15.じゃあどうするかの具体例
(Side:清浄院琴子)
セネットさんの号令のもと、皆さんは議論を一時中断して再度私に視線を集めてくれました。
私は微笑みお礼を伝えて、やわい真摯に声を続けます。
「改めての注目と静聴を、どうもありがとうございます。
今よりは先の試合、私とステリーさんとの攻防をテーマとして、
具体的な戦闘行動の適例を挙げさせていただこうと思います」
ここで王子様――セネットさんのさらにお隣に居られます――へサラリ目線を移し、
話の取っ掛かりに質問です。
「マシュー殿下、唐突な質問で申し訳ございませんが、
先の試合をステリーさん側にとってより有利に進めるためには、
果たしてどのようにすれば良かったか、
何か妙案はございませんか?」
「え、あの上でさらに有利に、かい?
そうだね、ええと……」
甘やかなルックスに戸惑いを乗せつつも、彼は真剣に考えてくれます――そうして3秒、4秒目、
彼のちょい小さめリップを再びそっと開いての、静かな答えをくれました。
「……ステリー大隊長が試合前により多くのスキルを使えるように、僕が自然に時間を稼ぐ。
また、剣と素手の威力差を理由として、剣ならどこに当たっても一撃で勝利、
素手なら勝利までに通常三撃、急所に当たった場合のみ一撃でも可というような、
ステリー大隊長側に有利な特別規則を取り決める。
そしてこれらの策についてを、あらかじめ、ステリー大隊長と完璧に示し合わせておく……というのは、どうかな」
「わっ、いいですね。もし採点するなら、結構な高得点になっちゃいます」
「本当かい。よかった、僕なりに合理のみを追求してみたからね」
ほっとしたようなハニーフェイスの彼に、私からの高得点を送ります。
「はい、百点中の四十五点は得られる案ですよ。
私はもっと徹底的な案が好みですが、
セネットさんや実際の相手、まあ私ですけども、
そんな面々への穏やかな説得を考慮するなら、とても現実的な良案だと思います」
すると王子様は、マリンブルーぱちくりな困惑と驚きを分かりやすく浮かべてくれました。
「え? 良案なのかい、うん、え、でも四十五点?
しかももっと徹底的って、これほど卑きょ、失礼、合理性を突き詰めてもまだ足りないの、かい……?」
「はい。私ならもう少し色々、行きますね」
「え、ええ……? そうなんだ……」
なんだか途方に暮れたような王子様ですが、そんな彼の左隣――私の右隣でもあるセネットさんがあたたかな地熱のお声を挟んで、
まさに私へ尋ねてほしかったことをすらすらと尋ねてくれました。
「――失礼。では清浄院さん、果たしてあなたならどうするのか、百点満点の答えを聞いてみたい。
今回もまた、我々にご教授願えるだろうか」
わ、〝百点満点〟って言い方かわいいですね、明るく優しく燃え立つ美貌でその言葉遣いはずるいです。
ともかく私も嬉しさ満点ですし、早速お答えする、前に、ちょっとだけ前提的な質問をしますね。
「分かりました、勿論です。
ただ案の前提として、一つセネットさんに確認を取りたいことがあるのですが、
ここレネアシャにおいて空中などを飛行できる手段は、一体どんなものがあるのでしょうか。
スキル、魔法、もしくは飛行機やヘリコプターなどの乗用機械など、
どんなものでも存在する限りをお答えいただければ幸いです」
「飛行の手段、とは……しかし、分かった。順次答えさせてもらう」
セネットさんは最初目を僅かに見開きましたが、すぐに声にも表情にも落ち着きを取り戻してくれて、
なめらかな低音を聞きやすく、綺麗な微熱に続けてくださいます。
「まずベーシックハイスキル、全クラス共通の上級スキルとして、自分自身のみを飛行可能とするスキルが存在する。
だがこれは上級スキルのため、修得がなかなかに困難でもある。
次にウィザードの魔法には、ミドルクラスに飛行効果を自他問わず与えられるものが存在している。
これはミドルクラス、すなわち中級の魔法であるから、
先に述べたハイスキルよりもずっと修得や使用が簡単だ。
ああ、使用と言う点から付随して述べさせてもらうが、
レネアシャのスキルにはシャーヴなどの単発スキルを連続発動させる際の限度数や、
飛行スキルなどの継続スキルを中断させずにずっと使用し続けられる限界時間などが、
各個人の能力、身体能力や精神力の総計に応じて無理なく決定される。
それら限度数や限界時間の回復は、スキル未発動のまま時間が経過すれば自然に行われるが、
この回復速度も各個人の能力次第となっている。
なお、スキルの平常な限度数、または限界時間を越えてしまうと体力や精神力が急激に減少してしまうから、
この点には我々も普段より注意を払っている。
話が逸れたが要点をまとめると、スキルや魔法による飛行は確かに可能ではあるものの、
その効果を長期間継続、あるいは永続させることは非常に困難であるということだ。
そして乗用機械についてだが、これらはレネアシャでは現在でもほぼ全く未知にして未開発の状態だ。
少なくとも魔王国においては、研究すらも進められていない。
なので乗用機械はまるで実用されていないのだが、
それらに代わるだろう、いわゆる外付けのメジャーな飛行手段としては、
飼い慣らしたグリフォンや飛竜などが用いられることが多い。
また、長距離移動手段としては馬車や各乗用動物の他、
古代より各地に建立されている〝転送石〟が主に用いられている。
これは広範囲内へ共に存在する転送石同士で、限定的なワープゲートを開くことができるレリック、すなわち魔法の遺物だ。
移動手段としてかなり役に立つものだから、いつか清浄院さんたちも利用することになるかと思う。
すまない、また話が逸れてしまったが、
飛行の手段に纏わるレネアシャ及び、魔王国の現状況はこんな所だな。
清浄院さんの参考になったのなら幸いだ」
――面白いお話が沢山聞けた楽しさ、嬉しさで私は自然微笑み、意気軒昂にほわほわ答えます。
「はい、とってもよく分かりましたし、興味深いこともいっぱいでした!
セネットさん、今回もありがとうございました」
「そうか。良かった、何よりだ」
セネットさんも淡い笑みを返してくれて、
私はますます気持ち明るく、発案の本番に移ります。
「こちらこそです♪
今からの案も成立しそうで一安心ですし、早速説明を行わせていただきますね」
私は体を正面に、見るところを皆さん全体、この場そのものにまた広く戻して、
スムースに言葉を続けます。
「まず前提ですが、この訓練場を訪れるメンバーをマシュー殿下とステリーさん以外にもう複数名、
飛行効果を与える魔法を使用可能な、任意のウィザードさんたちも含めた最小三名としておきます。
ステリーさんがなるべく長く飛行しつづけられるように、
ウィザードさんたちは人数多くいらっしゃるほど良いですね。
また、ステリーさんは取り出しスペースから適当な遠距離用武器、
ぱっと思いつくのだと弓、スリングショット、弦が比較的軽めのクロスボウ、片手回し式ハンドルが付いた型などです、
これらのいずれか一種類を緊急時の予備含めて二つ三つと、
さらに対応する矢弾を莫大に持ってこれるようにしておきます。
弓かクロスボウの場合は炸裂弾頭式の矢、
スリングショットの場合も炸裂弾を撃てるようにしておけばなお好条件です」
私はちょっとステリーさん、
王子様からもう一つ右隣のご当人――なんだか目をパッチ、と丸くして呆然とされてますが――へ尋ねます。
「ステリーさん、今言った遠距離用武器で、実際に使いこなせるものはおありでしょうか?
もし無かったなら、直接に炸裂弾を投擲、もしくは投下しまくるという戦術も取れますが、いかがでしょう」
すると細身の彼女はかなりアワアワと焦りつつ、途切れ気味の早口で答えてくれました。
「えッ!? 私!? エ!? だってそんなのしたくな、あっちがっ、ええとあのっ投擲はできるしっ、
スリングショットなら一応使える、けど……?」
「わ、良い感じですね♪
では基本スリングショットを使って、
もし武器が全損しちゃった際には炸裂弾及び金属球の直接投擲をする方針で行きましょう」
ステリーさんのご事情、条件も別段大丈夫みたいなので、
兵隊さん一個人の心情はさておき私の見る場所を円陣全体に返して、
さらに発案を続けます。
「では次にマシュー殿下のお仕事ですが、
試合の規則を決める際に王子様としての強権を発動していただいて、
試合開始時の位置を20メートルかそれ以上離れ合った所から、と一方的に定めます。
また当然、マシュー殿下ご自身が先ほど仰ったように、
ステリーさんとお付きのウィザードさんが妖精の能力や各スキル、
そして飛行魔法を全部使えるように時間を稼ぎます。
もしくは規則を議論している最中から、ステリーさんたちは早々に全部使っておきます。
具合良くマシュー殿下の強権で規則を通せたら、
あとは試合開始直後にステリーさんは上空高くに飛翔し、
そこから一方的に射撃や爆撃の雨を降らせまくります。
こうなると私はもう大変ですから……悔しいですけど、ちょっと勝ちの目は厳しくなりますね。
対策としては規則を議論している最中に私自身も介入して、
セネットさんと協力しながら規則を私有利に近づけるくらいでしょうか、
その際にはもし極端な規則が通った場合における第1師団と第2師団との関係性悪化や、
ステリーさんとマシュー殿下ご自身、さらには第1師団にまで悪評が流れる可能性の示唆、
勇者に対する非道な対応を神様のウェルシュさんに報告させてもらうという軽い脅迫などをもって、
なんとか少しでも有利な条件になるよう頑張ってみるしかないですね。
以上です、私なりに合理と冷徹に沿った具体例を挙げさせていただきました。
セネットさんやマシュー殿下を始め、皆さんのご参考になれば幸いです♪」
ふぅ、上出来です!♪
途中かなり悔しいこと言っちゃいましたけど、でも最後はにっこり笑ってお話を締められました。
ただあの、皆さんまたポヤーッと澄んだ目で遠方に意識を飛ばしていたり、
顔色が青とか白とかの寒色系になっちゃってるのですけど、
あ今度はアーガイルさんまで真っ白ドン引きお肌と意識の薄い目になっちゃってます、セネットさんは――なんとか無事ですね、硬く引きつってますけど真顔で私をハッキリ見据えてくれてます、まじまじな視線がちょっと照れますね♪
いや半ばの冗談はさておき、とにかくセネットさんにだけでも感想を聞いてみましょう、
遥さんはまあ、今もハイテンションぽいきらめき紅顔っぷりですし、会議が終わってからゆっくりでも大丈夫そうです。
……遥さんが自分自身より私を優先しないか、それが少し気がかりですね。
まあ遥さんでしたら私がファンのかたの日々健勝を願ってることを多分知ってくれてる、分かってくれてるでしょうし――何度か明言もしてますもの――、きっと私同様に、自分自身をめちゃ可愛がってくれると信じます。
だから今はセネットさんですね、笑みを緩めてすぅふわり、声もやわ元気に送ります。
「セネットさん、私の案はいかがでしたか。
結構な自信作なのですが、お気に召していただければ嬉しいです」
セネットさんは大柄な美体を不意に直立、ハキッ! と緊張に驚きを示して、
「え、ああ、そうだな――」
そう少しずつ言いながらお顔とお体の硬さをはらはら落とすように取り払い、
あったか地熱の低音もまたなめらかに整えて、慎重に言葉を続けてくれました。
「非常に強力かつ容赦のない案で、もし敵に対して扱うならば実に良案だと思う。
ただその、けちを付けるわけではないのだが、
清浄院さんは私たちの敵とは全く違うし、むしろ味方同士でありたいと思うから、
今の案を行使するのは私には――私たちには、どうしても憚られる。
例としての仮定でも、何とかして避けたい案だとも思った、いやそれは、それも敵ではなく清浄院さんに対しての話だ。
だから清浄院さんの試合とするなら最後の対策のように、議論で終わらせるのが一番だ。
一番というより、むしろそれ以外は断じて避けたい。
清浄院さんの身の安全は勿論のこと、マシュー殿下やステリー大隊長のためにも、
長い目で見れば避ける方がずっと良い。
だが、しかし……究極的な敵対者に対しては、
冷徹を躊躇わないべきだとも……その覚悟が必要なことも、理解した。
きっとそれこそが清浄院さんの話全体における、要点の一つなのだと私は考える。
だからまた、心遣いと見識をありがとう、清浄院さん」
「百点満点ですね」
「え。ああっ、正解ということか。何よりだ」
「はい。あなたが言ったことは、素敵です」
「っ――」
「今の優しいお言葉も、百点満点って言っちゃうカジュアルさも、
どこだって全部素敵ですよ、セネットさん♪」
「……あ。うん……そう、か」
そうですよ。今の真っ赤なセネットさんだって、紅梅の花がとろけたみたいにたっぷりあったかくて、素敵です。
まぁ落ち着くまで待ってあげますけれど……いつまでもは待ちませんよ、セネットさん?