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星霜エルフの追想録  作者: 古賀月 蜜柑


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1.リュミナ

 ――風が優しく頬を撫でていく。


 幼いリュミナは、父様と呼んでいた大木の枝に座り、森の外を見つめていた。外の世界はほんの小さな光の線としてしか見えなかったが、確かに“色”が違った。森の緑とは別の、淡くきらめく空の色。幼い胸に、言葉にできないざわめきが広がった。


「父様、あれなに?」


 澄んだ声で尋ねると、大木は低く優しいきしみを返した。葉が揺れ、ひとひらが彼女の手に落ちてくる。


 ――いつか、お前もあそこへ行く時が来る。


 言葉こそ返っては来なかったものの、そんなふうに言われた気がした。


 リュミナは笑った。


「遠いけど、きれい……」


 その光を見つめていると、胸の内側が透明になっていくようだった。


 あの光の向こうに、何があるのだろう。どんな風が吹いているのだろう――。


 夢の中の幼い自分が伸ばした手に、光が触れようとしたそのとき――。

 

 ぱちり、と目が覚めた。


 朝霧がかかるエルフの森。寝床の上で目を瞬く、いつもの彼女の部屋。けれど、胸に残る余韻は確かにあの頃のままだった。


「……また、あの夢」


 リュミナは長い髪を整え、寝床から軽やかに降りた。森の風が、まるで幼い頃の続きを語るように吹き抜けていく。


 今日も森の朝が始まる。


 まず向かうのは“陽露の草”の群生地だ。薬師のサラ老人に頼まれた、朝の採集である。


 枝から枝へ跳び移る彼女の動きは、森そのもののリズムと同調していた。葉を踏んでも音はしない。エルフらしい軽さとしなやかさ。そして何より、森に対する深い敬意が彼女の動きに宿っていた。


 薄紫色の細い陽露の草は、太陽がまだ顔を出さない時間だけ甘い露を纏う。リュミナは小瓶を傾け、草を傷つけぬように露だけを集めていく。指先の動きは柔らかく、しかし正確だった。


「……きれい。」


 ふと呟くと、足元の苔がほんのり光った。精霊たちがかわりに返事を返したようだ。


 そのとき、上から“ぽすん”と何かが落ちてきた。


「きゃっ!」


 リュミナは素早く跳び退く。落ちてきたのは透明な身体の小精霊“スピッコ”だった。朝日を浴びてきらきらと赤ん坊のように揺れている。


「もう、また驚かせて……」


 怒ったふりをすると、スピッコは慌てて葉をちぎっては彼女へ差し出してくる。謝罪のつもりなのだろう。


 リュミナは思わず笑った。


「ありがとう。でも次から気をつけてね?」


 採集を終えて村に戻ると、狩人ミルドが手を振った。


「リュミナ、木の実の運搬を手伝ってくれないか? 一人じゃ重くてな」


「うん、いいよ!」


 彼女は頼まれると断れない。困っている人を助けるのが好きなのだ。


 森の外れに置かれた大きな袋を肩に担ぐと、ミルドが口笛を吹いた。


「相変わらず細腕でよく担げるなぁ。俺の若い頃を思い出すよ」


「ミルドさんの“若い頃”って、何百年前?」


「よく分かってるじゃないか」


 二人は笑い合った。


 エルフは長命だ。リュミナは種族的にはまだ“若葉”と呼ばれる年頃で、外見も少女の域を出ていない。しかし仲間たちは皆、彼女を信頼している。仕事が丁寧で慎重で、何より人一倍優しいからだ。


 運搬を終えたころ、ミルドがふと空を見上げ、ぽつりとつぶやいた。


「あと少しでセイリン流星群の時期か……。懐かしいな、アマカゼ平原」


 リュミナの耳が反応した。


 ミルドさんは以前、森の外を旅していたことがあり、時々旅の思い出を語ってくれる。


「……外の、空」


 幼い頃の夢の残滓が、リュミナの胸の奥で揺れた。


 村に戻り、サラ老人へ薬草を渡すと、老人はにっこり笑った。


「お前の手は、草を傷つけぬ。森も精霊も喜んでおるよ」


「ほんとに?」


「ふふ……だが気をつけるんじゃ。森にばかり愛されると、外に出たとき風の強さに耐えられなくなる」


「外の……風?森の近くの草原の風ならここと変わらないと思うけど……」


「あそこは木が少ないだけでこの森の一部なのじゃ……」


 今日は不思議と、外の世界の話ばかりが耳に入る。


 サラ老人は目を閉じ、遠い昔を思い返すように語った。


「若い頃にな、一度だけ外へ出た。あれは恐ろしくも、美しい世界じゃったよ。森や草原とは違う匂い、違う風。そして何より――空が広かった」


 リュミナの胸が少しだけ震えた。


(美しい世界か……)


 幼い頃、大木の上から見た光。あれは夢ではなく、確かに外へ繋がる空の色だった。


 気づけば彼女は、森の天井の隙間を見つめていた。


「……いつか、見てみたいのかな。あの光」


 スピッコが何かを気遣うようにそっと肩に乗ってくる。


 リュミナは小さく息を吸い、微笑んだ。


 ――この日の胸のざわめきが、後に彼女を旅へと導く“始まりの火”になることを、まだ彼女自身も知らなかった。



 次の日、リュミナはスピッコたちと森の中を散歩していた。


 すると、森の食堂の主人、ミトンさんがこちらに手を振ってリュミナを呼んでいるのが見えた。


「リュミナ、まだ頼みごとを受けてないのであれば、肉を調達してくれないか?エルク肉がもうなくなっちまう」


 エルクか、大きな角と早い逃げ足が特徴の動物、仕留めるには弓が必要だ。


「了解です、ミトンさん」


 そう言ってリュミナは自分の部屋へ戻った。小物を入れたポーチを持って、弓と狩猟用のかごを担ぎ、再び部屋を出ようとした時、大木が揺れ、声が聞こえた。父だ。


「リュミナ、その”宝物”たちはまだ増えるのか?」


 今までに狩猟や採取で見つけたきれいな石や不思議な形の枝、どれも大切な宝物だが、確かにそろそろ部屋に置き場がなくなってきたな……。


「そのうちなんとかするよ、たぶん。」


 曖昧な返事をしながら森の外へ走る。目指すはエルクたちが好むやわらかい草の多い草原の狩場。


「今日はどんな”宝物”との出会いがあるのかな?」


 そんな期待を胸に、リュミナは森を駆け抜けた。


 ……やっと見つけた。

 

 獲物を探して数時間、草原の池付近に一頭、大きなエルクを発見した。エルクは警戒心が強い。注意して探しても、森の獣ほど簡単には姿を捉えられない。しかも、大抵群れで行動し、危険と判断した場所には寄り付かない知能を持つ。そのため、狩りをする際にはなるべく痕跡を残さない方法をとらなければその狩場付近に寄り付かなくなってしまうのだ。おそらくそこにいるのは水を飲むために群れから離れてきたのだろう。仕留めるには二度とない絶好のタイミングだ。水場付近の茂みに隠れていたリュミナは静かに弓を構える。


「……駄目だ、あと少し届かない」


 射貫く際に血の痕跡を残さないため、リュミナの弓は魔法を矢として放つ仕組みになっている。しかし、この矢は一定の距離以上の範囲には届かないのだ。どうしたものか、もたもたしているとあのエルクが群れに合流してしまう可能性がある。仕方ない、あの方法を使うか……。そう決心したリュミナは足元に落ちていた手ごろな大きさの小石を拾い、静かに木に登り、エルクが後ろを向くタイミングを待つ。


「……今だ!」


 エルクが後ろを向いた絶好のタイミングでリュミナは小石をエルクの目の前に投げ、同時に自身はエルクの背後に飛ぶ。エルクが石を認識してから逃げ出すまでの一瞬、全神経を魔力の矢の射程と命中に集中する。

 

 もう少し近く、あと数ミリ、ここだ!


 鋭く放たれた矢は見事エルクの後頭部を射抜き、獲物が倒れ込む。その姿を確認した次の瞬間、リュミナの目の前は真っ暗になった。


 痛い、口の中がジャリジャリする、またやってしまった。獲物を射止めたものの、顔面着地した狩猟者は静かに起き上がる。スピッコたちが心配そうに彼女の周りを跳ね回っている。魔力の矢に集中しすぎて着地がうまくできなかったのだ。1つのことに集中しすぎるとそれ以外のことに意識がおろそかになるのは自分の悪い癖だ。狩りの仕方を教えてくれた兄の顔を思い浮かべてつぶやく。


「これじゃ、まだ兄さまに怒られるかな?」


 さて、仕留めた獲物はどうしよう。改めてみるとやっぱり大きい。狩猟用のかごは持っているものの、このエルクはかごに入りきらない。かといってここで解体すると血の匂いが残ってしまう。とりあえず角だけでも切り落として運びやすくするか。


 そんなことを考えながら解体用のナイフを探してポーチに手を突っ込む。その瞬間、耳がピクリと動き、背中から足にかけて冷たくて嫌な感覚が走る。ああ、さっき反省したばかりなのにまたやってしまった。常に周囲の警戒を怠らないのは基本中の基本だ。後ろへ飛びのき弓に手をかける。構えた先に立っていたのは三人の人間族だった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。


星霜(せいそう)エルフの追想録、その名の通り、幾星霜の時を生きるエルフの少女リュミナが、彼女の知らない世界について見て、知って、感じていくような物語を描いていきます。


今回は初めての投稿なので、気合を入れて4話連続投稿しています。よろしければこの続きも読んでいってくださいね♪


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