23.魔王さんのしたいこと
(Side:清浄院琴子)
マシューさんに物語のお礼、ありがとうの言葉を伝えてから、
私は続けて思いついた事柄――悪い元神が来る前にこっちから攻め込んでやっつけたい意と、
あとその戦闘が明日以降なら、私も成長次第、強さ次第で参加したい意を述べました。
するとマシューさんは少し眉下げ、困ったようなお顔で〝直接の戦闘はとても危ないし、無理なんかしなくて良いという旨〟を返してくれて、
さらに二つ隣のセネットさんが、同じく制止のキッチリ丁寧な言葉と、
より硬く、もっと興味深い次の声をくれました。
「――敵本拠地への先制攻撃は私も是非すべきだと考えていたが、しかし清浄院さんたちが参加するのは反対だ。
繰り返すが、レネアシャにもまだ慣れていない、しかも従軍経験すらない人々には、
戦場はあまりにも危険過ぎるからな。
なので清浄院さんたちは、遠く離れた位置からの援護に徹してほしい。
敵本拠地は私なら感知できる、というより既に当たりは付けているから、
直接戦闘はどうか私たちに任せてほしい。
いや、初期の突入を私一個人で実行した上で、そのまま全敵勢力を殲滅するつもりだ。
成功の見込みは十全にあるし、私個人で行うのが最も安全性が高い。
敵との攻防、特に私からの攻撃に、味方の誰をも巻き込まないからだ――当然、清浄院さんたちの安全も含めてだ。
私以外の魔王軍は国土と国民を防衛し、また、万が一の際における予備突入部隊、すなわち私への援軍となる。
ただ、私の存在に誓って、後者の任務には断じて移行させないがな。
16年前の戦役同様、私はもう生まれたばかりではないのだ。不覚は取らない。絶対に、だ」
しかと聞こえた低くも熱い美声には、
セネットさんの凄まじい強さとそこから来る自信、必ず勝つという覚悟に決意、
そしてちりちり焼け付くような悔しさと敵愾心が伺えました、当初封印されてたのを〝不覚〟とお考えなのでしょうか、
もしそうなら本当に、セネットさんの過去には何があったのでしょうか。
すごくこだわられているみたいですし心配です、
セネットさんこそ身の安全を考慮して、どうか無理筋な戦いはしないでほしいです――〝成功の見込みは十全〟とのことですし、何より本職の軍人さんたちがGOサインを出した作戦ですから、きっと大丈夫、だとは思います、でも不慮の事態ばかりなのが戦場で、戦争です、重大な危険が迫ったなら即座に、直ぐに、援軍を頼ってほしいです……!
渦巻く思いをざっと纏めた私が、素人ながらセネットさんに〝安全第一の色々〟をお伝えしようとした時――彼の言い終わりから一瞬を待たずに、ケネスさんがそちらへ横目を流しつつ、少々早口にスパスパ声掛けました。
「リオ、喋り過ぎだ。もう決まったことだが、勇者たちに説明してやることでもない。
勇者のサポートなんて敵本拠地にはどうあっても届かない程度のもんで、
だったらリオには関係無いことだ。
ついでに言っちまうと、元神との決戦そのものにもな。ほぼ関係無い。
勇者が決戦で役に立つなんて、どうせホンのちっぽけなトコだけだ。
終わらせるのは全部リオだしよ、リオ以外へのサポートなんてどうやって評価できンだ? 無理だろ。ショボ過ぎる、僅かで、皆無だ。
だからな、リオ。あと勇者全員」
と言ってケネスさんは、また正面に深緑の視線をツイギラ、と移して光らせました、
少し細めた大ツリ目で私を睨むように、鬱陶しそうに見ています――どうも前提として〝勇者たちが弱すぎるせいで戦争には邪魔っぽい〟、というのが来てるみたいですし、
私たちがこの世界で今日寝て、明日朝起きての成長次第ではもしかしたら考え直してくれるかも? ですけど、
まあ今はケネスさんの意見を聞きましょう、ここからは私たち三人、特に私へ主張したい雰囲気ですし、尚更きちんと受け止めてみないとです、彼の薄く冷えたリップから、夜の枯れ木に野火が回ったようなカツカツの声が吹かれてます。
「地球人の役目は他のがメインだよ。知識と技術と文化文明の譲渡だ。
まァ美味しいトコはもう大分、レネアシャ全体で取っちまえてはいるんだが、
どうせなら俺と魔王国専用のが欲しい。で、それこそが今日の本題でもある――聞けよ、
勇者ってのはレネアシャの共有財産だけどな、俺は縛りを越えて独占したいんだ。
だからな、俺は考えた。地球で公に広まってる技術とかじゃなくて、
一個人だけが持つ特殊な技術なら、俺と魔王国だけの物にして何ら問題なかろうよ、ってな。
それに今は都合が良いんだ、来た勇者に腕利きらしい医者と、ソルジャー2位3位に勝った格闘家が居るからな。
ただ玲衣に関しては、特別に知ってたのが診察や治し方のつまんねー要領だけでマジに拍子抜けしたよ。
地球側では既に広めてるらしくて希少価値も何も無い、一応魔王国でも医者たちに周知させるが、でもあンまいらねーよ。
魔王国には治癒魔法だってあるのに、非魔法医療のしかもちょっとした要領って狭過ぎのマニアック過ぎるだろ、笑えねー。
しかも玲衣は医者の事だとなんにも隠してなかったし、特異な技術ってのは本気でコレだけだったからな。
尋問魔法で、偽りナシの正直、って出たから間違いない。ホント残念だけどよ」
――玲衣さんに勝手な失礼を、怪我病気を防ぐコツや治しやすいコツの意義すら知らない出鱈目を言われて内心むかむかしていたら、さらに聞きのがせない単語が出てきました、
尋問魔法って絶対危ない気がします!
玲衣さんが心配なのと、ケネスさんにそうされた怒りとで気持ちがかなり沸騰、トワトワしつつも表情は穏やかな真顔を保って、
なるべく落ち着いて問いかけようとした時、
先んじてセネットさんがキツめに硬い雰囲気で、ケネスさんへと少し焦った声を、
薄曇りの原石みたいにガチリ、と発しました。
「恐れ入りますが、少しお話をお待ちください。
ケネス陛下、勇者である雷切さんに尋問魔法を行使したことは、
陛下と魔王国にとって非常な危うさを招くかもしれない、と考慮致します。
私も陛下もご存知であるように、
魔王国でもレネアシャ全土でも、円和の律、すなわち神々と全国家の代表による合意によって、
勇者の身と心を尊重しない行為は基本的に禁じられているからです。
例外は勇者がレネアシャの環境や人民に対して見過ごせないほどの被害を与えた時のみですが、
雷切さんがそのような愚行に至ったとは到底思えません。
ケネス陛下、せめて雷切さんの同意は取れていたのでしょうか?」
――セネットさんがご意見を示してくれましたし、今は会話の流れを見聞きします。
ただ私としては魔法を掛けられた玲衣さんが安全なのか、
お体やお心がご無事で済んだのかがどうしても気になりますから、そこをあとから尋ねたく思います。
話の中心人物、ケネスさんは幾分鬱陶しそうに、
そして微かな目のゆらぎ、寂しさと不満を表しながらセネットさんへ答えてます。
「リオ、敬語やめろ。オフと同じに話せ。
あとな、魔法の安全性も説明したし実際俺がやるから安全でしかないし、
やっていいだろ、って確認も取ったよ、カクジツに。
そンで玲衣がちゃァんと納得したから、俺が直々に尋問魔法を掛けたんだ。
第一な、強制意識伝達魔法で無理矢理に、記憶や情報を見て奪ったワケでもあるまいし、
リオが不安に考えすぎなんだよ。
俺だってブランたちを敵に回したくはないしな。
今の神々は一個一個が俺並みか少し下くらいで、まァそりゃ強力だ、分かるだろ?
で、話戻していいか、リオ。あと敬語はもう、やめろよ?」
――ブランさん、とはレネアシャへ転移させてくれた神様、ブランドン・ウェルシュさんのことですね、きっと。
あのかたもワンマンで国家を樹立なされたケネスさんくらいに強いとは凄いです、
確かに地球の時間か世界全体かもピタッとキレイに止められてましたし、強いと言うのも改めて納得です。
そして魔法を使ったご本人、ケネスさんの言ではありますが、玲衣さんの心身がきちんと安全らしいのもほっとしました。
玲衣さんは今もお元気そうですし、危険に晒されたりしてなくてもうほんとに良かったです!
あと、強制意識伝達魔法、というのもヤバそうで気になりますけど、
現状だとたぶん私たちには使われないみたいですし、まだそんな窮地でもなさそうです、
私がケネスさんをやっつける時まで、セネットさんとのお付き合いを認めさせる時までに対策できれば良いですね。
やっぱり肝心なのは今日レネアシャで寝て、どこまで成長できるのか、ですね!
あ、セネットさんがケネスさんに敬語抜きで話してます、ケネスさんもナチュラルに返してます。
相変わらずセネットさん側はカチキリッとしてますが、二人仲良さそうで微笑ましいかもです。
「分かった、ケネス。安全という今の言葉と、君の技量を信じるよ。
互いの尊重を根底に置いて、良好な話し合いを続けてくれ」
「そりゃそうするさ。俺と魔王国が上に居て、更に上まで行ければな。
じゃ、次は清浄院さんの件だ」
ケネスさんが視線を鋭く私へ戻し、フォレストグリーンの睨みと共に火の声、バチバチ口にします。
「清浄院さん、あんたの持ってる技術を魔王国に余さず提供しろ。
地球由来のショボい能力だけでも魔王国のソルジャー序列2位と3位に勝ったってンなら、
その方法は俺たちこそが活かすべきだ。
間違いなく特殊な技術を使ったんだろうし、
じゃあ能力がずッと高い俺たちが使ってやった方が、どの技術も格段に優れたもんになる。
だからな、清浄院さんの技術や経験をサイコーに有効活用するためにもな、
あんたは俺と魔王国に、役立つもの全部を譲り渡すべきなんだ。
清浄院さんにプライドと良識があれば、それこそが正しいことだって分かるだろ。
弱っちい能力の地球人、そのヒトカケラでしかないあんたがその技術を持つのは勿体ない。
しかも現状では独占なんて、馬鹿げてる。無駄極まりないだろ、値打ちモンを雑魚だけが抱え込んでるなんてよ。
でだ、もう理解できただろうし改めて訊くぞ。
清浄院さんの戦闘技術や、それに関わる知識を俺たちに全て渡すんだ。良いな?」
――えっと、それは私個人としても一格闘家、一武術家としても絶対できませんしやりたくないですし、
言いたい文句だって色々ありますけれど、
でもとにかく上手に断らないとです。
今は確かに私よりケネスさんの方がお強いでしょうしストレートに否定して怒らせるのは危険過ぎて駄目です、
私たちは三人揃って、きちんと安全で居なければいけません。生きることが何より大切です。
だからここは私の中にある、生きること、生かすことの逆を明かして、
『私の技術は危なくて怖いから、使うのはちょっとやめた方がいいですよ』、とやんわり示すことに致しましょう。
私が毎晩寝たあとに、夢で最後まで闘ってるいつものです。
いつも夢で繰り返し、最後まで闘いまくってることを、ケネスさんにも、セネットさんにも伝えます。
危なくて怖い闘いのことですし、セネットさんに嫌われるかもですが、
でもいつかはセネットさんにも明かすべきことでしたしそれが今ということです、
私の本当を今、伝えるべきです。
っと、玲衣さんがめっちゃ冷たくキリィッとした顔色でお口を開こうとされてますっ、
優しい玲衣さんなら確実にケネスさんへの反論でしょうけどもそれはちょっとダメです、先に私から言いますね玲衣さんっ。
私の表情はゆるい生真面目、声はすっきりやわらかに、さらさら言葉を紡ぎます。
「ケネスさん、お話は確かにお聞きしました。意志を丁寧にお伝えいただき、そこはありがとうございます。
しかしながら、私の持つ格闘技術は、そこまで正しいものではないのです。
私の闘い方は成り立ちや磨き方からして、とても危険で恐ろしいものですから、
魔王国の正義や平和とは、きっと相反してしまうと思います。
ですから、申し訳ございません、ケネスさんと魔王国の皆様のためにも、
私の格闘技術を譲渡するわけには参りません。
この事情をご納得いただくためにも、また、セネットさんに私の本当を知ってもらうためにも、
今から私の闘い方が、どのように出来てきたかをお伝え致します。
勿論、私の全てが今から述べることのみで仕上がったわけではございませんが、
大切な根本へと大きく、多く、影響を与え続けているのは確かです。
どうかしばし、皆様にご静聴いただければ幸いです」
玲衣さんが一転焦ったお顔で、私に何かを言い掛けてましたが――きっと心配からの制止でしょう――、
私は右手の平を玲衣さんへ上げて、『必要ないです』、のジェスチャーを取ります。
すると玲衣さんは口を噤んで、姿勢も少し緊張がちに正して座り直してくれましたから、
私も手を下げて姿勢をきちんと、
お茶会の皆さんへ私自身がいつも見ている夢のこと、最後までを繰り返す闘いのことを、
成り立ち前から順序立てて、話して伝え始めます。
――セネットさんに嫌われちゃったら、それはもうお互いの自由と人生ですから、しんと受け入れなければ、だめですね。