表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

幕間 戦車と7人の愚か者

幕間 少し空気だった長女セラフィナの話です。

ちょっと説教臭いかな?


その日、セラフィナは一人で外に出ていた。


理由は単純だ。父、ヴィクターが

「これを買ってきてほしい」と頼んだからである。


成人した娘に、初めてのおつかい。しかも日本で。


セラフィナ自身、その意図は分かっていた。

日本の街を知れ。

電車に乗れ。

力ではなく、秩序の中で動け。


だから彼女は文句を言わなかった。

ただ、心の中ではこう思っていた。


「(……父さんもずいぶん回りくどいを)」


手にした紙には、専門店でしか扱っていない素材の名前。

魔法触媒でも武具でもない。

だが一般人には扱いづらい、少し特殊な品。


それを、よりにもよって電車に乗って取りに行けという。


セラフィナは切符を買い、ホームに立った。

人の波は鬱陶しいが、脅威ではない。

自分は戦車だ。

踏み潰す必要のないものまで、わざわざ壊す趣味はない。





……そう、この時までは。


それは駅を出てすぐだった。


前から来る中年男性を確かに避けたが

肩がぶつかった。

いや、正確にはこれはぶつけられのだ。


中年の男が、わざとらしく舌打ちをする。


セラフィナは一瞬、理解できずに眉をひそめる。

自分は避けた。衝撃も、ほとんどない。

この程度、何でもない。


むしろ、男の方が、よろけていた。


「(……弱い)」


それがセラフィナがぶつかった中年男性へ感想だった。

男が苛立ったように顔を歪め吐き捨てる。


「チッ……前見て歩けよ」


男は何か言い返そうとして──セラフィナを見た。

あまりにも自分との身長差かそれとも威圧感に気圧されたのか、くるりと向きをかえ、別の若い女性に狙いを変た。同じように肩をぶつけようとする。


その肩を、セラフィナは掴んだ。

肩は、セラフィナの指が食込み男の肩からは骨の悲鳴が聞こえる。


「次は、そのまま折る」


淡々と告げると、男は悲鳴を上げて逃げていった。

駅前通りを抜けて、少し人通りの多い場所に出た。





視線が、刺さる。


――いや。

正確には、絡みつく。


「お姉さん、背高いねー」

「モデル?ねえねえ、ちょっと話そうよ」


二人組の男だった。

どちらも若く、声だけはやたらと大きい。


セラフィナは立ち止まらない。

歩調も、視線も変えない。


「無視? 冷たいなぁ」

「ねえ、外国の人?日本語わかる?」


距離が、詰まる。

一人が横に並び、もう一人が前に回り込む。

慣れた動き。逃げ道を塞ぐ配置。


「ちょっとだけでいいからさ」

「大丈夫だから!怖がらせないから」


――不意に触れる感触。


男の指先が、腕にかかった。

次の瞬間。


「――あ?」


声にならない声が漏れた。


男の腕は、途中で止まっていた。

セラフィナの手が、その手首を掴んでいる。


握力ではない。

掴んだ瞬間に、もう“逃げられない”と理解させる力だった。


「……?」


もう一人の男が、異変に気づく。


「な、なに――」


その言葉は、最後まで続かなかった。

セラフィナが一歩、前に出る。


視線が、落ちる。


見下ろされている、という感覚。

ただそれだけで、空気が変わった。


「触るな」


低く、短い声。

掴まれている男の手首が、わずかに捻られる。


「いっ……!?」

「ちょ、やめ――」

「次に触ったら」


セラフィナは淡々と告げる。


「腕が、使えなくなるぞ」


声に怒りはない。威嚇もない。

事実の通告だった。


男たちは、ようやく理解する。


――相手を、間違えた。


「す、すみませんでした!!」


掴まれていない方が、引きずるように仲間を連れて逃げていく。

足取りは、もはや走るというより転げ落ちるに近い。


セラフィナは、手を離した。

腕を押さえながら逃げる男の背中を、少しだけ見送る。


「……愚か」


それだけ呟いて、再び歩き出す。


周囲の人間は、誰も声を出さなかった。

ただ、何かを見てはいけないものを見たように、道を空ける。


セラフィナは、それに気づいていない。


――あるいは、気にする価値がなかった。


ナンパの二人が逃げるように去ったあと、

周囲には妙な空気だけが残った。


誰も助けに入らない。

誰も声を上げない。

ただ、遠巻きに様子を窺っている。


その中の一人が、

にやにやとした笑みを浮かべながらスマートフォンを構えた。


「うわ、今の見た?」 「やば……女が男二人締めたんだけど」 「これバズるやつだろ」


レンズが、セラフィナを捉える。


彼女はすぐに気づいた。視線ではなく、“記録される感覚”に。


「(……撮っている?)」


理解するまでに、少し時間がかかった。


敵意はない。ただの興味と下卑た好奇心。


「なあ、もう一回なんかやってよ」 「強いんでしょ?」 「海外の女戦士って感じじゃん」


軽い口調。軽い命。


セラフィナは、ゆっくりと振り返った。


視線が合った瞬間、撮影者の笑みが一瞬だけ引きつる。

だが、スマホは下げない。


「怖くねーって」 「撮ってるだけだし」


次の瞬間。セラフィナは、歩み寄った。


一歩。

二歩。


距離が詰まるたび、男の喉が鳴る。


「え、ちょ、近……」


セラフィナは、スマートフォンを持つ手首を掴んだ。

力は、ほんのわずか。


だが――


パキ、と乾いた音がした。

画面に、無数の亀裂が走る。


「……っ!?」


男が悲鳴を上げるより早く、

セラフィナはそのスマホを指先で折り曲げた。


まるで、薄い金属板のように。


「記録する価値はない」


低く、冷たい声。


男は言葉を失い、壊れたスマホを抱えたまま後ずさる。


「お、お前……!」

「まだ私にカメラを向けるなら」


セラフィナは、一歩踏み出した。


「次はお前だぞ」


さらに男のスマホを握り亀裂を入れるセラフィナ


男は何も言えず、人混みの中へ逃げるように消えた。

セラフィナは、周囲を一瞥する。


視線を向けていた人間たちは、一斉に目を逸らした。


「……愚か者ばかりだ」


そう呟いて、彼女は何事もなかったかのように歩き出した。





セラフィナは目的の店に辿り着いた。


ヴィクターに頼まれたのは、

特殊な薬草を加工した保存品――日本では漢方素材として流通しているものだった。

表向きは、健康食品。


「(……容易い)」


指示されたものを手に取り、会計を済ませるだけ。


だが、レジに向かう直前、通信端末が短く震えた。



【オリーフィア:

ごめんなさいセラフィナお姉さま……

牛乳と、紅茶用のレモン買ってきてほしいです……】



続けて、別の通知。



【小夜:

もし近くにコンビニあったら

のど飴お願いしてもいい?】


「(……雑用か)」


だが、拒否する理由もない。


セラフィナは踵を返し、

近くのスーパーへ向かった。





店内は、妙に騒がしかった。


レジ前に、人だかり。


その中心で、甲高い声が響いている。


「だからぁ!この値段おかしいでしょ!?」 「昨日はもっと安かったのよ!?」 「客を舐めてるの!?」


レジに立つ若い店員は、明らかに困惑していた。


「申し訳ありません……こちら、今週から価格が――」

「はぁ!?そんなの知らないわよ!?」


声がさらに大きくなる。


セラフィナは、牛乳とレモンを手にしたまま、

静かにその様子を見ていた。


(……これは)


理解した。


武器を持たない暴力。声と立場で相手を殴る行為。


「責任者呼びなさいよ!」 「謝りなさい!」 「あなたの態度が気に入らないの!」


矢次に飛ぶ甲高い怒号で店員の指が、小さく震えている。


「(……醜い)」


セラフィナは、レジの列に並んだまま、

一歩前に出たそして、一拍置いてから口を開いた。


「“昨日”と“今日”が同じである義務はない」


声は低く、感情がない。


「価格は、原価と流通と契約で決まる。それは、この店員ではなく、もっと上の段階の話だ」


おばさんが眉を吊り上げる。


「だから何よ!」


「怒る理由は理解できる。金は有限だ。不安になるのは当然だ」


一瞬、相手の勢いが鈍る。


「だが――」


セラフィナは、レジ台に視線を落とした。


「あなたは“解決できる相手”を選んで怒っている。それは交渉ではない」


視線が、店員の震える手をなぞる。


「それは、責任転嫁だ」

「な……!」

「もし本当に不当だと思うなら。本社に連絡し、契約を問い、是正を求めるべきだ」


淡々と続く。


「だがあなたは、そうしない。なぜなら――面倒だからだ」


周囲が、息を呑む。


「だから代わりに、今ここで反論しない人間を選び、声を張る」


セラフィナは顔を上げた。


「それを“客の権利”と呼ぶならその権利は、随分と安い」


おばさんの口が、開いたまま止まる。


「……脅してるの?!」


セラフィナは、首を横に振った。


「? 事実を並べているだけだ。」


一歩、前に出る。


「あなたは損をした。それは本当だ」

「だが、ここで怒鳴っても一円も戻らない誰も幸せにならない。」


沈黙。


「唯一、残るものがあるとすれば――」


視線が鋭くなる。


「お前が“弱い者に当たる人間だ”という評価だけだ」


その言葉は、殴打ではなく判決だった。


その瞬間、周囲の空気が凍った。誰も声を出さない。

店員が、息を止めている。


おばさんは、言い返そうとして――言葉を失った。


数秒の沈黙。


やがて、舌打ちひとつ残して、おばさんは去っていった。




セラフィナは、何事もなかったようにレジへ進んだ。


「……次」


店員は、はっとして商品を受け取る。


「あ、あの………ありがとうございました」


セラフィナは、短く頷いただけだった。


袋を受け取り、店を出る。


「(……愚か者)」


歩きながら、オリーフィアと小夜の頼まれものを確認する。


牛乳。

レモン。

のど飴。

買い忘れはない。完璧だ。






帰りの電車内


夕方の車内は混んでいた。


「(思っていたより遅くなってしまった。電車も混んでいる……)」


座席に子供が立って跳ねている。 靴のまま、座面を踏み、声を張り上げている。


「わー! 速い!」 「ねえ見て見てー!」


母親は、スマートフォンから目を離さない。

誰も注意しない。 誰も見ないふりをしている。

セラフィナは、吊革を掴んだまま、それを眺めていた。


「(……放置)」


隣では、観光客らしき男が、 スマートフォンから大音量で音楽を流している。 イヤホンは使ってないようだ

音と声が、狭い車内で反響する。


老人が眉をしかめ、 学生が視線を逸らし、 会社員がイヤホンを押し込む。


誰も、何も言わない。


セラフィナは、静かに息を吐いた。


「……忙しいのか」


母親が顔を上げる。


「え?」


「子供を見る余裕がないほど、忙しいのか」


責める口調ではない。ただの確認だった。


「……ちょっとくらい、いいじゃないですか」


母親はそう言って、視線を逸らす。


セラフィナは頷いた。


「確かに、“少し”なら問題ないだが――それは、周囲が許している場合だ」


子供の足元を一瞥する。


「今、この車両の誰もが我慢している。あなたは、その上に子供を立たせている」


母親が言い返そうとする前に、続ける。


「子供は、叱られないから続ける、続けられると思うから、学ばない」


一拍。


「それを止めるのが、親のはずだ」


母親の唇が、きゅっと結ばれる。


次に、セラフィナは音楽を流す男を見る。


「あなたも同じだ」


男が肩をすくめる。


「Relax, OK?」


「ここは、あなたの部屋ではない、共有空間だ、みんな気にしてないだろ?」

「気にしているただ、言わないだけだ」


静かな声で、はっきりと言う。


「公共の場では、“黙っている”は賛成ではない。衝突を避けているだけだ。“リラックス”は、他者の我慢の上に成り立たない」


目線が合う。


「あなたは、自由を履き違えている」


男は、スマートフォンの音量を下げた。 完全に消したわけではないが、十分だった。


セラフィナは、それ以上何も言わない。


吊革に戻る。


子供は座り、母親は黙り込む。 車内には、ようやく“電車の音”だけが残った。

誰も礼を言わない。 だが、空気は明らかに変わっていた。


セラフィナは思う。


「(弱者を装い、迷惑を正当化する者。 無自覚に他者を踏む者)」

「(――愚かだ)」


電車は、次の駅に滑り込む。


彼女は、何事もなかったように降りた





新居の玄関は、静かだった。


鍵が開く音に、真っ先に反応したのはオリーフィアだった。


「おかえりなさい、セラフィナお姉さま!」


少し遅れて、朝霧小夜が顔を出す。


「……無事でよかった」


その奥から、ヴィクターが現れる。


「遅かったな」


咎めるでもなく、ただ確認する声。


セラフィナは靴を脱ぎながら答えた。


「問題はなかった」


それ以上は語らない。ヴィクターはそれで十分だとばかりに頷いた。


「そうか。ならいい」


オリーフィアがほっと息をつく。


「電車、混んでませんでした?」

「混んでいた」

「……大変でしたね」

「そうでもない」


それで会話は終わった。

誰も深く聞かない。 それが、この家の流儀だった。






その夜。


書斎でヴィクターは、何気なくテレビをつけた。


湯気の立つコーヒーを一口含んだ、その瞬間。


『――次の話題はこちら。 SNSで話題になっている、ある“迷惑行為への制裁動画”です』


画面が切り替わる。


駅前。 スマートフォンを構える男。


そして――


「……っ!」


ヴィクターは、盛大にコーヒーを吹き出した。


画面の中。


モザイクはかかっているが長身の女。 前髪で目が隠れた、特徴のありすぎる知ってる姿。

迷惑配信者の手首を捻り上げている。


『投稿者によると、“突然現れた女性が、迷惑行為を制止した”とのことですが……』


「なっ……」


ヴィクターは額を押さえた。


どう見ても。 どう取り繕っても。


「(……うちの長女だ)」


リプレイされる映像。 周囲のどよめき。 字幕に踊る言葉。


《現代の女戦車》 《リアル強すぎる》 《警察来る前に消えた》


「……消えた、か」


ヴィクターはため息をついた。怒る気はない。 叱る気もない。


ただ一言。


「……日本は、慣れろと言ったはずなんだが」





一方、その頃。


セラフィナは自室にいた。ベッドに腰掛け、天井を見つめる。

今日一日で出会った顔が、順に浮かぶ。


ぶつかる男。 触れる男。 撮る男。 騒ぐ者。 責任を放棄する者。


「(どれも、力がないわけではない。ただ――)」




「……選ばなかっただけだ」


秩序を。 責任を。 他者を。

選ばず、誰かに我慢させることを選んだ。


セラフィナは目を閉じる。


「(私は、守る者を選ぶ。それ以外は――知らない)」


遠くで、家族の気配がする。それでいい。


戦車は、今日も無事に帰還した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ