042 崩れる結界
聖山の麓、エフル族が構える陣の南側。
茂みに隠れて王国の様子を伺っていたラウルはぽそりと呟いた。
「……始まったか」
麓に広がるカーディナル王国を覆う濁った結界、そこに亀裂が入った。
聖女の結界は解除され、現在、王国を覆っているのは呪いの結界だけ。
その不穏な結界に中央からピシリピシリと亀裂が走り蜘蛛の巣のように広がっていく。
結界崩壊が始まったと連絡を受けたレオンハルト達もラウルと合流。
遠見の魔法で王国内を見渡せば、敵軍も味方軍も配置がよく分かる。
王都の東門では王国騎士団と王国軍が隊列を組んでおり、そいつらと対峙するのはローゼンドルフ辺境伯軍陣営。
彼らは王国の中央付近にある平野に陣を構えている。
辺境伯陣営はそこで簡易結界の魔道具を使い聖領域を展開している。
だが結界を壊すのはもう一つの魔道具。
大地に設置された木製の台の上に置かれた球状の物体。そこに、閣下が背負っていた槍の聖魔力を注ぎ込めば、稀有な魔力の波動が広がっていく。
錬金村に古くからあった魔道具に、魔界から持ち込まれたという魔石を分割して一部を組み込んだものだ。
その魔道具は魔力に揺らぎをもたらす。
魔界の魔石を組み込んだことで、魔族の力に強く反応するようにした。
内側から弱らせた結界に、外側からも刺激を与えれば崩れるだろうと考えたのだ。
では外側からの刺激はどうするか。
細かく砕いて砂状にした魔界の魔石を上空から振り撒く。
魔界の強い魔素を含んだ魔石が結界に降り注ぐことで、魔道具の反応をより強く引き出すのだ。
これを誰がやるかで揉めたが、ヴィーが俺に任せろと言って魔石の袋を持っていってしまった。
アリスとトールに別の仕事を頼んだからヴィーも役に立ちたかったのだろう。
注視ししないと気づかないくらいの小さな影が結界の上空を旋回している。
結界が壊れたあとは、ヴィーは旧王都にある結界の家に身を隠すように伝えてある。
ちょうど辺境伯陣営の後方、旧王都の外れには1200年前に救世主が住んでいたとされる結界の家がある。
救世主のモノ作り職人が作った魔道具は登録した者やその系譜の者しか使えないと言われているが、レオンハルトには自信があった。
ーー転移扉は俺を受け入れてくれた。きっと結界の家にも入れる。
広がっていく亀裂。
辺境伯軍が挑発すれば王国騎士団が攻撃を始めた。
矢が飛んでくれば風魔法で薙ぎ払い、暴風が襲ってくれば土魔法で壁を作って防ぐ。
土魔法を展開すれば水魔法で洗い流され、水の激流が襲ってくれば風の刃で流れを断ち切る。
繰り出された炎は水の盾で防ぎ、植物魔法を仕掛けられれば剣を振るい、炎魔法で焼き払った。
辺境伯軍にも合同軍にも優れた魔術師部隊がおり、お互いに一歩も譲らない。
洗脳されているとはいえ同じ王国の民。
なるべく被害を少なくするために魔法での応戦で時間を稼ぐ。
新聖女か、謎の悪魔か、元凶を倒せば洗脳も解けるだろう。
王都の不穏分子もこの際にまとめて掃除するつもりで挑んでいる。
だがまずは、この結界。
結界内で、それも王都近くでの巨大魔法の応酬。
辺境伯側は王国軍へ向けた攻撃に紛れて上空に向けても魔法を放つ。
爆炎の衝撃、水の刃、氷晶を乗せた渦巻く風。
空に向けられた魔法を警戒した合同軍の魔法師も上空に向かって魔法を放つ。
ぶつかり合う魔法の連続。
やがてそれらは雷鳴を轟かせ、自ら発生した稲妻の振動を結界に響かせた。
沢山の稲妻が天から地に向かって降り注ぐ。
結界に沿って走る光と音。広がっていく結界の亀裂。
そして、ひび割れていった結界はついに砕けて崩れ落ち、王国は抜けるような青空を取り戻した。
モニカ嬢はすかさず聖魔法を発動して王国全体の浄化を始める。
王都にある神殿で異変を察知し青ざめる新聖女スカーレット。
闇に身を潜めていた悪魔ラキエルも眉を潜めた。
「……頃合いだな」
崩れていく結界を確認したエルフ達も王都へ仕掛ける。
地上部隊は大人数で乗り込むため、王都北側の城壁に向かって魔法を放った。
爆裂魔法に破壊された城壁。
防衛しようと抵抗する王国騎士団に向かって放たれる矢の嵐。
エルフ達は身体強化で走り込んだ勢いのまま、城壁内になだれ込んだ。
それを聖山から見下ろしていた飛行部隊も、それぞれ自身に魔法をまとう。
少数で編成するのこちらの部隊はルイードの救出へ向かうため隠密で王宮へ侵入する予定だ。
レオンハルトも魔法の翼を広げる。
「行くぞ」
警邏隊長の静な掛け声で飛び立ち、まっすぐに王宮へと向かった。
□□□
王城より少し南東の一角に構えられた神殿。
新聖女スカーレットは青ざめていた。
「ど、どうしよう……」
異変を感じて神殿から空を見上げれば、悪魔の魔力を借りて張ったはずの結界が崩れ落ちていく。
王都の北の城壁では侵入者が襲撃してきたと大騒ぎで王国騎士団が対応にあたっている。
ーーなんで? どうして!?
悪魔の結界を破るなんてありえない。
こんなの想定外よ!
この国にラキエル様を上回るほどの力を持っている人なんていないわ。
そもそも、魔界とこの世界では魔力の質が異なるもの。
誰も知らないはずのこの魔力に気付いた人がいるというの?
破られるなんてウソよ、そんなのーー
嫌な汗が背中を伝う。
早足で自室に戻ったスカーレットは水晶の魔道具に祈りを捧げた。
ーーラキエル様!!
けれど、反応がない。
早く、早く来てください……!
必死に祈るスカーレットだが、悪魔ラキエルは姿を現すつもりはなかった。
彼は特異な魔力が空から近づいてきているのに気付いていたのだ。
目的のための最適解は何か。
スカーレットの存在など取るに足らない。
今は静観することにした。
□□□
高い空を飛び、静かに王宮の裏手に着陸した飛行部隊。
こちらはたった5人の少数部隊だ。
できればバルコニーなどから直接侵入したかったが、王国魔術師がかけた結界魔法に守られていたため強行しなかった。
さすが王家の住まう宮殿。
守りは万全らしい。
「どうだ、いけるか?」
「少し時間をください」
「大丈夫、王城であいつらが暴れているからこっちは手薄なはずだ。落ち着いて頼む」
索敵魔法が得意なエルフが宮殿内の様子を探る。
まずは状況把握。
他国の要人である父はおそらく陛下と一緒に身を隠しているはず。
どうか無事でいてください……
悪魔の目的が不明なまま合流しても大丈夫なのかと一抹の不安も抱えたものの、父ルイードの早い救出を願うレオンハルトだった。
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