12.善意に寄った軍人さん
(Side:清浄院琴子)
2分余りでステリーさんが落ち着いてくれると――まだ表情は暗いようですが――、
マシュー殿下がまたこちらに駆けてきてくれて、
シュンと申し訳無さそうな顔色で、小さめに開いた口からも粛然と声を伝えてくれました。
「すまない、ステリー大隊長は今少し不安定だから終わりの挨拶は省略させてもらうよ。
改めて、試合は清浄院さんの勝利だ。難しいけど……一応、おめでとう」
「ありがとうございます。結果に甘んじることなく、これからも頑張らさせていただきます」
ゆったりな真顔で答えつつマシュー殿下のプライドを思います。
だって彼も最後の言い方からすると第1師団にかなりのこだわりがあるみたいです、
審判としてはちょっとだけ微妙かもですが、軍高官としてはきっと良いことですね。
こんなに気を払っていただいてステリーさんたちもきっと幸せです、
あっ、ステリーさんと言えば彼女の怪我如何を聞かなきゃですし、
このまま質問を続けさせていただきます。
「時にマシュー殿下、ステリーさんの具合は大丈夫でしたか?
きっともうご対応いただいていることかと存じますが、
ステリーさんに怪我などがあれば治癒魔法を使っていただければ幸いです」
すると王子様はマリンブルーの瞳をパチクリ、
僅かな驚きを見せてから表情をなんだか憂鬱そうに……眉を下げて目元を幾分細くし、
お悩みがちの声を聞かせてくれました――え、雰囲気的にひょっとして大怪我ですか? だったらかなり心配です、なんとか早期に治癒できれば良いのですけど。
「いや、怪我なんかは些細な打ち身程度だったから、軽い魔法ですぐ完治まで行けたよ」
――あら、じゃあ良かったです。すごく安心です……彼の憂いは気になりますが、
でも礼儀ですし、口を挟まずにペースを任せましょう。
「ただその、怪我が浅かった理由には、恐らくスキルの効果もあるんだ。
重ね重ねすまない、清浄院さんなら既に感じ取っていたのかもしれないけど、
ステリー大隊長が事前に用いていた身体強化系のスキルがあってね。
彼女が受け身を取る間もなく叩きつけられてなお、極々軽傷で済んだのは、
ひょっとしたらそのスキルのおかげかもしれなくて……
いや、どちらにしてもスキルを身体強化含めて、試合前に複数使用していたのは厳然たる事実だ、
しかし言い訳になるけども、彼女も矜持のために一生懸命だったから規則の淵……
形式上許される非道徳、に手を染めてしまったのだと思う。
なので――ではないか、完全に僕たち側の都合であるし、
清浄院さんには譲歩の強要となって本当に、本当に申し訳ないけれども、
どうかステリー大隊長を許してあげてほしい。
僕の立場上、この頭はどうしても下げられないのだけど、どうかお願いだ」
え? えっと、私はむしろステリーさんに力を尽くしてもらったのが嬉しかったのですけど、
話を聞く限りだと試合前にスキルを使うのは、
規則に可とあっても道徳的、心情的にあまり褒められた行いとされていないのでしょうか?
んー、もしそんな慣習があって、なおかつ魔王軍でも重要視されていたら逆によろしくない気がします、
だって軍人さんって出来ることを規則や法律で許されている範囲において、極限まで突き詰めていくのがお仕事ですし。
いえ、国家や社会公認のお仕事はたぶん何でも、そんな目標を抱いているものですが、
軍人さんは私が見聞きした任務の数々や、時に体験させていただいた訓練内容を思うと、
いつも特段に厳格でしたから――勿論道徳観も大切にされていますが、
その上で合理と冷徹に基づく奮励努力に邁進し、組織内及び個人内で見事に両立させている方々でした。
するとやっぱり魔王軍の方々が心配です、あまりにも善意に寄りすぎている気がします。
まるで私がたまに会ってるヤバめカッ飛び傭兵さんたちの逆バージョン、
ぽつぽつ居られるという道徳重視な傭兵さんみたいです、
いえもっとでしょうか? このたとえよりも。
私の考えすぎなら良いのですけど。
でも今はとにかくお返事ですね、質問するなら先ず了承して、彼に安心してもらってからです。
「はい、承知いたしました。マシュー殿下もステリーさんもどうかご安心を、私の都合などは全然大丈夫ですよ。
それにスキルの気配や力の流れでしたら、ステリーさんが試合前に用いた時には既に見て感じていましたし、
つまるところ、私の方でも存じて覚悟した上で試合に望ませていただきましたので、
マシュー殿下とステリーさんはどうかお気になさらないでくださいな。
私個人としましては、試合に向けて、そして試合でもステリーさんに力を尽くしていただいて、
本心からとっても嬉しかったです。
お互い大きな怪我もなかったとのことですし、だからもう万全だと思います」
聞いてくれているマシュー殿下はぽかんと驚きつつも目のマリンブルーをキラキラ、
かなり感激してくれた風なご様子です――もし安堵や喜びを得てくれたのでしたら私も気持ちほっとします、分かってもらえて良かったです♪
「そ……そうなのかい? それならありがたいし、いや、実際にありがとう。
第1師団長として、偽りなき感謝の意を伝えるよ。
しかし清浄院さんはまだこちらに来て初日の勇者なのに、
そんな未成長の状態で大隊長との演習や試合に連勝したことに加えて、
見付ける対象に無形のものすら含む、正確かつ広範囲な感知力まで持っているなんて、
まったくもって、凄いな……断言できるけど、清浄院さんほどの実力者はレネアシャ全土でも前例が無いよ。
いかに秀でた勇者でも、秘めた能力を発揮できるのは二日目以降なのが普通だったからね。
いや、清浄院さんの場合は秘めた能力じゃなくて、
既に身につけていた能力をごく自然に活用しているだけなのだろうね。
なにしろ初日だもの、神々からの恩寵以外は向こうの世界……地球とまるで変わってないはずだ。
あと勿論、心の広さが何よりも確かだ。
清浄院さん、改めてお気遣いをありがとう」
彼は話している内に、甘やかな落ち着きと笑顔も取り戻してくれて、
改めてのお礼はそんな素敵な美貌で述べてくれました。
なので私もにっこり笑って、お返しの言葉を伝えます。
「どういたしまして、マシュー殿下。
あたたかなご理解をいただき、私もすごく幸いです♪」
王子様は速めにコックリ頷き、しとやかお声はちょっぴりハツラツと、
真白い頬も紅顔気味に応じてくれます。
「ああ、僕もそうだし、きっとステリーも同じだよ。
では僕は彼女にも今のやり取りを伝えてくるね。
貰った優しさへ、いつか報いられるようにとも。
清浄院さん、ひとまずさようなら」
「はい、さようなら。
マシュー殿下、審判のお務めやご説明の数々を、どうもお世話になりました」
「――こちらこそ!」
最後は若々しい元気で答えてくれて、王子様はステリーさんの所へ勢いよく、軽やかに戻られて行きました。
そして彼の駆け出した直後、私から右方少しのとこに離れていたセネットさんがまたこちらへ早足歩きを向けてくれて、
彼の真面目であたたかな雰囲気……今は少しカチリッと硬めでしょうか、を離れてもじんわり感じさせてくれながら、
すたすたっとすぐ近づいてきてくれました。
私は彼の方に体ごとゆるすいっ、て振り向き、先に微笑みと声を送ります――セネットさん、やっぱりお顔にも若干のこわばりがありますね、何か心配ごとがおありなのでしょうか? できれば私にも相談してほしいです。
「あらセネットさん、来てくれてありがとうございます。
見ての通り、双方とも無事終わりましたよ」
セネットさんは物腰静かに硬くも微熱の低音を、けして棘無くなめらかに通してくれます。
「ああ、理解している。
私も見ていたが、今回も素晴らしい技と身体の冴えだった……勿論、清浄院さんのことだ。
しかし清浄院さん、少しばかり苦言となってしまうのだが、
時には相手への厳しさも必要だと憂慮する。
優しさや温情を振りまき過ぎるのは、自他にとって良いことばかりとは言えないだろうから、
特に清浄院さん自身のために、どうかより正確な対応を心がけてほしい」
「……はあ。あっ、はいっ」
いけません、ちょっと呆けた声が出ちゃいました――微笑みは依然保てていますし気を取り直してお答えしましょう、
少し提案したいこと、他にお伝えしたいこともありますしそっちもです。
でも優しさや温情が過ぎるのはむしろセネットさんや王子様たち、魔王軍の方々だと思います。
いえ、まだ口には出しませんけれど。
「ご心配のお言葉を、しかと心に留めさせていただきます。
ところでセネットさん、少し皆様と話し合ってみたいことがありますので、
先ほどの大隊長さんたちと、さらにマシュー殿下とステリーさんとを、
この場に集合させていただきますか?
また遥さんには、彼女の自由意志を尊重した上で、
もし合意が取れるならどこか涼しい場所で休んでもらってください。
配慮を受けたばかりでお願いすることとなって誠に申し訳ございませんが、
どうかよろしくお願い致します」
「話し合いか、承知した。葵さんへの対応も確かに。
議題はやはり、今の試合内容についてだろうか」
「はい、おおよそはそんな感じです。
セネットさん、どうかよろしくお願いしますね」
「ああ。またの助言や提案を、我々一同、心から楽しみにさせてもらう」
ほぼ真面目一辺倒だった表情へ、最後に微かな笑みをほわと浮かべて、
彼はまず遥さんのところへテキパキと足を向けてくださいました。
――相変わらず紳士的で良いですね、素敵です。
話し合いのこと、私も楽しみにしてますが……それはそれとしてちょっとだけ発言をビシバシ、行きますよ!