


「眠くなったらこれ使うといいよ。つぶしたときに出る少しピリッとするニオイで、頭がすっきりする」


「ありがとう、リュミナ」


 こうして一同は、それぞれの思いを胸に、静かな夜へと包まれていった。


 星が川の水面にゆらゆら映り、冒険の始まりを優しく照らしていた。

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