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006 時渡りの瞳

Side レオン


あれから一週間がたった。

父には魔王が来たその日のうちに魔法の伝書鳥を飛ばしたが未だに返事がない。

いつもならすぐに返ってくるのに、何かあったのだろうか。


嫌な予感がするーー。

そう思ったが頭を振って考えを否定する。


「いろんな事がありすぎてネガティブになっているだけだ」

自分に言い聞かせるように小さく呟く。


アリスは今日も元気でご飯をたくさん食べていた。

ヴィーも里の中くらいなら自由に飛べるようになった。

トールはあまり自分のことを話さないし表情が動かないから何を考えているのか分かりづらいが、16年間一緒に過ごしてきたからなんとなくわかる。

これは好きなのかな、とか、ちょっと怒ってる?とか。本当に僅かだけど表情が変わるんだ。

嬉しそうにしてるとこっちも嬉しくなって、なんか安心する。


魔族領に行ってしまったヴィックはどうしているだろうか。

魔王のやつは「魔王城に来い」と言っていた。

「歓迎する」とも。


ならば、行くしかないだろう。

長男として、兄として。

ヴィックを迎えに行かなくては。


頭では分かっているのだが、心がついていかない。




「な~にムズカシイ顔をしてんだ?」


ヴィーが左肩に乗ってきた。

毎日自由に空を飛び回っている騒がしい弟。

その奔放さは少し、羨ましい気もする。


肩に感じる暖かさにホッとして、つい頬をすりつけてしまう。


「いつ魔王城に行こうかと考えていただけだよ」

「どうせまた難しく考えてたんだろ。アニキは真面目すぎるんだよ。」

「でも魔王城に行くのは簡単なことじゃないから」

「大丈夫、ダイジョーブ! 魔王も歓迎してくれるって言ってたじゃ~ん」

「それはそうだが……」

「もっと気楽に行こうぜ」


「そうだな」

このお気楽さは本当に羨ましい。


父のことも心配だし、とりあえずもう少し待っても返事がなかったら隣国へ迎えに行ってみよう。

隣国カーディナル王国へは2回ほど言ったことがある。


初めて行ったのは10歳くらいのとき、父上と一緒に新国王の戴冠式に出席したのだ。

あのときは他国の王子達とこっそり街へ遊びに行って怒られたっけ。


2回目に行ったのは1年ほど前、18歳を迎えたとき。

「これからは外交の手伝いをしてもらう」と言われ父と一緒に顔合わせに行った。

顔見知りの宰相などに聞けば父の居場所もわかるかもしれない。

父に会えたら、状況を説明して魔王城を目指そう。


叔父にもそう伝えて旅の準備を始めた。




荷物はマジックバックに入れていくとして。

着替え、食料、天幕、少し古いけど地図もある。

里の外は険しい山だから獣も出る。

弓と剣、装備はどちらにしようか。短ナイフも必要だろう。

着ていく服は狩りに行くときのもので良いだろう。ブーツと、外套と。


必要な物はこんなものだろうかと部屋を見回し、机の一番小さな引き出しで視線が止まる。

この引き出しには今までフィンにもらった物を大切にしまってある。

魔王城に行ったら無事に帰って来れる保証もない。

引き出しの中にある細々としたものを小さめの箱に入れ替えてマジックバックに丁寧に入れた。




他に持っていくものはないかと鍵の部屋の中も探す。

この部屋の結界はアリスが壊してしまったが、大爺様が大切な物はだいたいここにしまっていたからだ。


ふと、古い懐中時計が目に入った。

保存魔法をかけてあるのだろう。

少し色褪せているが綺麗なまま。

蓋を開けると、蓋の内側に、大爺様と大婆様の若い頃の姿絵が貼ってあった。


魔族の姫だった大婆様は艷やかな黒髪で赤い瞳をしている。

カーブした丸い(つの)が左右にあるが、左側の(つの)は先端が欠けてしまっていた。

むかし大きな事故があったと聞いてはいるが、詳しくは知らない。

大爺様が触れたがらないから避けるようにしていた。


大爺様は精霊族。

翠玉の長い髪はゆるやかにウェーブしていて淡い光をまとっていた。

煌めくアイスブルーの瞳はすべてを見通すかのようだ。



実際、大爺様は〈時渡りの瞳〉を持っていた。

時の精霊だった大爺様は、精霊力を使うことで過去や未来を視ることが出来たのだ。



一度だけ大爺様が力を使うところを見たことがある。

魔法とは違う、精霊だけの特別な力。

時渡りをする時は、瞳の色が深い青に光っていた。


まだ小さかった俺は意味が良く分かっていなかったが、とても惹かれた気持ちだけは覚えている。


その頃からだろうか。

大爺様が熱心にいろいろと教えてくれるようになったのは。


魔法の使い方、剣や弓の使い方。

地図の見方、各国の言葉、山の歩き方、海の知識。


そして「兄のおまえが弟妹を守ってやりなさい」と言われた。

「けして魔族に会わせてはならない」とも。


俺よりも下のふたりのほうが魔力が多いのに「守れ」と言われたことが当時は不思議だった。

理由は教えてくれなかったが、もしかしたら今回のことが見えていたのかもしれない。


……だったら教えてくれたら良かったのに。

そう思いつつも、あの大爺様が教えなかったということは何か理由があるのだろうと肩を落とす。

もしかしたら更に問題が増えるのかもしれない。

溜息が出る。



ダメだな俺は。

いつもあと一歩のところで考え込んでしまう。

この髪だって大爺様に憧れて伸ばしていたけど、金髪のストレートなんてエルフにしか見えない。

瞳の色だけが、大爺様と同じだ。


同じ色なんだから俺も精霊の力が使えたらーー何度そう思ったことか。




魔王城に行くなら途中で精霊の森にも寄ってみよう。

もしかしたら大爺様の家族に会えるかもしれない。

亡くなったことを伝えるべきだろう。


精霊族は本来かなりの長寿であるはずなのに大爺様は1200年ほどで亡くなってしまった。


交わることなど誰も想像していなかっただろう、精霊と魔族、ふたつの種族。

しかも、ふたりとも王族出身。

それがこんな山の中で生涯を終えたのだ。

簡単な気持ちで国を出たわけじゃないことだけは分かる。

彼等の壮絶な人生が想像される。


大爺様のことを伝えたら大精霊達はどんな反応をするのだろう?

不安はあるが、故人のことを伝えるのは礼節だ。

余計なことは考えないことにする。



この懐中時計も持っていこう。

この辺にあるのはたしか大爺様の大切な物のはず。

俺はそこにあった箱ごとマジックバックにつっこんだ。


旅に使えそうな魔道具もいくつか見つけてバッグの中に放り込む。



あとは、里の皆に挨拶をして。

フィンにも旅に出ることを伝えて……


ーーいつ帰ってこれるかなんてわからないし。


ーー待っててくれなんて⋯⋯言えないよな。


俺は静かに目を閉じ、いつも勇気をくれる彼女の姿を思い起した。




さらに1週間がたった。


父からの連絡は、まだない。

魔王の襲撃から一週間たっても返事がなかったので再び伝言鳥を飛ばしたのだが、それでも連絡がないのだ。

不安は日に日に強まっていく。


やはり何かあったとしか思えない。

状況がわからないのにアリス達を隣国に連れて行って大丈夫だろうか。

あいつらは一緒に行きたがっていたけれど、やはり俺が一人で向かったほうが良いかもしれない。

アリス達のことはフィンにお願いしてみようか。

一人でモヤモヤと悩んでいた。




「あ、そのことだけど、私達はエルフの谷に戻ることになったみたいよ」

フィンに相談に来たのだが、突然の引っ越し宣言。



「昨夜、大人たちが会合を開いたらしくて、そこで決めたみたい。」

畑の野菜を収穫しながらフィンは話を続ける。


「ほら、ルーヴィッヒ様の結界が薄れてきてたから魔王がここを見つけられたって言ってたじゃない? このままだと結界がどんどん薄れて他の人達にも見つかるかもしれないから、そうなる前に皆で谷に帰ろうって話になったそうよ」


ーーエルフの谷か……俺達は行ったことがないだよな。たしかに里の皆の安全を考えたらそのほうが良いだろう。


ーーけど、混血の俺達は彼らに受け入れてもらえるのか? この里ですら余所者扱いだったというのに。


ーーだがアリス達を連れて隣国に行くのは難しいだろう。向こうへ行っている間はフィンに面倒を見てもらおうかと思っていたが……谷に行かせるのも問題がある気がするし。


ーーあああっ本当にどうしたらっっ



「……オン? レオンってば!」

「ーーっ」

「もお。ま~た眉間にシワが寄ってる!」

「え……あ、ごめん……」


眉間を指先でつつかれて我に返る。

フィンは「困った子だね~」とでも言いたげな顔でこちらを覗き込んでいた。

同じ歳なのになぜかいつもフィンの方がお姉さんポジション。


彼女はため息をついてからニッコリと笑って言った。


「わかってるよ、あの子達のことが心配なんでしょう?」


「でもさ、ひとりで悩んでないで話し合ってみたら良いじゃない。あの子達はレオンと一緒に行きたがってるもの。勝手に決めちゃったら可愛そうだよ」

「それは……そうなんだけど」

「じゃあ、話し合いましょう。 はい、ひとりで悩むのは終わりね!」

「強引だなあ」


相変わらずのフィンについ笑ってしまった。

そういえばこの2週間、ほとんど笑っていなかったような気がする。


手をパンパンと叩いて土を払い落とす彼女の姿は、凛としていて美しく、頼もしい。

フィンに言われるとそれが正しいような気がするんだから不思議だ。



いつもと変わらないフィンに自然と笑顔がこぼれる。

けれど、この穏やかな時間はもうすぐ終わるのだろうと覚悟した。

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