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正義の騎士


「殿下、例の件についてご報告が...」

侍従ハロルドが震え声で部屋に入ってくる。ダミアンは書類から顔を上げ、心配そうな表情を作った。

「ハロルド、君の顔色が悪いようだが。奥方の具合はいかがかね?」

「お、おかげさまで...治療費のお心遣い、本当にありがとうございます」

涙声で答えるハロルド。その姿を見て、ダミアンは内心で満足していた。

(完璧だ。感謝と畏怖、そして罪悪感で雁字搦めにしてある。もう私の意のままだ)

「それより、兄たちの様子はどうだった?」

「はい...第一王子殿下は昨夜遅くまで軍事資料をご覧になっておられました。第二王子殿下は商人ギルドとの密談を...」

「密談?」

ダミアンは眉をひそめる演技をした。実際は、リチャードの行動パターンを読み切っていた。

「商人たちとの癒着疑惑...これは面白い材料になるな」

呟くダミアンの声に、ハロルドがびくりと身を震わせる。

「し、しかし殿下、これは王国のため...」

「もちろんだ、ハロルド。君の忠誠心に感謝している」

優しい笑顔を見せながら、ダミアンは次の手を考えていた。

王宮の訓練場で、ダミアンは剣術の練習をしていた。もちろん、これも演技の一部。「文武両道の理想的王子」という役を演じるためだった。

「なかなかの腕前ですね、殿下」

振り返ると、そこには白銀の鎧に身を包んだ騎士が立っていた。端正な顔立ち、澄んだ青い瞳、そして何より—純粋な正義感が全身から溢れ出ている。

「これは失礼しました。聖騎士ガラハド様でいらっしゃいますね」

ダミアンは優雅に一礼した。

その完璧な所作の裏で、胸の奥に吐き気にも似た感覚が走る。

(……この眩さ。傑出した善性の輝きほど、不快なものはない。光を信じて疑わぬ者ほど、壊す価値がある)

「お噂はかねがね伺っております。民を思い、慈善に励まれているとか……まことに尊きこと....お会いできて光栄に存じます。」

ガラハドの声音には一片の曇りもなかった。言葉を飾ろうとする気配すらなく、ただ真実を告げるかのように口から零れる。その瞳は透明で、相手を疑うという発想そのものが存在しないかのようだ。

周囲の誰もが口にする賛辞とは違う。彼の言葉には打算も媚びもない――純粋に、目の前の人物を敬い称えているだけだった。

その真率さに、一瞬、場が静まる。周りの騎士たちですら思わず息を呑み、彼の言葉の力を感じ取った。

「ありがとうございます。しかし私など、ガラハド様の正義と比べれば...」

「いえいえ、殿下こそ。王家の方がこれほど民衆のことを思っておられる姿、感動いたします」

(うざい。本当にうざい男だ。早く死ね。)

ダミアンは内心で毒づきながらも、表情は謙遜に満ちたまま。

「ところで」ガラハドが急に真剣な表情になる。「最近、王宮内で妙な噂を耳にするのですが...」

「噂、ですか?」

「ええ。何者かが密かに情報収集を行っているという...もしかすると、王家に害をなす者がいるのかもしれません」

ダミアンの心臓が一瞬高鳴った。だが、表面上は心配そうな表情を保つ。

「それは由々しき事態ですね。私にできることがあれば...」

「殿下のような方に心配をおかけして申し訳ありません。我々騎士団で調査いたします」

ガラハドは深く頭を下げた。その姿に、ダミアンは戦慄を覚えた。

(この男...非常危険だ。単なる筋肉馬鹿ではない。鋭い直感を持っている。早急に消さねばならない。)

夕暮れ、王宮の庭園。金色の光が石畳を染める中、ダミアンはエリザベス・ウィンチェスター嬢と「偶然」出会ってしまった。


「殿下、こんなところで...」


「エリザベス嬢、美しい夕日ですね――しかし、あなたがそこにいると、さらに輝きを増す」


ありふれた口説き文句にすぎない。だが、ダミアンの口から発せられれば、それは計算し尽くされた音楽の一節のように響く。声音は人を酔わせる1/fゆらぎを帯び、間合い、視線――すべてが磨き抜かれた演技だった。

エリザベスの頬がほんのりと赤らむのを見て、ダミアンの胸に冷ややかな愉悦が走る。

(……実に単純明快だ。内容ではなく、“誰が言うか”で人は容易く揺れる。)


「そのような...」


「実は、あなたにお話ししたいことがあるのです」

ダミアンは悲しそうな表情を作る。


「兄上たちのことで...心配なことが」


「第一王子殿下と第二王子殿下に、何か?」

エリザベスの正義感が刺激された。まさに狙い通りの反応だった。


「エドワード兄さんは最近、軍の管理で厳しすぎるのではないかと...民衆からの苦情も聞こえてきます。リチャード兄さんも、商人との関係で...」


「まさか...」


「いえ、私の杞憂かもしれません。しかし、王家の名誉に傷がつくようなことがあっては...」

ダミアンは巧妙に兄たちへの疑念を植え付けていく。エリザベスの正義感と王家への忠誠心を利用して。


「でも、殿下がいらっしゃる。殿下こそが真の王にふさわしい方です」

エリザベスの瞳に憧憬が宿る。ダミアンは満足げに微笑んだ。


(ふふ、このバカ……すっかり俺の虜のようだ。利用価値は十分すぎる)

その夜、ダミアンは密かに行動を開始した。彼が用意したのは、エドワードが軍の予算を私的に流用しているという偽の証拠書類。筆跡から印章まで、すべて完璧に偽造されている。

「これを適切な場所に...」

文書をエドワードの執務室の机の奥に忍び込ませる。明日の朝、清掃をする侍女が「偶然」発見することになるだろう。

翌朝、王宮は騒然となった。

「第一王子殿下の不正疑惑...!」

「まさか、あのエドワード殿下が...」

「軍の予算を私的に...」

噂は瞬く間に広がった。エドワードは必死に弁明するが、証拠は完璧に偽造されている。筆跡鑑定でも本物と判定されるよう、ダミアンは周到に準備していた。


「これは偽物です!私はそのような文書を書いた覚えはありません!」

エドワードの必死の訴えも、目の前の証拠の前では、まるで無力な囁きのようにかき消されてしまう。

「弟よ、君はこの件をどう思う?」

ダミアンは静かに問いかけた。その声音は穏やかだが、奥底には鋭利な刃のような圧が潜んでいる。

王宮の一室、二人きりの密談――逃げ場のない空間で、ダミアンの瞳はエドワードの動揺をひとつひとつ測るかのようだった。

「兄さん...私は兄さんを信じております。しかし、証拠がここまで揃っていては...」

悲しそうな表情で答えるダミアン。その瞳に、わずかな冷たさが宿っているのを、エドワードは見逃さなかった。

「ダミアン...まさか君が...」

「何をおっしゃいますか、兄さん。私が兄さんを陥れるなど...そのような恐ろしいことを」

完璧な演技だった。だが、エドワードの直感は何かを察していた。

弟の瞳の奥に、ほんの一瞬、冷たい光が走る――疑念とも警告ともつかぬ何か。

「私は無実だ。必ずこの濡れ衣を晴らしてみせる。」

エドワードは声を震わせず、しかし強い意志を宿したまま立ち上がり、部屋を出ていく。

その後ろ姿を見送りながら、ダミアンは内心で笑った。

(ふふ……もしや、気づいたか?エドワードよ。だが手遅れだ)

(無駄な抵抗を...もう手遅れだというのに)


――ガラハドの視点――


聖騎士ガラハドは、第一王子の不正疑惑を聞き、心の奥で強い違和感を覚えた。

「エドワード殿下がそのようなことを...信じられません」

騎士団の執務室で、部下の騎士たちと話し合っている。

「しかし、証拠がこれだけ完璧に...筆跡も間違いなく殿下のものだと」


「証拠は作ることができる」

ガラハドの言葉に、部下たちが息を呑む。


「まさか、筆跡まで偽造したというのですか?」


「不可能ではない。十分な時間と技術があれば...」


「つまり、誰かが意図的に殿下を陥れたと?」


「可能性は高い。問題は、誰が、なぜか」


ガラハドは立ち上がり、窓の外を見つめる。

「最近の一連の出来事...偶然にしては出来すぎている。王宮内に内通者がいる可能性も」

その時、ノックの音が響いた。

「失礼いたします」

入ってきたのはダミアンだった。心配そうな表情を浮かべ、深く礼をする。

「ガラハド様、兄様の件でご相談が...」

「殿下...わざわざお越しいただき恐縮です」

ガラハドはダミアンを見つめる。その瞳に、わずかな警戒心が宿っていた。普通なら見過ごしてしまうほど微細な変化だが、ダミアンの鋭い観察眼は見逃さなかった。

「兄様は決してそのようなことをする方ではありません。きっと何かの間違い、いえ、意図的な陥れではないでしょうか」

「私もそう思います、殿下」

ガラハドの答えは慎重だった。

「ただし、証拠の完璧さが気になります。これほど精巧な偽造ができる者は限られています」

二人の視線が交わる。表面上は共感し合っているように見えるが、実際は互いを探り合っていた。

(この騎士...やはり危険だ。俺を疑い始めている。しかし確証はないはず...)

ダミアンは内心で警戒しながらも、悲しげな表情を保った。

「兄様のお力になれることがあれば、何でもいたします。王家の名誉に関わることですから」

「殿下のお優しいお気持ち、エドワード殿下もきっとお喜びになるでしょう」

ガラハドは丁寧に答えるが、その瞳の奥で何かが光っていた。

その夜、ダミアンは自室で今後の計画を練っていた。

「傷モノエドワードの失脚は順調だ。あと数日もすれば、世論は完全にやつを見放すだろう。次はリチャードの番...」

だが、ガラハドの存在が気になっていた。

「聖騎士ガラハド……改めて分かった。あの男は他の愚民どもとは違う。純粋な正義感と鋭い洞察力を併せ持っている。」

「このゲームのボス、つまり玉か……なるほど、楽しみだ。」

ダミアンは立ち上がり、窓の外の月を見つめる。

「ふはは...久々に真の敵が現れた。」

これまで、彼の周りにいたのは操りやすい人間ばかりだった。だが、ガラハドは違う。

「あの男は、俺の本性を見抜くかもしれない。そうなれば...」

ダミアンの唇に、邪悪な笑みが浮かんだ。

「最高だよ...退屈しのぎには丁度いい相手だ。」

(ただ殺すだけでは退屈だ。神をひるませ、動揺させる快感を味わわせてくれる相手なんだ――もてなさなければ)

彼にとって、これまでは一方的なゲームだった。駒を操り、思い通りに動かすだけの単調な作業。だが今度は違う。真の敵との、知恵と知恵をぶつけ合う本格的な戦いが始まろうとしていた。


「ガラハド...君が俺の最初で最後の本格的な相手になるようだね。どこまで俺に迫れるか、見物だ」

月光が差し込む部屋で、ダミアンは一人笑い続けた。彼の中の悪が、より一層深く、鮮明に姿を現し始めていた。

翌日の朝、王宮の廊下でダミアンとガラハドが再び出会った。偶然のように見えるが、実はダミアンが仕組んだものだった。

「ガラハド様、おはようございます」

「殿下、おはようございます」

表面上は礼儀正しい挨拶。だが、二人の間には見えない緊張が走っていた。

「兄様の件、何か進展はありましたでしょうか?」

「調査を続けております。真実は必ず明らかになるでしょう」

ガラハドの言葉に、揺るぎない意志が込められていた。

「そうですね。正義は必ず勝利します」

ダミアンも微笑みながら答える。だが、その笑顔の奥に、挑戦的な光が宿っていた。

(そうだ、俺が必ず勝つ。)

すれ違う瞬間、二人の視線が一瞬交差する。善と悪。正義と邪悪。水と油のように決して混じり合うことのない二つの存在が、静かに火花を散らしていた。

真の対立が、今始まろうとしていた。

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