056 ルーヴィッヒとシノン
その後、過去のヴィーが階段の上へ飛んで行ったのが見えたので、俺もゆっくりと階段を登った。
けれど上へ向かったはずのヴィーの気配が感じられない。
どういうことなのか。
警戒をしながら1段ずつ登って行く。
階段を登ると、二階の廊下にはドアがふたつあった。
手前のドアをそっと開けて中を覗き込むが、薄暗い部屋には誰もいない。
何か手がかりがないかと中に入ると、いきなり時渡りが加速した。
強い記憶に引っ張られる。
足がふらついて立っていられず、思わず近くにあった本棚にしがみついた。
ーーこんなに強い記憶とは一体……
額に汗を滲ませながら顔を上げて絶句する。
翠玉色のゆるやかにウェーブした髪の男性が、ぐったりとした黒髪の女性を抱えてベットに下ろすところだった。
体調が悪いであろう彼女を優しく見つめる男性。
幻はぼんやりとしていて顔は見えない。
だけど、俺には分かる。
大爺様と大婆様だ。
この部屋の記憶がかなり強いのか、やがて2人の姿がハッキリと見えてきた。
外は雨だったのだろう。
大爺様の外套はびしょ濡れだ。
風魔法で水滴を吹き飛ばし、羽織っていた外套を脱いだ彼は、彼女の額に手を当て体温と呼吸を確認してから優しく髪を整えてあげていた。
彼女の黒髪から見える左角は欠けてしまっている。
魔族は角で魔力の循環を保っているのだ。
欠けた角から体内の魔力が漏れ出てしまっているのが感じられた。
顔色は青白く、額に汗を滲ませて苦悶の表情を浮かべている。
ーー大爺様の魔法で欠けた部分の時間を止めているとはいえ、このままでは命が危ないんじゃ!?
俺の心配と同じことを思っただろう大爺様は「すまない」と辛そうな声を漏らして大祖母様に口づけをした。
ーーそうか、こうやって口から魔力を供給して命を繫いだんだ……!
彼らの周りにある魔素の流れが青白く光って見える。
ゆるりと流れる光は2人を包みこんで静かに混ざり合っていく。
墨流しのように別れていた魔力が、コーヒーに垂らしたミルクのように、ゆっくり、ゆっくりと混ざり合っていくのが分かった。
魔族と精霊族。
種類の違う魔力を供給するなんて!
普通は危険な行為なのに……
それを、まるで元からひとつの魔力だったかのようにまとめ上げてしまった。
受け入れる大婆様のほうも問題ない様子。
一体どれだけの魔力量とコントロールで……いや、すごいのはそれを成し遂げる集中力と言うべきか。
小刻みに息をして苦しそうだった大祖母様は、少しずつ呼吸も安定してきたようだ。
静かに上下する肩を愛おしそうに見ている大爺様。
ふたりの強い関係に涙が込み上げてくる。
大婆様の様子から、これはきっと怪我をして間もない頃の出来事だと考えられる。
ヴォルモール国での事故の後はここに身を隠していたのだろう。
大婆様は本当にいつ亡くなってもおかしくない状況だったのだと改めて痛感した。
大爺様、大婆様、命を繫いでくれて有難うございます……!
俺は静かに後ろへ下がって部屋を後にした。
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