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32.夕暮れ時の証言者

(Side:雷切玲衣)



 琴子とセネットさんを見送ってから、私と遥さんはスーツの張った大柄ハンサム、

 でも熊耳と熊尻尾はもふっとキュートなジェイコブ・ウォールさんに、少し見上げる感じで向き直って、

 まず私の方から訊いてみた――話すこともやることも結構あるし、ちょっと急ぐくらいが良さそうだし。


「じゃウォールさん、貴方は参考人として呼ばれたということですが、

 それは今しがたの情報が本当だって示してくれる、みたいな意味合いでしょうか。

 もしこの認識で合っていましたら早速お話を伺いたいのですけど、大丈夫ですか?」


 当の彼は表情も声もまだちょっと硬めに、今の服装みたくパツッと答えてくれた。


「ハイもちろン、俺もそのつもりで来てましたからまッたく大丈夫です、始めます。

 あとあの、もし話しやすいとかあったら雷切さんたちの敬語とかはどっちでもいいです、

 俺はこのままで喋りますけど、ほんとお気遣いなくラクにしてください」


「あそう? ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 軽く遥さんを見て、端的に尋ねる。


「遥さんはどうする? 優しいこと言ってくれたけど」


「あ、はい私は、そのままで――いえ、そのままがいいですっ」


 律儀に声を上げ直してから、遥さんはウォールさんの高い目元をまた、くぃ、と見て続ける。


「私の方は、このまま敬語でお願いします」


 ウォールさんは小さく頷きつつ、


「分かりました、お答えありがとうです」


 そう言ってくれてから眉をピと上げて固めて、意気込んだように太い声を継いだ。


「では、長めの話になるかもしれンのですが、ゆっくり聞いてくれると嬉しいです。

 俺はすいませン、話すのは苦手な方なんで、

 もし分かりにくいトコとかあったら、途中でもイツでも質問してください。頭には入ってるンで、言い直しますから。


 それで最初の証言は、ケネス・クレイグ陛下が秘密に持ってる能力たちの補足からです、

 本来あの三つは、水牛の大力(たいりき)蜥蜴(とかげ)の治癒、(わし)の高速って呼ばれてて、

 それぞれの部族長にずっと受け継がれていってたもンでした――」



 ウォールさんの語りはじっくりペースにハキハキとしてるから、まだ良く知らない世界の話でも聞きやすかった。

 自然な親切が、とてもありがたかった。



 ◆◆◆◆◆◆



(Side:ジェイコブ・ウォール)



 ――部族長はどこも獣人の世襲制で、大体50年から60年ごとに、

 同時代で最も優れた子孫へ()が渡されます。


 かつてはその引退式兼、任命式のときに、件の能力も一緒に贈られてたわけです。

 先の族長は能力を失いますから、後継者が代わって大切に活用していってました。


 あ、(おさ)の獣人ってのはさっき言った種族です、毛や鱗や羽の色合いから、

 青黒(せいこく)の水牛、灰白(かいはく)の蜥蜴、夜明けの鷲って呼ばれてます、

 夜明けってのは白黒のツーカラーを、なんかおしゃれに言ってる感じです。女性が強い種族ですしね。


 え? ……あ、ハイ、雷切さんよく分かりましたね、確かに鉤爪も握力もすごい強いです彼女ら。

 ただそっちは純粋に身体的な特徴や能力なンで、陛下に奪われずに済んだ感じです。


 いえ、元々は大力、治癒、高速も、卓越した一個人の心身に会得(えとく)されてる、自己とおんなじなもンだったそうですが、

 部族のさらなる繁栄のために自己と切り離し可能なスキルに変化させたんです。

 スキル継承を最初にし始めたのは灰白の蜥蜴族で、そのあと青黒の水牛、夜明けの鷲の順に真似ていきました。


 勿論セキュリティも掛けてたって言うか、受け継ぐには本来複雑な段取りでの儀式が必要なンですが、

 ケネス陛下はあれでめちゃ魔法やスキル使(づか)いが器用ってか、建国の魔王様だけあってそりゃもう、強くて。

 セネット閣下と協力することで、全部奪い取るまでに至っちまったんです。


 ただ、陛下がソレ実行したのは大分最近で、たった15年前のことでしたから、

 先にあの、やられた理由から(はな)していきます。


 雷切さんたちは今日の午後に、ケネス陛下の建国伝説をマシュー殿下からお伝えされた、と聞いています。


 殿下の語り具合は今出てる伝記本、あ、魔王国内での流通です、それとほぼ一緒ってか、

 むしろもっと美化同情しまくった感じだったそうですが、現実の歴史は大幅に違います。

 いや全てが嘘ってワケじゃないですけど、でも違います。ヒドく違います。


 俺はまだ251歳の若輩ですが、それでも灰白の蜥蜴族の一員として、昔っからのひとたちに直接聞いてますし、

 もう無いけど日記とか記録書とか、歴史の読み比べも沢山しました、勉強は嫌いだったけどさせられました、

 アッじゃなくて、まあその、灰白の蜥蜴族は凄い賢いひと多いンです、だから俺も強制でした、勉強。

 あの今ではモチ感謝してますよ! 勿論ッ!


 ――すいません、ハナシ逸れました。

 俺とかサミュエルとかが読んでた歴史の文書(ぶんしょ)は、雷に焼かれてなンもかも消されちまいましたから、

 ほんと頭の中の証言をするしかないですけど、あったことをそのまンま、伝えます。


 あッ、それとあの調べたら分かることですが、

 ケネス陛下は焼きたい時、消したい時には、炎よりも雷をしょっちゅう使います、陛下ドライアドだから炎には抵抗あンのかもしれません、

 とにかく決闘では雷にも気ィ付けてください、速いし、ほんとスグ焼き消してきますよ。


 ……はい、あっマフレメモ、どうもありがとうございます。

 えスマホ? 地球だとそう言うンですね、なるほどです。


 あ、続きですが、陛下が生まれる以前のこの土地では実際、どこの部族同士でも、みんな協力し合ってました。

 観点にもよりますけど、今より仲良かった面も結構、多くあります。


 自然とかモンスターとかで荒れがちだったのはマジにホントですし、

 我の強いひとが多いのも事実ですが、

 でも荒れてきっつい土地だからこそ、色々な不満とかぶん殴りたさとかそこグッと(こら)えて暮らしてたんです、それよりも良いトコ探しをしていってました。

 出来るだけ褒めて認めて、仲良くして。もうみんながそうです。生きてくためですからね、俺も両親や上のひとにめっちゃ、教えられました。


 特に夜明けの鷲族なんて気性苛烈(きしょうかれつ)な切り裂き引っ掴み(おんな)、アすいません失言です! ほんとすいません、

 えっとその、夜明けの鷲族ですが、すぐ怒りがちな女性が多かったし怖かったですけど、

 そこも四方八方と助けたり助け返したりしてましたし、俺たちとだってごく穏当に付き合ってました。


 あったのは私的ないざこざ、よくあるケンカごとくらいでしたが、

 それは当人のいずれかが痛い目見るくらいで直ぐおさまります、紛争や戦争なんてとんでもないです。


 実体験で言うなら、今以上に馬鹿なガキだった俺がヤバい激しい切りさ――いえあの、キレイだけど怒りっぽい女の子に左ヒジをザクゥッ、て握り潰された時も、

 俺が泣いて同族の大人に叱られて治してもらって、

 女の子もあっちの同族さんに叱られて叩かれて、それで終わりです。解決です。

 せいぜい俺とミミとの(あいだ)に、軽い遺恨や縁故が残ったくらいです、あ、ミミってのはその女の子の名前です。

 今はまあ――大人ですね、俺もミミも、一応。すいません、私事(しじ)はここまでにします、戻します。


 各部族ですが、ピンチを助けるのとか交易とか、借りを作り過ぎない返し合いの他には、

 伝統とか好きなやり方への口出しとかお節介も極力しないようにしてました。


 それがよっぽど危なかったり、めっちゃ損してそうな場合はまた別ですが、

 日々の暮らし方、落ち着き方は部族ごとにマジ色々ですから、そこをきちんと分かり合ってた感じです。


 あと部族の長とかその周辺は、少しだけ贅沢してました。

 チョットでも贅沢できると嬉しいし、みんなの目標にもなりますからね。

 いつかそこに昇ってみたいから、そのためにもっと頑張ろう、って。


 繰り返しになりますけど、この土地は我の強いひとが多いンで、

 贅沢も適度にやってったり、見せてったりするほうが合うんです、

 なんというかこう、生き方や気質にピタッと来る感じです。


 まあ結果としては、開拓の大義に使われちまいましたが。

 開拓ってなンかイイ言葉――概念? ですか? ソレっぽいですけど、この土地だと暴力や殺戮も押し寄せてきました。

 あのちょっと、雷切さんたちに質問なンですが、地球だとどんなモンなんでしょうか、開拓って。


 ……ハイ、なるほどです、やっぱりって言うんでしょうか、どこもそうなンですね。

 苦労があるんですね、どこの世界にも……え? はい……はい、確かに、その通りですね。

 悲しみも苦しみも実際にあったことだから、俺も頑張って伝え続けて、せめて繰り返しは防がないと、ですね。

 雷切さん、ありがとうございます――エッ、いやあのッ、頭下げないでくださいッ、ごめんなさいってソレこっちです、なンか八つ当たりみたいに訊いたみたいなモンですし! 雷切さんが偉そうとか出すぎたコトとか、そんなのは絶ッ対、無いですよ! 全然ッ、絶ッ対、ですからッ! え、あっすみません、落ち着きます――ました、続き言いますね、はい。


 し放題に開拓していったケネス陛下が魔法で緑化とか治水とか、土地の環境改善もおこなってくれたのは確かです。

 ただ当然というか、陛下が最優先に出向いたのはご自分に早いトコ従った奴の集まる地域でした。

 その地域ってのは陛下のごく近辺です、裏切り者がおべっか言いまくる場所です。まあ今と一緒ですね、嫌なのが続いてます。ほんとに嫌です。


 ――え? いえ、部族としての早期降伏は(ひと)ッつもありませんでした。

 みんなギリギリまで交渉したり、守ったり、戦ったりして、

 変化や改革に伴う被害を少しでも緩和させようとしてました。


 今まで上手くやってたことを無理に変えたら、

 どうしても付いてけないひとや、取り残される地域が出ちまいますからね。

 ろくに食えなくなったり、嫌な差が出たり、心や体がジクジク病んだり、

 そりゃ山ほどの残酷が出てきちまいますから、どうにか穏当に回避していかなきゃなりません。


 変えるのは慎重に、丁寧にやって、乗り遅れるひとを少しでも減らしていくべきです、

 俺は昔も今もそう思います、信じてます。

 ただ、もし上手くやれてなかったらまた別かもですが、それでも被害は少ない方が()いです、

 嫌に悲しいのは、みんな喜びませんよ。


 でも、それはみんな分かってましたけど、怖いものは怖いです。

 死ぬような力に脅しつけられるのは、誰だってとてつもなく怖いです。


 つまりどうしても、むかつくけど仕方なくって、怖いから怯えて寝返る奴は居ました、

 裏切り者が陛下にびくびく従って、怖がりの笑顔でおべっか言って、

 それを陛下が成功だとか、よい繁栄だとか思うんです、だからもっとひどい無理強いをするんです。


 どの部族でも交渉に付いてけないひと、我慢できないひとがどんどん増えていきました。


 そんなひとたちが何をするかって、それは決まってます、戦いです。

 だけど陛下は強いから、勝てないから、戦ったひとたちは死んで消えちゃいました。

 消えるんです、弔いも満足にできません。ちりになるか、緑化の養分にされました。

 もし傷ありでも死体が残れば、植物の肥料として吸われちまうんです、でも敵すらも美しい森に変えてみんなのために役立ててくれるからこれは陛下の偉業らしいです、これも陛下の偉業らしいです、今だとみんなそうなっています、歴史も風評も書物もぜんぶです。


 ――あ、いえ、お気遣いありがとうございます、大丈夫です、ほんと俺、ちゃんと言わなきゃですから。すみません、お陰様でまだ言えます、大丈夫です――はい、ほんとです。無理はないです、はい。じゃあ、あの、言いますね、続き。


 陛下の怖さが知れ渡っていくにつれて、開拓のスピードはどんどん増して行きました。


 青黒の水牛族、灰白の蜥蜴族、夜明けの鷲族も協力して頑張ってました、全部族の中でも屈指に有力でしたし、

 どうにか頑張らなきゃいけない、踏ん張らなきゃいけないってみんな信じてました、

 有力だから()い思いしてきた恩返しとか、意地とか、根性とか、あれそれの理由も手段も全部使って、

 せめて犠牲を減らしたかったんです。

 必ず作られるだろう統一国家とやらを、未来を、あとちょっとでもまともにしたかったんです。


 時間稼ぎの足止めに夜明けの鷲族が戦って、交渉を他の二族が担いました。

 だから今、夜明けの鷲族はもうほんの少ししか、ひとが居ません。まだ若いミミが(おさ)をやってます。

 けど、だからこそ、交渉はどうにかプラスっぽい妥協点に行けました。

 それはたぶん、俺たちにとってはきっとよかったことなんですが、陛下にとっては屈辱とか苦戦とか、悪くて嫌なことだったみたいです。

 協力して頑張った三族は、今は反骨の三族、ってひとまとめに呼ばれます。嘲りの、蔑称ですね。考えたのは裏切り者で、陛下はそこそこ、ご満悦だったみたいです。今もでしょうか? 分かんないけど、どっちでもすごい嫌ですね。


 ただ、陛下は俺たちを馬鹿にするだけじゃ恨みを晴らしきれなかったみたいです。

 それが俺たちにも分かったのはセネット閣下が来てからのことで、

 まあ、当の閣下がめっちゃめちゃ強いからこそもっと復讐できる、って考えられたんでしょうね。


 セネット閣下を決闘担当、ケネス陛下を魔法の強制儀式担当として、

 鷲の高速、蜥蜴の治癒、水牛の大力、の順で次々に奪われました。


 能力を受け継いだ当代の長をセネット閣下がスキルで()って、手脚で()って、死ぬ間際まで器用に痛めつけてそれで、あ、器用に、ってのは能力と長との繋がりを弱めまくるってことです、

 セネット閣下はそんなのも出来るくらいに強いんです、優しいのに怖いひとです。


 だからなンもかも苦しい決闘で、死にかけて、長自身も能力の保持も弱まりきったところへ、陛下が魔法を発動して奪います。

 さっきも言いましたけど、件の能力が受け継ぐもの、長とは別のものであって、

 同じ存在じゃないから奪われちまったわけです。

 やり方の良かれ悪かれの(うち)、僅かな悪かれ、の隙を突かれたみたいなもンです。

 ただ現代の俺たちが後悔してもどうしようもないし、過去の族長だって間違いはなかったと思います、でも今は清浄院さんに申し訳ないばかりです。俺たちの流れとかみんなの生きるためで、決闘に不利を積んじまってすみません、清浄院さんにも雷切さんたちにも、怖いのや苦労をお掛けしちまいます。


 お願いします、ほんとに、勝って生き抜いてください。


 セネット閣下も言ってましたけど、強かったし役に立ってた能力ですし、

 だから敵に回すと戦いの全ての時がヤバくて、危険過ぎるンで、どうか気を付けて決闘してください。

 あ、すいませんお二人に言うんじゃなくて、えっと、清浄院さんご本人に改めて伝えといてくれたら嬉しいです。


 それとあの、証言はここまでになりますから、ご質問やご相談があったら答えます。

 出来るのはなんだってしますし、思って言ってみるンで、清浄院さんが勝ちに行ける要素がもっと増えてほしいです。

 清浄院さんが安全になるまで、勝ちを高められたら一番()いです。


 雷切さん、葵さん、話すのを親切に聞いてくださって、

 俺が取り乱しちまったら気遣いまでいただけて、本当にありがとうございました。



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