024 小国パデボルン
俺達が乗る馬車はもうすぐ目的の国境に辿り着こうとしていた。
小国パデボルンとカーディナル王国のふたつの国、そこに聖山から続くこの山道が交わる国境。
こういった形の国境は珍しいかもしれない。
魔道具で栄えてきたカーディナル王国に対して、パデボルン国は農業と漁業が盛んである。
とくに農作物は、聖山から流れてくる川の水に栄養分や魔素が多く含まれているため他の地域よりも育ちが良いらしい。
その恩恵を与えている聖山は特別な存在である。
神聖視されていることに加え、魔素が濃すぎるために普通の人族は山中に足を踏み入れることがほとんどないと聞く。
よほど体内魔力が高いか適応している者以外は、高濃度魔素の中に長時間いると身体に異常をきたすためだ。
つまり、聖山に住んでいる者達はいるがどこの国にも属していない、一目置かれた民族というのが一般的な認識だ。
実際、聖山に住むエルフ達も、錬金術の村も、他国に比べると魔法の扱いが遥かに優れている。
そんな聖山に住む民族を敵に回すのは愚かな行為としか言いようがない。
それなのにエルフの父上が巻き込まれてしまった。
ただ巻き込まれただけなのか、それとも勝算があって仕掛けてきたのか。
カーディナル王国の中枢で何が起こっているのか早く確かめなくては……。
考えを巡らせていると、馬車のスピードが徐々にゆっくりとなり静かに止まった。
ドアを開けて周りを確認する。
「ヴィー、トール、お疲れ様。無事に着いたようだね」
「ここからは歩いて行ったほうが良さそうだよ」
「オレ頑張ったぞ。もう小さくなって良いか?」
「ああ。ありがとうな、ヴィー」
馬車を道の端っこに停めたヴィーは小鳥の姿に戻り、トールの右肩に止まった。
俺は馬車の中のアシュリー嬢に手を差し出して国境までエスコートする。
国境に向かって歩いていると、こちらに気づいた警備兵たちが少し騒がしくしていた。
「アシュリー嬢ではありませんか!」
赤髪の警備兵らしき男が慌てて走ってきた。
どこかで見たことがあるような気がする。
どこだったろうか……
「リオニダス副団長、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
アシュリー嬢の言葉で思い出した。
そうだ……この男、カーディナル王国騎士団の副団長だったはず!
昨年カーディナルを訪れた時に王城で護衛をしていたのを見た。
子供の頃にカーディナルへ行ったときも、おぼろげだが一緒に遊んだ記憶がある。
第一王子の幼馴染だ。何故こんなところで国境警備をしているのだろう。
「アシュリー嬢、こんな所に来るなんて、何かあったのですか!?」
「実は殿下に婚約破棄されてしまいまして、父からも国から出ていくように言われてしまいましたの」
「はあ"ぁぁぁぁぁ!?」
ーーうん、驚くよね。分かるよ。
赤髪の騎士の後ろに怒りのオーラが見える。
そんな怖い形相してたら皆が怯えちゃうから落ち着いてくれ……。
「リオニダス副団長はどうしてこちらに?」
「……その、モニカ聖女が国外に出るまでの護衛任務で国境まで来たのですが……気になることがありまして、ここに留まるのが最善と判断し国境警備に参加しております」
「失礼。もしかして、この結界が関係ありますか?」
気になる会話が聞こえたので、つい話に割って入ってしまった。
とても失礼なことをしたと気づいてハッとしたが、赤髪の騎士は驚いた顔をしたものの咎めはしなかった。
「ご無沙汰しております、レオンハルト様」
「……すまないリオニダス卿。この結界について知りたくて気が急いてしまった」
「かまいませんよ。あちらにモニカ聖女もいらっしゃいますのでご案内します。話はそちらで」
リオニダス卿に案内してもらいパデボルンの国境をくぐると、そこには一人の少女がいた。
少女は駆け寄ると、アシュリー嬢の手を取り瞳をうるませた。
「アシュリー様!!」
「まぁ、モニカ様。ご無事で良かったですわ」
「皆様にお会いできて嬉しいです! まずはこれを。カーディナルの国境から出てきた方には薬草入りのクッキーをお配りしているんです。皆様もぜひ召し上がってください」
王国の神殿から国外追放を言い渡されたというモニカ聖女は、そう言って一人ひとりに小さな包みを手渡した。
早速クッキーを口に入れたヴィーは「ん〜……味はビミョー」と言葉をもらす。
「ヴィー! 折角くれた物になんてこと言うんだ」
「ふふふ。薬草入りだから少しクセがありますよね。蜂蜜を入れたりと工夫してはいるのですが」
「このクッキーには何か理由が?」
「カーディナルから出てきた方々は体調が悪くなることが多いので、回復魔法をクッキーに込めました」
「詳しいお話は私がお世話になっている協会でしませんか? 神父様にも手伝っていただいているんです」
モニカ聖女は強い意志が感じられる瞳を柔らかく細め、にっこりと微笑んだ。
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