5.勇者のお仕事
(Side:清浄院琴子)
スマホをまた取り出してからプロフを表示し、名前のところを大きめに拡大後、
私はセネットさんに画面を向けます。
「どうでしょう、見えますか?
神様のウェルシュさんは、声も文字も自動翻訳されると仰ってくれましたけど、
セネットさんにも問題などございませんか」
「ああ、大丈夫だ。ファーストネームがあとで、ラストネームがさきなのも理解できる。
清浄院さんの自己紹介で音を聞いた時にも感じたが、
東方ルリ群島で用いられている言葉や文字にそっくりだ。
いや、我々の世界での話だな、すまない」
「いえ、私たちの国と似た文化がこちらの世界にもあるというのは、正直とても興味深いです。
その群島での風景や建築、美術なども知りたくはありますが、
まずはセネットさんたちのお国と暮らしに最優先で適応していきたいと思います。
勇者のお仕事なども含めて、色々お聞かせくださいね」
「承知した。では初めに、衣食住と文明的権利の確実な保証を伝えよう。
この世界レネアシャでは〝円和の律〟によって、
勇者に対する衣食住や諸々の権利は、
彼ら彼女らの所属する国家が率先して授与し、また約束すべしと定められている。
かつて神々と全国家の代表たちが共同で規定した、いわば絶対の法律に明示されたことだから、
どうか清浄院さんたちも安心して生活してほしい。
また、活用できる金額の程度もかなり裕福なものだ。
当国家、ウェルハート魔王国の場合は準男爵の平均月収が勇者各名へと毎月支給される。
よほどの贅沢を重ねなければ、日々の暮らしに困ることはないだろう」
――ふむふむ、ウェルシュさんからも少し聞いていた通り、
ほんとに〝暮らし向きとかも有利になる〟みたいです。
嬉しいしありがたいことですから是非ともお礼を伝えましょう、
それに暮らし向きと言えばセネットさんの身だしなみやお洋服、呼ばれたお部屋にデスク一式を見ても、
この国がかなり進んでて豊かだと理解できますし、
けして油断しないのとはまた別に、信頼や安心がますます深まります。
「お心遣いありがとうございます。
お陰様でこれからの暮らしに、素晴らしい希望と安心を抱くことができました」
「なによりだ。
清浄院さんが深く迅速に見聞きして、温かな判断を行ってくれたこともありがたい」
あ、その辺りも分かっちゃうんですね。
私がさーっと見て感じてたことまでバレちゃうなんて、やっぱりお強いかたです、流石です♪
嬉しくて気恥ずかしくてむずむずしますし、もう一回彼の内側を見たくてうずうずします、見ましょう。
ちょっと集中して目と肌で感じるのを広げて、セネットさんの本当をもっと見ます――すぐ見えました、優しい炎のあたたかさ、超高密度なほわぴかレッドっ、好きです♪
セネットさんは素敵です、ほんとの強さが一番ですけど今のお顔も、今のお体も格好良いです、お洋服も似合ってます。
彼のスーツはネイビーパープルの深み色、白ボタンはダブルで大きめ6点、かっちり華やかなマザーオブパール。
さらに目立つ装飾として左右首元、両上襟へそれぞれオーバルカットの薄いルビー、
澄んで明るいピジョンブラッドが横向き楕円で首沿い、さらり、きらぁり、広い赤光にはめ込まれています。
シャツはライトブルー、ネクタイは浅いマリンブルー基調に緑の差し色、
足元は赤系キャメル・レザーのドレスシューズ。
あとスーツの生地は伸びやかな感じで、きっと動きやすいストレッチ仕立てです。
良いですね、真面目でお強い軍人さんムードで、すなわちレネットさんにぴったりです♪
お部屋はモノトーンベースの現代西洋風で、黒系多めでも圧迫感控えめにスマートおしゃれな雰囲気です、
そこに黒大理石の執務机が一点、カチッと威厳を添えてくれています。
でもこれであとは、セネットさんの本当がひっそり隠れてなければ最高なのですけれど。
ぎゅっと綺麗なつよつよルビーを全部、もっときちんと見たいし感じたいんですっ、琴子は!
――あら、セネットさんがちょっと困った風に眉を下げちゃってます、
ちっちゃく遠慮がちでかわいらしいです、けどどうしたのでしょうか、心配です、あ、ぽつぽつって話してくれました。
「清浄院さん、貴女の感覚の広さと精密さ、そして分析速度は真に優秀だと確信できるが、
しかし申し訳ない、言いにくいのだがレネアシャにおいて他者の内面を無断で探ると、
相手によってはハラスメントと捉えられてしまうんだ。
私自身はそこまで気にはしないのだが、どうか今後は留意していただきたい」
「まあ。納得です、こちらこそすみませんでした」
え、あの、とっさに納得して謝りましたが、これ多分セネットさん気にしてるんじゃないでしょうか気遣い上手ですし丁寧なかたですし、
どうしましょう嫌われちゃったらイヤです、ちょっと私調子に乗りすぎたかもです、
だってセネットさんが強くてお綺麗で、それなのに隠してらしたから。いえ違います、言い訳はいけません、
もう見ないようにしなきゃぜったい、だめです。いえ、いいえ、それも違います。
そもそも私じゃないんです、セネットさんが嫌なのでしたら、しちゃ駄目です!
改めまして、お礼と決意を伝えさせていただきます。
「ご指摘をありがとうございました、節度を持った行動を心がけさせていただきます」
するとセネットさんは、ほっとしたように表情を緩めてくださりました。
「うん、良かった。
そこだけ納得してくれたのなら、あとは気負わず楽にしてほしい。
僅かに注意すべきかもと思っただけで、
清浄院さんの能力に対して感銘を受けたのは、まさに私の真実なんだ」
わっ、嬉しい……! ほんとのほんとに、優しくて素敵なかたですね!
「そうですか……! 重ね重ねありがとうございます、お褒めの言葉をいただき、とっても嬉しいです!」
――少々声がおっきくなっちゃいましたが、セネットさんは微笑そのままに呆れも表さず、
今も穏やかなお声、なめらかに硬い真摯さを聞かせてくれます。
「では落ち着いたところで、可能なら他のお二人も共に、勇者の職務を説明していきたい。
そして説明と並行して、貴女がた三人の能力や戦闘適正、恩寵なども確認させていただくつもりだ」
彼が視線を私の顔からスと外し、私たち全員を広く見渡しました。
「両隣のお二人は、今ご都合よろしいだろうか。
もしもまだ困惑が勝っているなら先に清浄院さんと話を進めておくので、
忌憚のない意見を聞かせていただきたい」
その言葉へ玲衣さんがさぱっと了承し、次いで遥さんも慌て気味ながら、同じく肯定で応じてくれます。
「ありがとう、もう平気よ。あとはじめまして、私はスポーツドクターをやってる雷切玲衣。
今から琴子と一緒に、セネットさんとの話し合いに参加させてもらうわ」
「あっ、はいっ、私も大丈夫ですっ。
元学生の葵遥です、セネットさん、どうかよろしくお願いしますっ」
対するセネットさんは浅く頷き、
「ああ、こちらこそよろしく頼む。
勇者の職務についてだが――」
静かなリズムの聞きやすい声で、さらさらと説明を始めてくれました。
……うん、分かりやすいです、的確でほどほどに端的で、私もやれることをやれそうな気がします。
あ、資料を端末で配ってくれるんですね、こちらの世界にもスマホっぽいのがあるとは驚きですし、
ちゃんと通信までできるなんてもっとびっくりです……〝端末の適応もベーシックスキルの一つ〟なんですね、
神様の恩寵とはまた別で、勇者みんなが共通でもらえるっていう……なるほどです、
この世界用にスマホの改良までしてもらえて、つくづくありがたい限りです。
玲衣さんはセネットさんに名前を見せてあげてます、
でも普通に送受信できるんでしたら、いっそプロフ交換はしないのでしょうか?
疑問に思った私がそう尋ねると、玲衣さんはなぜかちょっと呆れたようなお顔で、
「いや、あのね。そういうのは琴子からしなさいよ。
楽しそうに話してたしやたら焦ったりしてたし、気に入ったんでしょ? 彼のこと」
なんてことを言ってくれましたから、私はその、嬉しいですけどちょっと恥ずかしくなって、
ほっぺたも薄く桃に染まるのを感じながらせめておっきな元気の笑顔で、
「はい、もちろんです!♪」
強がって可愛く、声をきらきら輝かせました。自然に輝いちゃいました。
楽しくて浮き浮きしますけど、お見通されてるのがちょっとだけ、悔しいですっ。
――あ、でもセネットさんもちょっとだけお顔が赤くて、お揃いなのは気持ちふわふわして、しあわせ……です♪
セネットさんのお気持ちはともかく、お顔のおもてだけでも、今の琴子は十分です。
……すべてはもしも、お独り身でしたら、なのですけれど。
身を引く覚悟もしとかなきゃですね、どうにも、こうにも……。
◆◆◆◆◆◆
(Side:雷切玲衣)
琴子は嬉しそうな微笑みでプロフ交換をしているし、
相手のリオ・セネットも雰囲気真面目ながらそう嫌でもなさそうに見える。
お偉いさんなのに存外初心なのか、照れた緊張すら見出せてしまうくらい。
ただ彼が凄まじく強いだろうことは私でも推察できるし、
琴子が感情を純に高めた、烈な好意を持ってるのもよく分かる。
だって赤髪の彼は、琴子の抜きん出た感覚の広がりに自ずから気付いていた。
しかもそれがどれほどの絶技かも、ただしく把握していたらしい。
……〝貴女の感覚の広さと精密さ、そして分析速度は真に優秀だと確信できる〟か。
リオ・セネット個人に向けられた範囲内で、琴子のことをそこまで深く、早く理解するなんて、
凄いし驚きだし、なんかずるい。いや彼の実力だし全然ずるくはないけど、
琴子との付き合いは友達で、先輩な私のが長いのに。
でも彼が強くて凄くて、今のとこ人格者なのは疑いない。
もしフリーな未婚者だったなら、いつか琴子を任せても、まあ、いいかも……しれない。でもめっちゃあら探ししてやりたい。じゃなくてもとい、そんなコトしたら琴子が悲しむし怒るだろうし論外、琴子が本気ではしゃいだり焦ったり喜んだりできる相手なんだから、沢山応援してあげないとっ。
そもそも琴子はあそこまでの高身長と大きな体格という〝女にしては他と違いすぎる要素〟を生来持って育ちつつ、
さらには抜群の美貌に知性に身体能力、あと秀でた実家まで具えながら、
なみいる差別の予兆や嫉妬や敵意をさらっとさくっと未然にかわして、逆に味方につけてきた永劫トップのお嬢様。
ものやわらかで隙のない素直さ、優しさ、美しさ、判断力実行力演技力で、
幼少時から現年齢に至るまで人と状況のコントロールを全て、快く自由自在にしてきたスーパーレディなのだから、
つい先ほどリオ・セネットに注意された時の焦りや、
その後に認めてもらえた時のはしゃぎっぷり、気遣いや演技のなくなった純な喜びは、
もう本当に特別なことなのだ。
もうずっと見なかった真心とも言える。琴子はそも手抜きや諦めとは無縁だけれど、妥協はずっとしてたから。
今やっと、希望を取り戻してくれて、悔しいけどすっごく良かった!
――琴子の本当の明るさと楽しさ、そして強さと可愛さへ、リオ・セネットなら自然に手を伸ばして繋いでくれるかも。
見たいからやっぱり応援するわね、琴子っ!
でまあ、最重要事項は琴子……と赤髪真面目の色男、リオ・セネットのことだけど、
彼から話に聞いたり資料で読めた勇者の仕事が少々策略めいてて気になるわね。
私達の世界にある文化や文明、技術についてを、可能な限り共有してほしい、って。
地球の歴史の尊さとか重みとか、個々人の権利やプライドまでガン無視してるし、
大分そっち、レネアシャに都合良すぎない? なんか。いっそ腹立たしいとも言えるわね。
というかこの部屋のムードとかリオ・セネットのファッションとかも地球の現代文化に近いし……〝結構発展してる〟って確かあの神様、ブランドン・ウェルシュも言ってたわね。気になるわ。
じゃあひょっとして勇者って私たちが初めてでもなくて、
世界間の転生とか転移を利用することでずっと地球の色々を盗んできたんじゃないコレ、この世界全体が。むかつく。
むかつくけど、一応……国家や世界の運営というのはキレイ事ばかりじゃ立ち行かないかもだし、
私たち勇者個人については相当に便宜を図ってくれてるし、じゃあひとまずはナアナアで行くしかない、かな。
……でも私、しかもというか、もう〝スポーツドクター〟って言っちゃったのよね。
これ絶対医療技術を教えろって要求が来るわね、しまったわマジで。あーどうしよ……もうせいぜい高く売り込んで、技術を粗末にされないよう取り計らうしか……患者さんには全然罪とかないし、そんな感じに考えてくべきね、私の心身を持ち崩さないためにも。
医者として、せめて自分から健康でいましょう、うん。
あでも、私もし琴子がリオ・セネットとかその他に、〝格闘技術や強さの秘密を教えろ〟とか命令されたらキレるかも、てか絶対ヤダ、キレる。命令じゃなくてお願いでもキレる。ほんと頼むわよリオ・セネット、琴子はあなたのこと気に入ってるんだから。
っと、その彼いわく、次は恩寵や能力の話に移る、か。
ふうん、〝勇者である貴女達が積極的に戦う必要はないが、もしもの事態に備えるためだ〟ね。
じゃあ消極的なもしも、は有り有りなのかもね、勇者って響きがそもそもアレだし、戦えお前ら、みたいなカンジだし……ブランドン・ウェルシュの話も聞き方によっては、〝後ろからサポートはしてね、イコール戦えよあんたら〟って趣旨だったもの。
あんまり信頼はできないけど、ココで生きてく信用を得るたまには全部伝え尽くすしかないし……リオ・セネットの軍高官って立場からしても彼、根掘り葉掘り聞いてくるでしょうし。
ほんともう……この世界、結構注意しとかなきゃ駄目ね。
あとブランドン・ウェルシュ、あなた〝この世界めちゃ楽しい〟的なこと言ってたけど、それだけはマジ本当なんでしょうね!? 私も遥さんもだけど、琴子が楽しみにしてたし、そう今も、リオ・セネットに大期待してるのよ!?
――恋愛の意味でも、強さでも! リオ・セネットが付き合いフリーじゃなかったら別のいい男とか保証とか……いや恋愛に保証とか無いけど、琴子には幸せになってほしいから……だからっ、私だってもっと頑張らないと!
医者の技術を売り込めば割となんとかなるでしょ。うん。
地球の人類と歴史には、まあその、ホントごめんなさい。