068 記憶のカケラ
林の向こうにある丘の上は、初夏の草花が一面に広がっていた。
深い森に囲まれている隠れ里だが、この場所だけぽっかりと空間が空いている。
丘から眺める景色はひたすら山のそれだが、風に揺れる木々の隙間からは時々海が光って見えた。
あのとき何があったのか知るのが怖くて躊躇していたが、左肩に止まったヴィーの温もりで少しだけ緊張が和らいだ。
「……ヴィー、俺に力を貸してくれるか」
「おう! まかせろっ」
俺は子供の頃の記憶があまりない。
ヘンリの腕輪が見せてくれた記憶は、俺の中にはないものだ。
自分のことなのに魔力暴走を起こしたなんて知らない。
思い出すためにも、過去視の力で確認すると決めた。
マジックバックから大爺様の大杖を取り出して地面に突き立てる。
あれだけ膨大な魔力が蠢いていたのだ、コントロールに失敗したら過去に囚われてしまうのではないかと恐怖を感じてしまう。
だから、大爺様の力を借りる。
ヴィーの秘められた魔力も。
ーー大爺様、どうか俺に力を貸してください。
突き立てた大杖に精霊力を流し込むと周囲の魔素が集まってきた。
光る粒が全身を囲んでいく。
地面から風が吹き上がる。
この場にある大爺様の魔力残滓が杖の力を増幅させるのを感じる。
俺やフィン、里の皆の魔力も感じる。思い出とともに染み付いた魔力が支えてくれた。
目を開けるのもやっとの強い風。
フィンにもらった髪紐が飛ばされてはいけないと思い、するりと外せば勢いよく風に乗って髪がなびいた。
渦を巻く魔素に囲まれて目を閉じ、深く息を吸う。
準備は整った。
ゆっくりと目を開けて〈時渡りの瞳〉を発動。
流れ込んでくる強い力。
遡っていく時間の流れ。
光と風が早送りするように流れていく。
注視して、知りたい過去のタイミングを見計らう。
ざわめく木々。
吹き荒れる風。
この地の記憶の中の、最も強力な魔力に引き寄せられる。
大爺様の強力な力。
それと共に、俺の中にあっただろう魔力の痕跡も。
慌てる大爺様の姿。
泣きじゃくる子供の頃のフィン。
大杖の力を借りてコントロールしながら、止める時間を調整する。
もう少し。
ーーもう少し、その先だ。
そう、その先へーー……
そこで目にした光景は……俺は驚いて時間を止めた。
だって信じられるか?
こんな生き物が本当にいるなんて。
巨大なトカゲにも見えるが、角と翼がついている。
これって、絵本に出てくるドラゴン……だよな?
なん……だと!?
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