25.琴子は、強くなりたいです(二)
さて、当の夢ですが、
その日ベッドのお布団で眠って、身と心が夢の中に移りましたら、
目の前に私自身がもう一人居ました、ほんの70センチくらいだけ離れてお互い立って、私と向かい合うもう一人の私も11か月目当時の体と顔で、全く同じ身長体重に筋肉、強さに力に元気に溢れて、パジャマの薄手ホワイトまでお揃いでした。
もう一人の私自身を見て、幼い私はちょっとびっくりしましたが、でも『一緒の私がまた別に居るけど、夢だからこんなこともあるんだ』って、
何となくするりと納得できました。
今が夢であることも分かったし、相手が確実に私自身なのも同じく分かった、という感じです。
私は淡くどきどきしながら、『でもここはどこでしょう、夢だけど場所のかたちはあるのでしょうか、あった方が歩いたり動いたりしやすくて嬉しいです』みたいに思って、首と視線で周囲をサワッと見渡しました。
すると私たち、私ともう一人の私が今居る場所はトレーニングルームのいつも使っている一角、幼い私でも持てる6キロのダンベルや、108センチの背丈に合ったルームランナー、厚め柔らかめなストレッチマットなどが並んで置かれた、私専用のとこだとすぐ確認できました。
ですが、相手から目を離したのがいけませんでした。すごくいけませんでした。
私はその時、周りを見るために首を右から左に軽く振っていたのですが、左からまた正面へ首を戻そうとした瞬間に相手の左手の平が私の首周りを前からきゅ、と掴みました、
喉元から首の左右奥までゆるくなめらかな力を丁寧に込めて、私をいつでも殺せる覚悟と意志をそっと静かに確実に、十全に理解させてくれるやり方です。良く知ってる私のやわらか元気な左手の平が、向かい合わせなので右からですが、私を美しく殺しに来ておりました。殺して倒す、を絶対の未来と見据えた、完全なる制圧を受けたのです。
だから私はもう、なにひとつ動けませんでした。
殺されるのが、終わってしまうのが怖くて悲しくて、でももう自分ではどうしようもなくて相手の慈悲にすがるしかなくてそれがまた情けなくて恥ずかしくて、悲しくて、私の手足体も首も視線もぜんぶ止まってしまいました、ぜんぶ止めざるを得ませんでした。
ただ、幸いと言うべきでしょうか、相手さん、もう一人の私は1秒も経たない内に、私に声を掛けてくれました。
それは実際に殺すのとはちょっとかけ離れた、厳しく鼓舞してくれる風な残念さがこもったものでした。
声の色味もやっぱり私と同じで、内容は粛々と、こんな感じです――
「本心から闘いたいのに、すぐに油断するんですね。
殺されてしまっては、おしまいです。殺してしまっても、相手をおしまいにします。
そんなよくないことを沢山、いっぱいに望んでおいて、覚悟もできていてなお、本物の私は油断しました。
いくら一緒の私が相手でも、あまりに失礼ではないですか?」
――とても真っ直ぐな正論です。だからこそ、教えてもらった私はまた凄く恥ずかしくなりました。
もっときちんとしなくちゃいけないって思えて、怖くて悲しいドキドキの中に私自身の駄目さをやっつけたい気持ち、相手じゃない私自身に勝ちたい気持ちが熱く潤んでとくとくきゅわっ! ていーっぱい湧き上がってきて、殺されるよりも頑張れるから、首と肩に力を、きゅむぐっ! と込めて簡単には潰されないようにして、目線を顔と首ごと真剣に、正面に立つもう一人の私へ、すくっ! と一気に振り向けました、私の首は全然無事なやわらかみに包まれたままで、つまり殺されるどころか追加の攻撃すら受けませんでした、もう一人の私からの優しさで、私は元気に生きられていました。
きちんと見えたもう一人の私は今目の前40センチの間近で楚々と誠実、キリリお美しい真顔を決めていて、それがもう格好良くて綺麗でしたから、私自身も絶対そうありたいと感じて、顔色と声を精一杯、かちすくっ! と整えました、私自身に勝つためのお礼もそのまま、すぱっ! と言えました。
「ごめんなさい、もっと頑張ります」
って、もう一人の私に伝えました、のですが、でも私の心構えはまだ失敗で、未熟の多すぎるものでしたから、
そこをもう一人の私から、今も同じ厳しさと優しさで静かな光と諭されました、ましろましろの大粒雪に細く淡い日差しが、凛とあたたかく透き通るようでした、やっぱり格好良かったです!♪ あ、お言葉はこんな内容です、
「それは本物の私だけのためですね。
私自身がまず成長することは確かに最も大切ですが、
こちらの私へのありがとうとごめんなさいを感じてない、分かってないのはいけません。
殺されずに加減されて救われたからこそ、私自身はまだ成長できるのですよ。
負けても生きられるのは素晴らしく嬉しいことで、相手の優しさにはありがとうを感じるべきです。
そして殺されることは即ち、相手に殺させてしまうことでもあります。私の死を背負わせてしまうのです。
どうあってもよくないことですし、死ねばごめんなさい、と感じることを、死ぬぎりぎりまで忘れてはいけません。
最後に、繰り返しになりますが、勝負で油断するのは不敬の極み、失礼の極みです。
先にもそう伝えておいたのに、あなたはまだ自分のことばかり。率直に言って、とても悪い様です。
私自身が私以外、れっきとした相手と勝負するならば、相手をきちんと見なくてはいけません。
全力で感じ取りながら、全力で対応しなくてはなりません。それが勝負の攻防です、私自身なら分かっているでしょう?
なのに本物の私は先ほどからずっと、私自身の心配と希望だけを感じて、相手をまるで見て感じてはいませんでした。
そんなのは本当に駄目ですし、絶対によくないことです。
ただ、まあ、私自身も初めて肉薄した死ですから、きちんとした振る舞いが出来なくてもある程度は仕方がないです。
まずは何よりも私自身の生存と希望、未来への成長を大切にすることは正解も正解、大正解ですしね。
ただ――」
と、言いかけた時にもう一人の私は、私自身の首元からやわらかな左手をすぅふ、って離してくれて、雪と日差しの静かな純情へ、さらに強気を込めて微笑んでくれました、早咲き白梅の花びらが風に流れて、さらりふわりと撫でてくれるようでした。
美しくも凛々しい、格好良いもう一人の私は小さな薄唇をまたそっと開いて、私自身が全てに勝てる確かな信頼をくれました。
「――私なら、私自身ならもっともっと強くきちんと振る舞えます。
私自身も見て、相手のかたも見て、最高の勝負が必ず出来ます。
それも分かっているでしょう。本物の私、清浄院琴子」