表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

幕間2 あさぎとさよ

クロウリー家の双子の話です

ヴィクターは添えるだけ。


「やだ」


朝食のテーブルで、

私ははっきり言った。


「今日は小夜と散歩するの!」


ヴィクターが、新聞から視線を上げる。


「……小夜は外に出られないぞ」

「……知ってる……」


即答。


「でも一緒に散歩する」

「どうやって」

「パッド!!新しく小夜が買ったやつ!」


パパは一瞬だけ黙った。私がさらに畳みかける。


「昨日、日本の地図見せたでしょ!道、まっすぐで、電車いっぱいで!……小夜、興味あるって言ってたもん……」

『……言いました』


少し遅れて、タブレット越しに小夜の声が入る。


『ですが、それは――』

「だいじょうぶ!」


私は身を乗り出した。


「歩くのはわたしだもん!小夜は見るだけでいい」

『朝霧……』

「パパ!」


私はパパを見る。


「ね、いいでしょ? ちょっとだけ」


パパは、長い沈黙のあと、ため息をついた。


「……酸素濃度と、回線は安定させて、小夜の具合が悪くなったら中止だよ?」

「やった!」

『……父上』

「許可はした。強制はしていない」


そう言って、彼は静かに立ち上がった。


「それじゃあ、散歩だ」





画面が切り替わる。


玄関。


外の光。


『……本当に、行くんですね』

「行くよ!」


朝霧の顔が、近すぎるくらい近づく。

多分首にタブレットをかけているんだろうたまに画面が揺れる。


「ちゃんと見える?」

『ええ。問題ありませんよ』


音声。

足音。

鍵の音。


外の世界が、画面越しに、流れ込んでくる。









玄関のドアを開けた瞬間、知らない匂いがした。

土と、アスファルトと、どこか甘い、パンみたいな匂い。


「……日本だ」


私がそう言うと、パパは「そうだな」とだけ答えた。

それだけで、今日は特別な日だと分かった。






画面越しに映る玄関は、

思っていたよりも狭かった。

けれど、見える外の光は、とても明るい。


『音量、少し上げてもらえますか』

「これくらい?」

『はい。十分です』


風の音。

遠くの車。

誰かの笑い声。





歩き始めると、

足の裏が変な感じだった。


地面が硬い。でも、平ら。


「ねえ、小夜」

『なんでしょう?』

「道、まっすぐだよ」

『日本の住宅街は、比較的整備されていますからね』

「すごいね」

『ええ』


小夜の声はいつもと同じなのに、今日は少しだけ楽しそうに聞こえた。






朝霧は、私のために、歩く速度を落とさない。

逆に、私がついていく形だ。


それが、不思議と心地いい。




角を曲がったところで、何かが動いた。


「……あ」


黒い影。


「ねこだ!」

『猫、ですか?』

「うん! ほら!」


私は画面をそっと近づける。


野良猫は、こちらをちらりと見て、逃げるでもなく、座った。


「かわいい」

『毛並みは……少し荒れていますね』

「でも、目がきれい」


私が言うと、猫は欠伸をした。


『……警戒心が薄いですね』

「日本の猫は優しいのかな」

『環境次第でしょう』


でも、小夜の声が、少しだけ柔らかかった。




猫は、私には触れられない。


けれど、朝霧の手が伸びるのを見るだけで、

十分だった




公園に着いた。


滑り台。

ブランコ。

ジャングルジム。


全部、初めて。


「……すごい」

『公園、ですね』

「ねえ、乗っていい?」


パパは、「怪我しない程度にな~」とだけ言ってベンチに腰掛けてた。


私は走った 。もちろん 目当ては遊具!!




視界が、揺れる。


上下。

左右。

朝霧が公園のアスレチックを楽しんでいるようだがこちらの視界は……揺れる揺れる……



『朝霧……』

「なに?」

『少し、揺れが……』

「えっ」


私は慌てて立ち止まる。


「ごめん!」

『……いえ。少し画面酔いです』

「もう遊ばない?」

『……5分、休めば大丈夫です』


私はベンチに座った。


画面を覗き込む。


「大丈夫?」

『ええ。朝霧が楽しそうで、何よりです』





公園の近くでお店がいっぱいあった。


「パパ、あれは?」

「あれはバザーだね 」

「バザー……小夜欲しいものない?」

『……私、ですか』

「うん」


私は迷った。


食べ物は無理。

重いものは多分朝霧が持てないだろう。


「これは?」


小さな猫のキーホルダー。


『……猫、ですか……』

「日本の猫」

『……』


少しの沈黙。


『……ありがとうございます』


その一言が、とても大切に聞こえた。




“お土産”。”バザー”


それらは、私にとって未知の概念だった。

でも、朝霧が選んだという事実が何より価値だった。




帰り道。


私は少し疲れて、でも、楽しくて。


「また行こうね」

『ええ』


パパは何も言わず、歩く速度を合わせてくれている。


画面の向こうで、小夜が小さく息を吸うのが見えた。






散歩は終わる。


私はベットに横になる。

朝霧は、外を歩き続ける。


それでも。


同じ風を、

同じ時間に、

同じ目線で感じた。


それだけで私は満足だった。




玄関に戻る。

ドアが閉まる。


「楽しかった」


私が言うと、画面の向こうで小夜が、はっきりと頷いた。


『ええ。とても』


パパは、その様子を見て、何も言わずにコートを掛けた。


何気ない 日常の一コマ


屋敷に戻ると、私は靴を脱ぎながら言った。


「ねえ」


パパが振り返る。


「次はさ」


私は少し考えてから、とてもいいことを思いついた顔で言った。


「一人で電車、乗ってみたい」


一瞬。空気が、固まった。


『…………』


画面越しの小夜が、はっきりと息を止めたのが分かった。


「ダメだ」


パと、小夜の声が、ほぼ同時に重なった。


「え?」


私はきょとんとする。


「なんで?」

「早すぎる」

『早すぎます』


また重なる。


「改札も分かるし!切符も買える!迷ったら聞けばいいし!!」

『朝霧』


小夜の声が、珍しく強かった。


『あなたは、地図を読む前に走り出します。それは、外では危険です』


パパも腕を組む。


「日本の電車は、甘くないぞ。人も多いし、路線も複雑だ」

「でも!」

「ダメだ」

『ダメです』


三度目。


私は、少しだけ口を尖らせた。


「……ケチ」

『慎重です』

「保護者だ」


二人が揃ってそう言うので、私はぷいっとそっぽを向いた。


「……じゃあ、次は、二人で……」


小夜が、ふっと息を吐いた。


『それなら……検討しますよ』


パパも、少しだけ表情を緩める。


「ほら、手を洗ってきな。小夜も 一応バイタルチェックしておきなさい。」

「……はーい」

『わかりました。』


私は素直に頷いた。


その後ろで、画面の向こうの小夜が、

ほんの少しだけ、笑っていたのを――

私は、見逃さなかった。



朝霧はどう書いても某緑髪の5歳児になってしまう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ