17.魔王さん・紅茶の行方
(Side:清浄院琴子)
私が来賓席の中央、玲衣さんは奥で遥さんは手前、という風にみんなで座ると――セネットさんも、遥さんの向かいにもう着席してくれてます――、
残る〝勇者の自己紹介〟を、先に玲衣さんがすらすらっと簡潔に行ってくれました。
ケネスさんは笑みをさらに静めて黙し、ひんやりなほぼ真顔でシィンと聞いてくれてから、
玲衣さんの言葉終わりにようやくカラリ、乾いた白木の声を返してくれました。
「うん、さっき医療局でも聞いたな。どうもお疲れさん」
そんな少々の無遠慮へ対し、玲衣さんは目を僅かに細めて淡々と述べます――ケネスさんは鋭くて冷たい方ですが、玲衣さんは今日もやっぱり、きちんとクールな方ですね。お二人とも違って、どちらも素敵です♪
「まぁともあれ、マシュー殿下とも情報を共有できて嬉しく思います。
今回の方が話しやすかったですしね」
「お、やっぱ言うね。割と嫌いじゃないな」
「ご配慮をありがとうございます」
玲衣さんが背を前にちょいと倒して、私越しに遥さんを見、微笑み一転、声掛けしてくれました。
「じゃ、遥さんどうぞ。落ち着いて、ゆっくりね」
「あっ、はいっ」
……結構緊張した様子の遥さんでしたが、でも自己紹介はまるで予習済みの面接テストみたいにカッチリと、
語に過不足無くもお時間短めで伝えるべきを伝え終わってくれました。
アドレス交換の時に聞かせていただいた限り、遥さんはまだ19歳、大学2年生になってすぐらしいですのにメンタルがありますね、
先ほどの訓練場でも遥さんの真心、遥さんの頑張りに元気を貰いましたが、やっぱりかなり凄いな、って思います。
ケネスさんも見守ってくれていたのか、遥さんには微笑をサヤ、と広げて、玲衣さんの時よりも雰囲気優しめです――心遣いが良いですね、立場上の建前でも本心でも、きちんと見せてくれたのが嬉しいです♪ あと玲衣さんとは逆に、ちょっと気が置けない同士な? 感じかもですし、〝さっき医療局〟で何があったのか気になりますっ。
そんな私的に注目のかた、ケネスさんは遥さんへ軽めのお礼を述べてくれると、少し恐縮した遥さんがお礼返しをするのに浅く頷き、声サラリの相槌を打ってからセネットさんへ首をスィと向け、
「リオ、紅茶」
笑顔ニッコリ声また爽やか夜風、でもどこかシィンと冷たく、そう言いました、
私は怒りがすらぁーっとなめらかに沸きます、心も体も闘う前みたいに柔い力がふわきゅん流れて覚悟がしゃっきりしちゃいます、しなやかにあったかくなっちゃいます表情微笑みを保つのが大変です、
ゆるい真面目な微スマイルは出来てます、大丈夫です、顔色は大丈夫ですっ、
でもセネットさんの紅茶だから心はしゃっきりすらりやかなんです闘いのあったかさになってます、だってセネットさんの紅茶です、セネットさんの紅茶だったんです。
私からじゃないんですか、セネットさん、魔王様なら立場上私より先ですか、セネットさんきっと答えますよね肯定で、そうです、私は後回しなんですね、予想ですけどもう分かります、
いえ、でも今はがまん、がまんですっ、そもそもお茶会で私が急ぎすぎた、早く詰めすぎたのもありますし、セネットさんのお立場や付き合いもきっとあるんですっ。
セネットさんは今、
「ええ、分かりました」
よくできた執事さんみたいにぴしっと仰って、ケネスさんに即承知して席から立ち、先に主催者側の紅茶ポット、こちら側と同じくおっきいのを手で持ち、ケネスさんのから丁寧に、そろそろと注いでいきました。
それはそうですよね。国トップの魔王さんが一番です。腹が立ちます、今怒ってますけどお仕事だし、セネットさんたちの立場もあるし、あとそうです、私たちの立場や状況も都合良くなるように私はケンカとか闘うとかしちゃいけなくて、ごく穏やかに、気を払っていかないとだめですね。
見えるお紅茶の、トふすーぅ、と注がれていく色味は明度高めのつややかオレンジレッド、ストレートでも飲みやすいディンブラみたいな風です。香りも、さわほぅ、と華やかに落ち着くすっきり、感じる限りまでとっても美味しそうですから、私が先に飲みたかったですケネスさん嫌いですむかつきますやっつけたいですっ! あっ、いけません、ここはまだがまんです、だってもう先にケネスさんへ注がれてますし、私はあとから、で決まったことなんです。
なので私も先ず、今は席から腰を浮かせて、大きな紅茶ポットをそっとしっかり――確かな力で壊さないように――くぅすぃっ、て持ちます、
温度が割と伝わってきてほかほかです、でも持つ分には熱くないし平気ですから、まず玲衣さんのカップへ紅茶をゆっくりめに、なめらかに注ぎます、と、色も香気もおんなじ爽やかな熱、きらきらレッドの綺麗に出来ましたから、私もやっぱりなかなかの腕前、きちんとやれてるって分かります。
だから大丈夫、きっとケンカも勝負事もなしで、すんなり淡ぁく笑って、というかもう今も笑えてます、流石は綺麗な私、強い私です、きっとこれからも大丈夫です♪
どうせなら強さをめっちゃ綺麗に振るってみたいですケネスさんに投げも極めも締めも殴りも蹴りも、あっいけませんっ! またですっ! セネットさんにご迷惑が掛かりますっ、ダメですっ、
お茶会ですから綺麗は表に、強さは奥に秘めておきましょう、それがきっと一番です。
玲衣さんのお紅茶はそろそろ注ぎ終わりですし、次は遥さんのも注いであげないと、ですしね。
今は皆さんのお紅茶を優先です、私はあとからのセネットさんを、腹立ちます、むかつきますだめですっ、彼にはきっと心から笑って、落ち着いて迎え入れてあげましょう。アピールはどんどん自然にやるべきです、私っ!
さて遥さんの方へ、えっ遥さん、でも表情がすごく硬いです、今見てもかたちを感じても、真面目過ぎる緊張感で口元キュウ閉じ、目元は少しの見開きへピッシリ張って、凍った能面みたくなっちゃってますっ、何か気になることでも、あっ!
ひょっとしてタイミング的にも、セネットさんの紅茶が来なかったことを、私のことを心配してくれたんですか?
遥さんはとっても優しいファンのかたですし、私に注目してくれてるならあり得ます。けど私だけのがまんで大丈夫ですのに、遥さんを巻き込みたくありませんから伝えなきゃですっ、遥さんのカップに紅茶を注ぎながら、きちんと大丈夫を伝えましょう。
持って支える手で紅茶をそぅっと、ポットの傾きからカップへ、すぅするーってまた静か流れに移して、そんな私の動きも紅茶の動きも注ぐリズムもすべて感じ取れてます、ゆわぱちっ♪ て身も心もやわらかに分かってますから、私は顔だけ遥さんにすぃふ、と振り向き、微笑みをもっと広げてにっこり、淡めのゆる笑顔で声を送ります、今の私は静かめに、安らかー♪ な雲間の太陽、ちょうど良くって涼しい冬の日です。
「遥さん、大丈夫ですよ。
私も遥さんも、それにこのお茶会だって、みんなすんなり楽しめちゃいますからね。
なによりも私が綺麗なまま居ますから、ゆったり落ち着いてくださいな」
――伝える内に紅茶も注ぎ終わり、ポットをまたまっすぐ、私の席前に置けました。さっ、すっきり切り替えてっ♪ セネットさんが来てくれるのを、遥さんと玲衣さんとも一緒に待ちましょう♪
実際、当の遥さんも幾分ほっと落ち着いたように目尻を下げて、
小さな笑顔でさらぽつり、声を丁寧に返してくれました。
「はい、ありがとうございます。
清浄院さんが優しくて……それに強くて、だから私も楽しめます。
紅茶も美味しそうですね」
わ、優しくて強いって、なんだかとっても嬉しいです♪ 私をきちんと見て聞いて、認めてくれてますね、遥さん♪
それに紅茶の話題までパスしてもらっちゃいましたし、
仄かふわりな声と笑顔のまま気分はもう上々にお答えしましょう。
「そうですね、私もわくわくしてます。セネットさんに注いでもらえますから、どきどきのパワーも貰えちゃう感じです」
さぁ!♪ 最後は私です、セネットさんにリクエストしちゃいます。
私の椅子に腰をすっきり、さらりっと下ろして、セネットさんを穏やかに見据えます、
彼のかっちり真面目な瞳、硬く澄んだ黄昏色に私の視線、のどか甘やかな赤茶色をふわ♪すむ♪合わせて、
ちょっとだけ軽やかにはしゃいだ声を上品忘れず、しゃわすぅすぅ、って送ります。
「セネットさん、ではお願いしますね。
私のお紅茶、美味しく注いでくださいね♪」
お相手の彼は雰囲気、表情をもう少しだけ硬くして、より実直に緊張した感じで姿勢をキパ、と立ち上がり、
声も地熱で打った赤鋼みたく、ごくしっかり即応してくれました。
「承った、最大限努力する。
清浄院さんがとても上手だったから、同じくらいまでは行かないかもしれないが、
私の最善を尽くさせてもらう」
生真面目でも温かなお言葉に、思わず笑い声が花弁と零れます、心は満開、声とおもてはささやかな早咲きの桜です♪
「ふふっ♪ とっても嬉しいです。
セネットさんからのお紅茶を、楽しみに期待してますね」
「分かった。いささか緊張するが、頑張る」
答えたセネットさんはこちらにすぐテーブルを入口側回りで、足音無くツトツト歩んできてくれて、
横合いから私のカップ、大きなティーポットの順で自身へ寄せると、
先ほどより分かる感じもうちょっと慎重に、丁寧に、そろりさゆぅり、とお紅茶を注いでくれました。
それがとっても、あったかくて嬉しいです。
きっと真実は緊張と、私の上手を追う頑張りからでしょうけど――それでも私にだけ特別みたいで、
やっぱりセネットさん、好きですよ♪