028 新聖女スカーレット
レオンハルトがエルフの谷に辿り着いた頃、カーディナルの王城ではトルナード殿下がため息をついてた。
執務室の窓から見える城下町は平和そのものだ。
城の敷地内にある宮殿や庭園はいつ見ても美しく整えられている。
城を守る兵たち、仕事をしている官僚たちも、いつもと変わりないように見える。
けれど、何か違和感がある。
ーーアシュリーがいない。
ーーなぜ私は婚約破棄などしてしまったのだろう。
第一王子として、将来この国を治める者として、幼い頃から厳しい指導に耐えてきた。
礼儀作法、学芸、歴史、剣術、外交術……
辛くて逃げ出したいときもあったが、アシュリーがいてくれたから頑張れたんだ。
周りから向けられる目は「王子」としての私しか映していない。
それがとても息苦しく感じても、彼女を想えば心が暖かくなって私は私でいられたのに。
子供の頃、戴冠式が行われて父上が新国王となったとき。
祭典には親交ある国々から賓客が訪れ、城下町の祭りも大賑わい。
私はどうしてもお祭りに行ってみたくて、同世代の子供たち数人とお忍びで城下町へ遊びに行った。
そこで出会ったアシュリー。
ふわふわの金色の髪、くりっとした目と長いまつ毛、白くて柔らかそうな肌。
一目惚れだった。
私の可愛い天使。
可愛いだけじゃない、成長した今では儚い妖精のような美しさで、教養もマナーも完璧。
私の妃に相応しいのは彼女だけだ。
ーーなぜ私は婚約破棄をした?
そうだ、守らなくてはいけないと……遠ざけようとしたのだ。
何から? 誰から?
思い出せない。
もうこの手がキミに届くことはないのか。
キミの手を取り、温もりを感じたい。
物思いにふけていると、ドアをノックする音が聞こえた。
従者が開けたドアの先にいたのは、艷やかな緋色の髪のご令嬢。
「スカーレット嬢、何か用か?」
自分でも驚くほどの冷たい声が出た。
私はこの女を警戒している?
そういえば、この新聖女は神殿だけでなく王城でも我が物顔で歩いている。
そして、あろうことか王の住む王宮にまで口を出していた。
こいつのせいで最近は王も王妃も姿を見せることがなくなった。
この異常な事態になぜ誰も何も言わない?
魔法で操られている?
だが王城内は対魔法結界で守られているはず。
この女は一体……
「トルナード殿下」
スカーレットは金色の瞳を光らせて微笑んだ。
肩の位置で切り揃えられた緋色の髪がサラリと揺れる。
「城下で話題のスイーツをいただきましたの。一緒にお茶でもいかがですか」
「……わかりました、喜んで」
彼女の声に呼応するようにトルナード殿下の瞳からは光が消えた。
殿下はスカーレットに言われるままに席につき、従者がいれてくれた紅茶を飲んだ。
それを見たスカーレットも満足そうに紅茶を口に運ぶ。
……まったく、意志の強い者は術のかかりが弱くて困るわ。
殿下もさっさと私に落ちてくださればラクになるのに。
まぁいいわ。
殿下はしばらく私のいいなりだし、邪魔者もほとんど排除できたはず。
あんな平民の小娘よりも私のほうが優れているのだから、聖女に相応しいのは私よ。
今後こそ認めさせてやるわ。
あとは、約束のものを見つければ全て思う通りね。
□□□
月明かりが静けさを照らす夜深く。
スカーレットは王城から少し離れたところにある神殿内の自室で祈っていた。
月の光がさす位置に水晶玉を組み込んである魔道具を置いてしばらく祈り続ければ、闇の中にゆらりと影が立ち上がる。
スカーレットは瞳を輝かせて影に近づいた。
「ラキエル様!」
現れた影はやがて実体化する。
黒く長い髪、彫刻のように整った容姿、尖った耳と2本の角。
男か女かも不明だが、そんなものは関係ないと思えるほどの美しさ。
真紅に光る瞳は見たもの全てを虜にしそうなほどに妖しく惹きつけられてしまう。
『久しいな、スカーレット』
「お会いしたかったです、ラキエル様」
『例の召喚術はわかったか』
「まだ見つけられておらず申し訳ありません。ですが王城内はほぼ掌握できました。もう少しお待ち下さい!」
『そうか、あまり待たせるなよ』
向けられた視線にスカーレットはゾクリとして息を呑んだ。
冷たい空気を向けられているのに、その美しさに見とれてしまう。
「最後に召喚した救世主が、今後は召喚術を使わないようにと当時の国王と約束を交わして封印したようなのです。」
『ああ、あいつか。余計なことをしてくれたものだ』
「手がかりを探させているのですが、意志の強いものは洗脳が薄れることが時々ありまして」
『それで?』
「あの……もう少しラキエル様の魔力を貸していただければと……」
上目遣いで伺うスカーレットだが、この悪魔にそんな甘えた態度は通用しない。
ラキエルは慕ってくる彼女を見下ろしたまま不敵な笑みをもらす。
『対価は?』
「こちらに人気のお酒類を揃えました」
テーブルにはこの国で人気の酒類のボトルがずらりと並んでいる。
中には入手困難な幻の銘酒もあり、スカーレットは自信満々の笑顔だ……が。
『つまらんな』
「そんな! じゃ、じゃあ、私の髪……とか?」
『契約時にもらったし、それ以上髪を短くしてどうする』
「えっと、では……ええっと……」
どうしようかとオロオロしていると、悪魔がぽつりと言った。
『おまえの魔力でいい』
「えっ?」
『おまえの魔力と交換だ。おまえの欲が混ざりあった魔力は悪くない』
悪くないと言われたスカーレットは嬉しいのと恥ずかしいので顔が真っ赤だ。
これでも17歳の少女。聖女見習いとして神殿に入ってからは恋愛事に縁がなかったため、異性に褒められると弱いのだ。
だがしかし、侯爵家の末っ子として可愛がられていたためプライドが高く負けず嫌いでもある。
「……素直に欲しいと言ってくだされば、いくらでも差し上げますのに」
『はっ、小娘が言うようになったな』
ニヤリと笑った麗しの悪魔は魔力を交わすためにスカーレットの額に口づけし、月に照らされた影は闇に溶けこんでいった。
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☆悪魔ラキエルは「異世界創造伝記」にもチラッと出てきます。
名前は出てこないですが、よろしければこちらもよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n7983jn/




