烏
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俺は胸の高鳴りを感じながら、徒歩で坂を上る。
たどり着いた先は、湘南平。
燃え盛るように照らす夕日の中を、烏が鳴く。
展望台へ登ると、友や恋人、家族と訪れる人々がいた。
その姿がやけに眩しく、遠い世界のように思えた。
あえて目を逸らし、広がる光景を眺める。
山に掛かる夕日に、見下ろす街並。
写真を撮ろうとしたが、あるのは一本だけ入ったマッチ箱と煙草のみ。
仕方なくこの目に光景を焼き付ける。
自由だ――。
空を駆ける烏を見る。
群れを成し、夕日に照らされる黒い翼が赤く染まる。
自由に駆け回り、鳴く姿は鮮烈で、なぜか胸の奥をかき乱した。
俺は母の介護に明け暮れていた日々。烏の姿は羨ましかった。
最初は、烏の鳴かぬ日があれどと思っていた。
だが、既に支離滅裂に暴れまわる母に疲れ果てていた。
精神は擦り減らされ、自らの道を歩むことさえできない。
友に遊びに誘われても、断るしかなかった。
母につけられた腕の傷が、夕日に沁みて痛む。
『また一緒に』
その言葉を聞く日には必ず雨が降った。
日々を楽しむ友に嫉妬して、焦って必死に強がった。
親戚も自らを守るだけで、助けてなどくれなかった。
人にも自分にも期待しない日々は、あの濡羽色ほど綺麗なものではなかった。
やおら取り出した煙草に火を付ける。
視界は灰色に滲んでいく。
烏が鳴きながら夕日に向かって飛んでいく様子を、灰を落としながら眺めていた。
夕日は沈み、辺りは暗くなり月の姿が明瞭になっていく。
人々の声は夜風に溶け、俺だけが取り残された。
しかし未だに赤く燃える街の一角を見つめ、口元が歪む。
煙草を吸い終え、足裏で踏み潰す。
小さな赤が消えると同時に、俺の中でも何かが途絶えた。
グガアアァァ
異様な烏の鳴き声が空へ響く。見上げた先には、黒い影が夕闇を切り裂く。
再び待ち受ける現実に、頬を濡らした。
「もう...いいのか」
母の姿も、俺の涙も、火に呑まれ消えていった。
燃えた家を思い出しながら、マッチ箱を振る。
中身はなく、音はもうしない。最後の一本を使い果たした。
「俺は....自由だ」
俺は自らの道に進む。
未だに飛んでいる烏を追って、俺は欄干を越えた。
淀んだ日々に悔いはなく、迷いもなかった。
繋がれた鎖を断ち切るように、足元が宙を離れる。
次こそはと――。
烏のように、俺は空へ旅立った。
前に訪れた湘南平。
その夕日と烏がやけに美しく見えたので、こういったものを考えてみました。
いかがでしたでしょうか?




