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善の仮面

この物語の主人公、ダミアン・ラヴェンクロフトは、表向きには慈愛に満ちた完璧な王子。しかし、その微笑みの奥には、他者を操り、支配する冷酷な心が潜んでいる。

彼にとって、人々の感情は理解すべき対象ではなく、利用すべき道具に過ぎない。愛情も忠誠も恐怖も、すべては計算のうえで生み出される駒にすぎないのだ。

この物語は、善悪の境界を曖昧にし、人間心理の奥底に潜む欲望と恐怖を描いた、王宮を舞台とする心理劇である。

完璧な微笑みの裏に潜む悪意を、どうか見逃さぬように。

ィクトリア王国のサイコパス - 完全版

第一話:完璧な王子の仮面

「素晴らしい演説でした、殿下」

社交界の華やかなサロンで、貴婦人たちが口々に賞賛の声を上げる。その中心に立つのは、金髪に碧眼、完璧に整った容姿を持つ青年——ヴィクトリア王国第三王子、ダミアン・ラヴェンクロフト。

「ありがとうございます、レディ・エリザベス。しかし、私の言葉など取るに足りません。真に重要なのは、困窮する民を救うための具体的な行動です」

謙遜を込めた微笑みを浮かべながら、ダミアンは優雅に一礼する。周囲の女性たちから感嘆の溜息が漏れた。

「なんと慈愛に満ちたお方でしょう」「まさに理想の王子様ですわ」「お兄様方とは大違い...」

最後の言葉を発したのは、ウィンチェスター公爵令嬢エリザベス。知的な瞳に、わずかな憧憬を宿している。

(ああ、実に分かりやすい)

ダミアンは内心で嘲笑した。表情には一切出さず、むしろより一層慈愛に満ちた笑顔を作る。

「お褒めの言葉、恐縮です。しかし私は、ただ王家の一員としての責務を果たしているに過ぎません」

夜も更けた王宮の自室で、ダミアンは一人、鏡の前に座っていた。昼間の完璧な王子の面影は微塵もない。無表情で、瞳に感情の光は宿っていない。

「今日も実に...退屈だった」

つまらなそうに呟きながら、彼は日記帳を開く。そこに記されているのは、貴族たちの弱点、秘密、そして彼らを操るための詳細な計画だった。

エリザベス・ウィンチェスター


父親の借金問題を隠している

正義感が強く、弱者への同情心が異常に発達

利用価値:★★★★☆


ヴィクトリア・ハートウェル


美貌に自信を持つが、実は深いコンプレックスを抱える

承認欲求が強い

利用価値:★★★☆☆


「人間というのは、本当に単純な生き物だ」

ダミアンは冷笑を浮かべる。昼間、社交界で見せた慈愛に満ちた表情など、完全に作られた仮面に過ぎない。

(彼らの感情、恐怖、絶望...それらを操り、支配する時の快感。これ以上の娯楽があるだろうか?)

彼にとって、他者の感情は理解するものではなく、利用するものだった。良心の呵責など、生まれてから一度も感じたことがない。

翌日、王宮の庭園で、ダミアンは偶然を装って一人の侍従と出会った。ハロルド・グレイという、真面目で忠実な中年の男性だ。

「殿下、おはようございます」

「ああ、ハロルド。君こそ朝早くからご苦労様だ。体調は大丈夫かね?」

心配そうな表情を作りながら、ダミアンは侍従に歩み寄る。実は、彼は事前にハロルドの家庭事情を詳しく調べ上げていた。妻が重い病気を患い、高額な治療費に苦しんでいること。娘の結婚資金が足りないこと。そして何より、ハロルドが王家への忠誠心を何よりも重んじていることを。

「実は...」ダミアンは躊躇うような素振りを見せる。「君に頼みたいことがあるのだが」

「何なりと、殿下」

「兄上たちの動向を、密かに報告してもらいたいのだ。もちろん、これは王国の安全のため...」

ダミアンは声を潜める。まるで重大な国家機密を託すかのような演技だった。

「し、しかし殿下、それは...」

「分かっている。君の忠誠心を疑うようで申し訳ない。だが、最近兄上たちの周辺で怪しい動きがある。もしかすると、王国に害をなす者たちが...」

嘘八百だった。だが、ダミアンの演技は完璧だった。愛国心と忠誠心に満ちた表情、わずかに震える切実な声、そして「君にしか頼めない」という圧倒的な特別感。

ハロルドの瞳に迷いが浮かぶ。その瞬間、ダミアンは追い打ちをかけた。

「……奥方が病気だそうだね」

ハロルドはぎくりと肩を震わせた。どうして殿下がそんなことを知っているのか――瞬間、頭をよぎる疑念。しかし、王子の視線は鋭く、言葉の端々には命令と期待が入り混じっていた。自然と背筋が伸び、身構えずにはいられない圧力があった。

「聞き及んだことさ」

ダミアンは柔らかく微笑む。その笑みに潜む冷たさは、胸に突き刺さる刃のようだった。「君の苦労は、見過ごすわけにはいかない。治療費は私が援助しよう」

ハロルドの胸に、恐怖と畏怖、忠誠心、そしてわずかな希望が入り混じる。理性は声を失い、心の奥で抵抗しようとするが、王子の慈悲に満ちた言葉と、背後に潜む圧力の前に押し潰される。震える手、わずかに硬直した肩、熱を帯びた目元。思わず瞳に涙が浮かんだ。

「殿下…!」

小さく震える声に、感謝と恐怖、そして逃れられぬ従属感が混じる。反論する勇気は消え、ただ小さく頷くしかなかった。

心の奥で、ダミアンは計算通りの悦楽を噛みしめる。──すべてが自分の掌の上で踊る様を、彼は何度も反芻して微笑んだ。

「フフ……」小さく、だが確かな声で笑う。表情は慈愛に満ちている。だがその裏では、王宮すべてを支配するという壮大な計画の一歩が、静かに刻まれていた。

(人間の心理とは、本当に操りやすい。恐怖と感謝、忠誠心と裏切りの罪悪感……これらを巧妙に組み合わせれば、どんな人間でも意のままに動かせる)


────


その夜、王家の食堂で第一王子エドワードと第二王子リチャードとの会食が行われた。

「ダミアン、今日の慈善活動の件、素晴らしい演説だったそうだな」

エドワードが穏やかな笑顔で話しかける。彼は真面目で責任感が強く、将来の王としての器を備えた人物だった。まさに「完璧な王子」の理想像。

「兄さんこそ、軍事演習での指揮、見事だったと伺っております」

ダミアンは謙遜しながら答える。内心では、エドワードの「完璧さ」に対する嫌悪感が湧いていた。

(なぜこの男は、そんなに真面目に生きていられるのだろう?退屈ではないのか?)

「それにしても、ダミアン」第二王子リチャードが口を挟む。「君の人気ぶりは凄まじいな。社交界の令嬢たちは君の話で持ち切りだ」

「リチャード兄さんこそ、商業政策での手腕は目覚ましいものがあります」

表面上は和やかな会話。だが、ダミアンの頭の中では既に二人の兄を失脚させる計画が練られていた。

エドワードの弱点:完璧すぎるがゆえに、少しのヒビでも致命傷になる

リチャードの弱点:商人たちとの癒着の噂がある

(二人とも、思ったより脆い。特にエドワードは...正義感が強すぎる。それを逆手に取れば...)

「ところで」ダミアンが何気なく切り出す。「最近、民衆の間で兵士による略奪の噂があるようですが...」

エドワードの表情が曇る。「それは由々しき事態だ。すぐに調査を...」

「兄さんのお優しさが仇となっているのかもしれませんね。部下に甘すぎるのでは?」

わざと挑発的な言葉を選ぶ。エドワードの正義感と責任感を刺激するためだ。

「甘いだと...?」

「いえ、失礼しました。ただ、民衆の信頼を失っては...」

完璧な謝罪の表情を作りながら、ダミアンは内心で笑っていた。エドワードが感情的になり始めているのが分かる。

(この調子で少しずつ追い詰めていけば...)

深夜、再び自室でダミアンは一人考えを巡らせていた。

「明日は、ハロルドからの最初の報告が来る。エリザベス嬢とは慈善活動の打ち合わせ。そして夕方は...」

彼は手帳に詳細なスケジュールを書き込む。すべて計算されたもので、それぞれに明確な目的があった。

ふと、鏡に映る自分の顔を見つめる。

「私は神だ」

躊躇いもなく、そう断言した。

「喜び、悲しみ、愛情、哀れみ――俺はそれを理解しない。だが、感じないわけではない。

他人の心が揺れるのを見ると、時に興奮する。痛みも歓びも、俺の手に落ちた駒の動きの一部だ。

善も悪も、世界のルールも、俺にとっては指先で操るための手段に過ぎない。

感情は情報であり、武器であり、時に弱点――だが、俺はその強弱を使い分け、世界を自分の思い通りに動かす。」

神にとって、人間は将棋の駒に過ぎなかった。動かして楽しむもの、支配して快感を得るもの。それ以上でも以下でもない。

「だが、それで何の問題があるというのだ?」

ダミアンは薄く笑う。

「俺は俺らしく生きる。他者を支配し、操り、楽しみ、そして最終的に――この退屈な王国すべてを手に入れ、俺の色で塗り潰す。

喜びも悲しみも、善も悪も、すべては俺の掌の上の駒だ。」

窓の外に見える王都の夜景を眺めながら、彼は壮大な計画を胸に秘めていた。

「エドワード、リチャード...そして愚かな貴族たち。全員、神の掌で踊ってもらおう」


────


翌朝、王宮の廊下でダミアンは幼い侍女とすれ違った。彼女が重そうに水桶を運んでいるのを見て、自然に手を差し伸べる。

「大丈夫かい?手伝うよ。」

「あ、ありがとうございます、殿下!」

少女の瞳が輝く。純粋な感謝と憧憬の眼差し。

ダミアンは優しく微笑みながら水桶を持ち、少女と歩く。周囲の使用人たちからも温かい視線が注がれた。

「殿下は本当にお優しい方ですね」

「これくらい、当然のことだよ」

(お優しい?笑わせる。ゴミ虫の思考は分からんな。)

内心で嘲笑しながらも、表情は慈愛に満ちたまま。これが彼の完璧な仮面だった。

誰も気づかない。この美しい笑顔の奥に、純粋な悪意が潜んでいることを。

王宮に朝日が差し込み、新しい一日が幕を開ける。ダミアン・ラヴェンクロフトの、完璧な悪としての物語が、今始まろうとしていた。

本作をお読みいただき、ありがとうございます。

正直に告白すると、私はダミアンという人物が大嫌いです。

彼の冷徹さ、計算高さ、他者を操る残酷さ――読むたびにイラ立ちを覚えました。にもかかわらず、こうして物語を書き上げたのは、彼のような極端な存在を描くことで、人間の心理や欲望の奥深さを読者の皆さまに伝えたかったからです。

ちなみに、みなさんは彼が嫌いですか?

ダミアンを嫌いになれるということは、それだけ感情を揺さぶられた証拠です。恐怖や嫌悪、苛立ちも、物語を味わうための感情のひとつ。彼を通して描かれる人間の面白さや脆さを、少しでも感じ取っていただければ幸いです。

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