21.歴史とワンマン、のちツーマン
(Side:マシュー・クレイグ)
さて、ケネス陛下がセネット師団長を発見なされたのは、
第一次決戦における激戦区だった地域だ。
戦争の余波がため頻繁に出現する数々のモンスターや、戦時下で使用された破壊魔力の長期残留もあって、
この地域は特別環境が厳しい荒地だったのだけれど、
魔王国の安定と共に復興活動も進んでくれたお陰で、
ようやくケネス陛下を歓待する準備も出来たんだ。
陛下に恥ずかしくないだけの富と設備がようやく整ったのだとも言えるね。
――あっ、でもそれらを成せたのは当然陛下のお力あってこそだから、
歓待と言うのは不適切だったかもしれない。
最も精勤に働かれていたのは他ならないケネス陛下なのだから、
むしろ当たり前過ぎるリターンだよ、国民が頑張ったように言うべきではなかった。
だから……ええと、ケネス陛下をお招きする、単にこれだけで良さそうかな。
あ――はいッ、ケネス陛下! ありがとうございます!
僕に〝よく分かっているな〟と仰っていただき喜びが溢れるばかりです、
これからも魔王国と陛下が御為、一生懸命に励ませていただきます!
……では、続きだね。
ケネス陛下は訪れた地で、お優しくも地下資源の探知を申し出てくれた。
地下深くまでの探知を行えるウィザードは大変貴重だから、
これまで環境が悪かった当地にまで派遣する余裕がなかったからだ。
代表格でもあるケネス陛下のお忙しさについては、もう語るまでもないね。
なので理知的かつ公平なる陛下は、ここで御自らお仕事に移られたのだけど、
探知範囲を徐々に広げて行って数分後、招かれた街から北に4キロ離れた岩山の中腹内部に、
魔法研究所めいたごく小規模な遺跡と、さらに魔力の隠蔽された薄い気配を感知された。
遺跡の建築様式や内装が、250年ほど前まで元神の一部が好んでいたものだったことも考慮の上で、
ケネス陛下はお付きの護衛から直ちに調査隊を編成、
ご自身を先頭に遺跡へと向かった。
そして到着した目的地、面積にして8メートル四方程度の小さな研究施設、あるいは研究室にケネス陛下たちが到着すると、
陛下は調査隊を安全のため入口に残し、あらゆる意味から信頼できるご自身のみで黒水晶の両扉を開き、
隠蔽魔力の気配源を見つけるべく施設内へとさらに歩を進めた。
幸いかな、遺跡の面積が小さかったから気配源は間もなく見つかった。
研究施設の中央に、黒一色の魔力立方体が牢獄として構成されていたんだ。
中は闇に不透明で見えなくて、一辺の長さは2メートル60センチ、
魔力の気配は近づいても未だ薄く密かなままだった。
でもケネス陛下がすぐ目前、黒い立方体まで1メートル弱の距離に近づいた時、
その牢獄から音が低くも美しい、成熟した男性らしき声が、緊張して焦った風に聞こえてきた。
紡いだ言葉はこんな内容だ――
『待て、あなたは元神ではないな。ならば気を付けろ、奴らの再来が近い。
この中で奴らをずっと意識し、密かに観察もしていたからこそ、分かる。
故に奴らの動向に応じて、私はこの魔力牢を破壊、脱出し、今度こそ倒し抜くための戦闘を行うつもりだ。
あなたはレネアシャの民であり、善なる神から守護されるべき存在だと見えるが、
どうか民同士で力を合わせて、来たる事態へと早急に備えてほしい。
元神は少なくとも今年中、早ければ今日や明日にも牢を破って集合するだろう。
この重大な危機をあなた以外の民にも、広く、早く伝えるべきだ。
もし証言がまた必要ならば、代表者をここに集合させてくれてもいい。
警戒を怠らず、勝ってくれ』
――セネット師団長らしい、とても実直な忠告だ。
勿論、口調や細部は異なるだろうけど、趣旨については相違無いよ。
当のお二人から聞いたことだからね。
ただ、ケネス陛下は声の主へ、大きな疑念と対抗心を持った。
そもそも魔力牢に捕らわれているという境遇が多くの元神と同一であるし、
声の主が言うには既にいつでも魔力牢から脱出できそうな雰囲気なのに、
危機が目前に迫るまで行動を起こしていない、つまり戦闘準備もしていなければ、
レネアシャの民へ事態を能動的に伝えようともしていないように思えたんだ。
そして何より、声の主が、〝自分一人で元神を倒し尽くせる、自分にはそれほどの力があるんだ〟、
と自慢しているように聞こえたからだ。
高く尊い自我を持つケネス陛下にとって、その自慢はとても無視できないことだった。
なので陛下は確実なるお力と自信から、声の主へ堂々と、こう言い返したんだ。
『元神どもの、場所だけ教えろ。
とっ捕まってる弱いヤツなんかより、魔王の俺が全部やる。
俺は誰よりも優れてて、誰よりも強いんだ。
雑魚は永遠にメッセンジャーをやってろ、もしお前も殺すべきなら殺してやる』
魔力牢からの返事は、すぐには返って来なかった。
沈黙が3秒ほど続き、その後にようやく相手の声が、戸惑いと遠慮に満ちて放たれた。
『そうか、私が信頼できないという気持ちは分かった。
伝えるべきを伝えることも、これからは真面目に勤めていくと誓おう。
しかしながら、少々言い辛いのだが、
力の総量や身体強度ならばあなたよりも私の方が上だ。
大規模な戦闘には私が向かうか、せめて協力した方が安全だ』
この言葉に、まあその、ケネス陛下は赫怒されたらしい。
とても激しい語気になってしまったとは陛下より教えていただいたけど、
果たしてどんな旨を返したのかは断固秘密とのことだ。
対する魔力牢の声、セネット師団長はずっと申し訳無さそうに、
控えめかつ丁寧に応じてくれていたらしい。
でも決して意見を譲らなかったそうだ。
力の大きさについても、〝自分側こそが上だからどうか任せてほしい〟、という風に言い続けていたから、
当然だけどケネス陛下はますますご気分を害し、大喝もエスカレートしていった。
陛下主導の言い合いは数分続き、やがて陛下は怒りのまま、こう提案なされた。
『そこまで現実を理解しないなら、いっそ出てきて力を見せてみろ!
隠蔽抜きで魔力を見せ合えば、馬鹿過ぎるお前でもこの俺に頭を下げるだろうよ!
さァ、出られるってのが大嘘じゃなかったら今すぐ、出てこいッ!』
相手はやはり遠慮がちの小ささで、低い美声を返したそうだ。
『了解した。予想し得た発言の一つであるから、もう姿と衣装の準備も完了している。
今より魔力牢を破壊し、自己を開放する』
――ってね。この言い草、〝予想し得た発言〟の辺りでケネス陛下はまた怒りが溢れたらしいけど、
でも状況を進めるため立派に耐え忍ばれた。
そして相手の声が一段落した直後、陛下が見る前で黒の立方体が薄赤くぼやけて光り、
一瞬の内に魔力反応ごと消え去った。
黒い闇の牢獄も、薄赤い光も冗談みたいに消失し、立方体があった箇所の中央には、
当時のセネット師団長が、服やヘアスタイルは今と同様のスーツに革靴、ソフトショートカットで立っていた。
赤髪含めて、ファッションの色合いも同じだよ。
ケネス陛下が後で聞いた話では、セネット師団長は捕まっていた時から、
たまに周囲の状況や生活文化を広く感知し、自分なりに調べていたらしいから、
不自然じゃない服も姿も見事に作り上げられたのだろうね。
で、目的の相手を見たケネス陛下は、
ほぼ一瞬にして赤髪美形の彼が、凄絶なまでの力を持っていることを見抜いた。
それこそ相手の力と強さが、陛下ご自身を悠に越えているだろうことまで、だ。
――状況の都合上、セネット師団長が特に力を隠していなかったとはいえ、
すぐお気付きになった陛下は流石の感覚というべきだろうね。
自分から引き、受け入れるだけの心の広さもお持ちであるし、陛下は真実素晴らしいお方だと思うよ。
さらにセネット師団長も、陛下のご理解とご譲歩へ即座に合わせてくれて、
幾分静かとなった雰囲気のまま、お二人は自己紹介を簡単に伝えあった。
つまり魔王ケネス・クレイグ陛下と、魔王国最強のリオ・セネット師団長は、
この時点にて本当の意味合いで出会い、友誼を結び始めた、と言えるね。
お互いの存在を認め合い、
共に元神と十二分に戦えるだけの力を持っていることも確かめられたお二人は、
次にこれまで辿ってきた経歴、詳しめのプロフィールを声で交換して行った。
ケネス陛下はその時のセネット師団長との会話で、
ご自身の頑張りと実力を大いに称賛され、善き行いだと肯定もされて、
お気持ちが正真正銘に救われた。
あまりの純粋な歓喜によって、大きく延々と泣いたんだ。
また、これも陛下ご自身の言葉なのだけど、
セネット師団長が陛下以上の実力者だからこそ、彼の称賛と肯定が心へ自然に染み渡り、
とめどなく涙が溢れるほどの熱き救いに満たされたとのことだ。
本当に素晴らしいご友情だよ。
ただ、セネット師団長が魔王国で勤めるまでの経歴については、
今もなお公開されていない。
ケネス陛下とセネット師団長だけの、ごく繊細な秘密となっている。
しかしそれでもなお、お二人は仲がよろしい限りであるし、
職務や戦闘への実力も凄絶にして無双だ――いや、〝双璧〟かな。
そしてケネス陛下は、リオ・セネットと出会ったその日の内に、
彼を魔王軍師団長見習いという特別な役職とさせ、
短期間に深くしっかりと経験を積ませてから、
満を持して第2師団長の座に就けた。
さらに四か月後には元神が魔法の牢獄を脱出し、
第二次決戦が勃発したけど、ここではセネット師団長がとてつもない活躍を成し遂げ、
なんと単騎で魔王国に出現した敵戦力の9割以上を、元神も配下のモンスターもまとめて倒し尽くしたんだ。
つまり第二次決戦で、倒せず封印した元神がかなり少数で終わったのも、
セネット師団長の活躍あってこそ、と言える。
ちなみに同戦役では人間中心の南部国家、
オネストシャイン正王国が主に封印という手段を取ったらしい。
こう言うのはなんだけど、かの国はいささか力不足だったのだろうね。
今も魔王国最高のケネス陛下と、魔王国最強のセネット師団長は、
魔王国の力、魔王国の象徴として、日夜大活躍をされている。
僕も陛下から見出され、養子とまでさせていただいた身として、
粉骨砕身の努力を尽くしていく所存だ。
だから清浄院さんたちも、この素晴らしいかたがたが纏め上げる魔王国で、
無理なく悠々と頑張っていってほしい。
魔王国トップのお二人が居れば、何も心配はいらないからさ。