029 赤髪の騎士の本音
赤髪の騎士、リオニダス目線です。
よく晴れた朝、レオンハルト様は増援を呼ぶためにエルフの谷へ向けて出発した。
「このまま行かせてしまって良かったのですか?」
憂いのある表情で見送っているアシュリー嬢を見ていたら、思わず声が漏れてしまった。
彼女は少し驚いたように何か言いかけたあと顔を伏せてしまったので、それ以上声をかけるのは躊躇われた。
しまったな。
少し気が緩んでしまっていたようだ。
今まで隠してきたんだ、きっとこれからも隠し通すつもりなのだろう。
アシュリー嬢はもう殿下の婚約者ではないのだから自由だ。
けれど、レオンハルト様にも想い人がいるらしいと聞いたことがある。
谷にはその「想い人」もいるだろう。
昨夜は届いた伝書鳥に嬉しそうな顔をしていた。
ーーうまくいかないものだな。
オレは青空を見上げながら心のなかで溜息をつく。
「……いつから、気づいてらしたんですか」
ポツリと言ったアシュリー嬢の耳が赤い。
可愛いな。
いつから……と言われると、最初からなのだが。
「子供のころ、陛下の戴冠式のお祭りがあったじゃないですか。トルナード殿下がお忍びで城下町に遊びに行ったとき、アシュリー嬢とぶつかったでしょう」
「ええ、覚えてます」
「あのとき、オレもいたんですよね」
「……そうだったんですか」
あのとき、すれ違う視線にすぐに気づいた。
殿下はアシュリー嬢に釘付けだったけれど、そのアシュリー嬢の瞳には、殿下の肩越しに見えるレオンハルトしか映っていなかった。
人が恋に落ちる瞬間を見てしまったと思ったよ。
オレもあの頃はまだ殿下の側近候補としていつも一緒にいた。
アシュリー嬢に一目惚れした殿下が婚約者にと望んで、3人でいることも増えて。
「おとなしいけれど芯の通った少女」というのが初めの印象だ。
健気に自分の責務を果たそうと頑張るアシュリー嬢を見ているのは少し複雑な気持ちだった。
「あの、誰にも言わないでくださいね」
その上目遣い、やめてくれ。
染まった頬に触れたくなるじゃないか。
心臓がつぶれそうだ。
「言いませんよ、誰にも。2人だけの秘密です」
少しふざけてウインクしてみれば、彼女は安心したようにクスリと笑った。
言えませんよ、誰にも。
貴方は知らないでしょう。
いつからか、オレの視線が貴方の姿を追いかけていたことを。
貴方と殿下が一緒にいるのを見たくなくて騎士団入りを希望したことを。
辺境伯の兵達よりも強くなりたくて必死に訓練していたことを。
貴方がつらい思いをしてここまで来たというのに
オレは「婚約破棄されたのなら自分にもチャンスがあるかも」なんて思ってしまった。
祖国が大変なときに何を考えているんだか。
情けない。
殿下に呼ばれて護衛についた一年前の夜会、久しぶりに貴方の近くにいられるのは嬉しかった。
けれど、レオンハルトに再会したとき貴方の瞳が揺れるのを間近で見ることになるとは思わなかったよ。
最初から想い人がいるのは分かっていた。
そして貴方には国が決めた婚約という名の契約があることも。
来年の婚姻式ではちゃんと祝うつもりでいたんだ。
大切な幼馴染と貴方が幸せを歩めるようにと祈るつもりだった。
それなのに、婚約破棄するとかバカだろう。
なにやってんだよアイツ。
今度会ったら絶対に殴ってやる。
殿下もレオンハルトも貴方の手を取らないというのならーー
「ねぇアシュリー、子供の頃みたいにリオって呼んでよ?」
せめて、貴方を守るのは自分でありたい。
貴方がいつでも笑っていられるように。
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次回はエルフの谷からお届けします。




