040 東の守護柱・ローゼンドルフ辺境伯
ローゼンドルフ辺境伯。
聖山との国境にある領地を守っている、代々続く戦士の家系。
ローゼンドルフ辺境伯は古くから続く由緒正しい貴族だ。
まだ国境の防壁が無かった遠い昔、この地で戦っていた王族の一人がそのまま居を構えたのが始まりである。
当時は「ローゼン」という名の小さな村だったが、 王弟「ルドルフ」が自然の美しいこの地を気に入り砦を作って住み始めのだ。
「ローゼンのルドルフ様」と呼ばれていたが、そのうち名前と地名が混ざり合って「ローゼンドルフ」となり、民も親愛を込めてこの地を「ローゼンドルフ領」と呼ぶようになった。
山に囲まれているため獣や魔獣が現れることも多く、他国と接しているので過去には諍いもあった土地。
共に力を合わせて苦難を乗り越えてきた辺境伯家と領民は強い信頼で結ばれており、その絆は代々受け継がれている。
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その信頼厚い軍を率いて進む辺境伯閣下だが、今は後方にいる愛娘が気がかりだ。
ーーあの日、国の異変を感じて慌ててアシュリーを国外に出したものの、行軍に同行されては元も子もない。
せっかく安全を確保したはずだったのに。
あの日、結界の違和感をはっきりと感じ取ったあの夜。
強烈な魔力の波を感じ取った私は、自分の思考が歪んでいたことに気づいた。
トルナード殿下から婚約破棄を言い渡されたアシュリー。
悲しんでいるであろう娘を案じるのが親の姿というものだろう。
なのに私はどうだ。
娘が不甲斐ないせいだと腹を立てていた自分が信じられなかった。
なぜそんな思考になっていたのか。
疑うは洗脳や魅了の類。
犯人は誰だ。
目的はなんだ。
歪んだ思考が私に告げる。
『アシュリーを国外に追放せよ』
それが望みなら、娘は国外に出してしまおうか。
夕刻に届いた情報も考慮すれば、きっとそれが一番安全なはず。
昔からこの地と交流がある錬金術村の使者が届けてくれた情報。
ーー結界に異常あり。
話を聞いたときは理解できなかったが、今なら分かる。
我々の思考が歪んでいるのは、おそらくこの結界のせい。
アシュリーに害が及ぶ前に国外へ出てしまったほうが良いだろう。
そう思ったものの、国外へ行くには護衛がいる。
だが、その者は信頼できるのだろうか?
思考が歪むこの状況では誰も信じることが出来ない。
『婚約者に見捨てられるような娘は不要だ』
私に告げる言葉に飲み込まれそうになる。
不要なわけがあるか。
私の大切な娘だ。
自分の意識を保っていられるうちに……早くアシュリーを国外に逃さなくては。
幸いにも、レオンハルト殿が聖山との堺にある山道を通るだろうと使者から教えてもらった。
そこでアシュリーと合流してもらおう。
その後はよく覚えていない。
大急ぎで馬車を準備してアシュリーを送り出したような記憶はあるが、おぼろげにしか思い出せない。
それから2週間後、執務室にいた私のもとへ一羽の魔法鳥が届いた。
その鳥は着くなり聖なる光を放つと、手紙と解呪クッキーを残して魔素に戻った。
おかげで執務室の中は浄化されて私も正気を取り戻せたわけだが。
魔法鳥に荷物を添付するだけでも高度な技術を必要とするのに、聖魔法までついていたのだ。
娘が元聖女と一緒にいるであろうことは容易く想像できた。
そして王国全体が洗脳状態であろうことも。
私はこれでも王家の血を引く一族の現当主。
歪められてしまったこの国を正常に戻さなくてはならない。
成すべきことが見えてきた私はすぐに準備を始めた。
数週間後、今度は簡易結界を張る魔道具も届いた。
元聖女と娘のおかげで辺境伯の城周辺は浄化できた。
ならば次は王都へ向かって国の中枢を正そうと、粛々と準備を進める。
時々届けられた解呪クッキーのおかげで、軍にかかわるほとんどの者たちは正気を取り戻せた。
そのうちリオニダス卿と元聖女モニカ嬢も合流した。
もちろんアシュリーも。
この結界は悪魔によるものだと話していたが、伝承でしか聞いたことがない悪魔の存在はどこか他人事のようで想像がつかない。
ただ、悪魔の相手はエルフ族が請け負ってくれるとのことなので我々は国を正常に戻すことに注力することにした。
王国騎士団の注意を引き付ける役割もあるのだが、無闇に戦うことは避けつつ浄化を進めたい。
リオニダス卿とアシュリーには領地で大人しくしていて欲しかったのだが、アシュリーはどうしても一緒に行きたいと譲らなかった。
リオニダス卿も、他の王族に何かあれば王位を次ぐ可能性もあるのだからと説得を試みたが、アシュリーが行くなら自分に守らせてほしいと言われてしまった。
ならばアシュリーの護衛をしながら後方から2人でついてくるようにと話をつけたわけだが。
仕方がないから同行を許可したものの……王都へ着く前に離脱してほしいのが本音だ。
頼んだぞ、リオニダス卿。
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