あくまのけいやく
ぼくの彼女はあくまだった。
たとえじゃなくて、ほんとうにあくまなのだ。
角が2本生えていたし、尖った尻尾もついていた。
魔界からやってきた彼女はぼくと契約した。
「絶対に振り返らないでね、でないとカズキくん、取り返しのつかないことになるよ」
だからぼくは付き合ってから一度もその約束を破らなかった。
彼女に肩を叩かれても知らんぷりをした。
だるまさんがころんだに誘われても丁寧にことわった。
あくまの彼女はそんなぼくを見てケラケラと笑っていた。
彼女が微笑むとぼくはとても嬉しかった。
だからそう。常に前向きでいることを決意した。
でも。決意したはずだったのに、頭を抱えて考え込んでいる。
就職したての春には地元のなかまに彼女を紹介した。
尻尾や牙には驚いたけれど、みんなとても喜んだ。
力持ちの彼女はべろべろに酔ったぼくを背負ってアパートへ一緒に帰った。
桜並木の街道はぼくら二人だけの深夜。星がきれいだった。
海に行ったときには泳ぎもせずにビーチでのんびりした。
コカ・コーラの缶を飲み干して、日焼け止めを忘れて夏の日差しにやかれたぼくを彼女は笑った。
太陽よりもまぶしい笑顔を鮮やかに思い出せる。
もみじ狩りを好きな人と楽しむのは初めてだった。
休憩しながら紅葉の下でおにぎりを食べた。
そういえば彼女のつくるおにぎりは、海苔がしっとりとしていて、炊きたてアツアツご飯を「ほいっ、ほいっ」と丸める背中がなんだかかわいかったんだ。
そして今、公園でぼくはなにをしているんだろう。
濡れた手袋をはずして、白い雪を転がしている。
思い出のゆきだるまの面影を探すためだろうか。
彼女がふいに姿を消してからもう1年も経ってしまった。
もう。1年も経ってしまったのか。
深呼吸をひとつする。
ぼくは気づいてしまった。
会いたいと思う気持ちが止めどなくあふれてくる。
振り返るひまがあるなら自分から会いに行けばいいんだ。
ぼくは雪玉を転がして描いた魔法陣の真ん中に立つ。
そして魔界の門を開いた。
絶対に彼女を取り返してみせると心に誓って。
カズキくん、頑張ってね。取り返しはつかないけど、取り返せないとは言ってない。




