026 ドバニー村
モニカ嬢が「神父様」と呼んだその男は、耳が尖っていて山羊のような角があった。
え? えっ?? もしかして魔族???
少し戸惑ったが、ドバニー村の神父は人族と魔族のハーフだという。
150年前に魔王アモンが山を吹っ飛ばしたとき、衝撃で瓦礫が辺り一面に飛び散り土砂崩れが起きたりした。
こりゃいかん!と、周辺にいた魔族たちが近隣住民の救助に動いたようだ。
助けられた住民たちは魔族に感謝し、仲を深めるうちにこの地で一緒に住み始めたらしい。
家庭を持つ者、愛を育んだが結局は単身で魔族領に戻っていった者、生まれてきた新しい命。
種族が違うと習慣も違うため、最初はトラブルも多かったようだ。
そんな異種族の者達を受け入れてきたのがドバニー村の代々の村長。
国境の町から馬車で15分ほど北に行ったところにあるその村では、魔族と人族が共存していた。
魔族と言っても、今では血が交わった者がほとんどで純血の者は少ないらしいが。
つまりはハーフとクオーターの住民が中心の村だ。
魔族の血を引いている者は、牙や角や耳の形など、それぞれ特徴がある。
純粋な人族からは奇異な目で見られることが多いので、山に囲まれた小さな村は都合が良かったようだ。
神父は大爺様と大婆様のことも知っているらしかった。
『シノン様の曾孫殿』と大歓迎されてしまったが、こちらは戸惑うばかりである。
「レオンハルト様に仕えることができて光栄です。なんなりとお申し付けください」
ーーいやいやいやいや。仕えてもらうとか全然考えていませんけど!?
「お父上がカーディナル王国内で消息不明と聞きました。……そんな国は滅ぼしましょうか?」
ーー物騒なこと言わないでくださいっっ
神父様は優しくって強くって頼りになってかっこよくって博識なんじゃなかったのか?
チラリとモニカ嬢に目をやると、キラキラした目で神父を見つめていた。
……恋は盲目ってやつかな。
「あの、こちらとしてはカーディナル王国内の情報と、結界の正体が知りたいのです」
「それと父上の救出にはエルフ族に協力してもらう予定ですので、国境を通る時に力を貸していただけると助かります」
落ち着いて交渉しようと思いこちらの希望を述べると、神父は「承知しました」と頷いた。
しばし考えた後「領主様の許可が必要なこともありますのでご報告しておきます」と伝書鳥を飛ばした。
領主は隣国の異変を知ってはいるものの、国同士がぶつかって戦争になるのを避けるため、ドバニー村に委任しているようだ。
「結界についてなのですが、おそらく魔界で使われていた魔術ではないかと考えています」
「魔界の……魔術、ですか?」
「ええ、こちらの世界の魔法とは違うものであることは間違いないのです。結界を抜けた者達が体調を崩すのは洗脳状態から開放された反動ではと思い調べたところ、徐々に洗脳して傀儡にする類の禁術があったらしいことがわかりました。」
ーー領主は敵を悪魔と予想して、魔族の血を引く住民が多いドバニー村に任せたということか。
「精霊も弾いているようなのですが」
「私も魔界に行ったことがないので推測になってしまうのですが、精霊という存在が魔術の行使に邪魔なのかもしれません」
「それで精霊と心を交わすと言われる聖女を追い出したということか。聖女様には洗脳が効かなかったようですしね。」
「でも私、精霊には聖魔法の行使に時々力を貸してもらうだけで心を交わしてなんかいないですよ」
「その『力を貸してもらう』というのが心を交わしていることになるのでしょう。普通の人には分からない感覚ですから」
「そうなの……かなぁ?」
コテンと首をかしげるモニカ嬢。
無意識に精霊に力を貸してもらっていたとは、なかなかの強者だ。
ーー精霊力も『精霊と心を交わして』発動するから、たぶん似たような感覚なのだろう。
もしかしたら、応用すれば悪魔の結界を破れる可能性もある。
「幸いにも辺境にいらっしゃるローゼンドルフ閣下はまだ洗脳されていないと思われます。聖山にも近いので精霊も多いはず。手を組むのが最善かと」
「ですが昨日は少し様子がおかしくてわたくしは国から追い出されてしまいました」
「それはきっと、閣下なりに貴方を安全なところへ送り届けたかったのではないでしょうか」
「……そうなのかしら」
「閣下に伝書鳥をお送りしてみましょう。モニカ嬢の解呪クッキーも一緒に送ると良いかもしれません」
「あっそれなら簡易結界の魔道具もご用意したいです!」
「えっモニカ嬢、魔道具まで作れるのですか!?」
「いえ、神父様や町工房の皆さんに協力していただいてるんです。まだ完成はしていないんですけど……」
「すごいですね! 俺達にも手伝えることがあったら言ってください」
「ああ、それは有り難いですね。我々だけでは難航しており聖山の魔素を利用してみようかと思っていたところです。精霊力を少し貸していただけると助かります」
ーー今、この神父は精霊力と言った?
たしかに大爺様のことも知っているようだったけれども。どこまで知っているのだろう。
この神父はなんとなく油断ならないと感じた俺は、貼り付けた笑顔のまま「わかりました」と答えた。
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