002 プロローグ(後編)
一方、鍵の部屋に押し込められた2人は聞こえてきた轟音に不安になっていた。
「レオン兄、大丈夫かな。すごい音がしたよ!?」
「心配だけどこの部屋から出るなと言われたし隠れていたほうがいいよ。アリスも静かにして」
「でもっ、さっきの音は何かあったんだよ!助けに行かないと!」
「何かあったとしても、俺達はここにいたほうがいい。邪魔になるだけだ」
気配察知の魔法を展開して聞き耳を立てているヴィックこと、ヴィクトール。
静かにするように言われても、なかなか静かにできない妹のアリスことアリスティーナ。
ふたりは大爺様が生前に結界を張った鍵の部屋に隠れていた。
だが、焦るアリスは結界の鍵をこじ開けて外に出ようとする。
「でもっ、何か手伝えるかもしれないし!私は助けに行きたい!」
「もうっっどうやって開けるの!?開けっ!開いてーっ!誰か開けてよー!」
そんな様子にヴィックは少しイライラしていた。
アリスが思いつきで行動しようとするのはいつものことだ。
ため息をつき、呆れたように諭す。
「諦めろ。カギの仕掛けは魔力を登録した者にしか反応しない。この結界は大爺様がいざということのために念入りに魔力を練り上げて兄上に⋯⋯」
「開けっ開けっ開けってばぁーっっ!!!」
話を聞いていないアリスは叫びながら全力で魔力を放出。するとパキンと音を立てて結界にヒビが入った。
「⋯⋯は?⋯⋯うそだろ!? 大爺様の結界だぞ。なんでアリスが⋯⋯」
ヴィックが困惑している隙に、アリスは結界のヒビ割れた隙間から外に出ようとしていた。
「やめろアリス!本当に、頼むから大人しくしてくれっ!」
部屋から出さないため腕を捕まえたのだが、それを振り払い結界を抜けたアリスはレオン兄のいる部屋へ走っていってしまった。
「待てっアリスーーー!!」
一方、魔王と対峙していたレオン達はどうやって魔王様にお帰り願おうかと考えを巡らせていた。
魔族をヴィックとアリスには絶対に会わせてはならない。大爺様の遺言でもある。
嫌な汗が流れる。握った拳に、より一層の力を込めたレオンは意を決して穏やかな笑顔を作り対応した。
「アモン陛下、お目にかかれて光栄です。大爺様から少しだけ聞いております。大変申し訳ないが、あなたと弟妹を会わせるわけには⋯⋯」
レオンが話を進めようとしたとき、遠くから走ってくる足音が聞こえた。
嫌な予感がするーーそう思ったときには遅かった。
魔王が不敵に笑う。
「見~~~つけた」
こちらに向かって走ってくるアリスの姿がドアの隙間から見える。
魔王は手をかざして闇魔法を勢いよく放った。
ーーーーしまった!!!
そう思ってレオンは手を伸ばしたが、放たれた魔力はその指先をかすめてアリスにぶつかった。
ぶつかったように見えたのだが、アリスは無事だった。
代わりにヴィックが闇の魔法に飲まれてしまった。とっさにアリスをかばったのだ。
その場にいた全員が息を呑む。
魔王だけが、小さく舌打ちをした。
黒くうごめく魔力がヴィックを繭のように包みこんでいる。
「ゔうああああああっっ」
繭の中からヴィックの叫び声が響いてくる。
恐怖、苦痛、悲しみ、困惑、いろんな感情が入り混じっている悲痛な声。
ーーこんな声、聞いたことがない⋯⋯
レオンは弟のつらそうな声に頭の中が真っ白だ。
呆然として立ち尽くす。何が起こっているのか分からずただ見守るしかなかった。
「ははっ!あははははは!!」
大きく目を見開いた魔王が大声を上げて笑い出し、指をパチンと鳴らした。
魔王覇気の波が押し寄せてくる。その場にいた者は皆動けない。
やがて闇の魔力の繭はゆっくりと霧散しはじめた。
この間、数秒。だがとても長い時間に思えた。
我に返ったレオンは慌てて駆け寄り、消えかけている繭の中に声をかける。
「ヴィック!! 大丈夫か!? 無事か!?」
駆け寄った先には闇の魔力がまだ少し漂っているが、人の気配を感じる。
だが様子がおかしい。薄れていく黒いモヤの中をレオンは顔をしかめてまじまじと見つめた。
霧散した闇から現れたのは、ふたりの少年。
ヴィックのようで、ヴィックではない。
だが感じられる魔力は間違いなくヴィックのものだ。
ーーなんだこれ!? 何が起こった? ヴィックがふたり?
ーーだが、少し幼くなったような⋯⋯どう見ても12~13歳くらいじゃないか。しかも両方とも髪の色が違う⋯⋯一体どうなっている!?
「どういうつもりだ! なぜ笑っている! ヴィックに何をした!!?」
魔王を見上げて怒りをぶつける。そんなレオンを見ながら魔王は心底楽しそうに言った。
「なに、想定外の拾い物をしたと思ってね。」
くくくっと笑う。
「ヴィックを元に戻せ!」
「それは無理な話というものだ。これは我がもらっていく」
そう言って魔王は黒髪のほうのヴィックを抱え上げた。
今はぐったりして気を失っているようだ。
このままではヴィックが連れて行かれてしまう!!
レオンはとっさにありったけの聖魔力を集めて魔王に向けて放った⋯⋯が、簡単に手で振り払われてしまった。
ーーやはり俺程度の力じゃ無理か⋯⋯
立ち尽くして震えるレオンに何か思うところがあったのか、魔王は優しく声をかけた。
「もらい物の礼に説明してやろう。最初は一番魔力の強い娘をいただこうと思っていたが、こちらの少年の方が闇の魔力量が多かった。だが、闇の力と一部の記憶以外は邪魔だったから分離した。それだけだ。そっちの少年、本体はそっちで、こっちは魔力塊だ。」
「そっちの少年」と指を刺されたヴィックはエメラルド色の髪をしていた。
〈翠玉〉と呼ばれる精霊の力を持つ証だ。
レオンはヴィックがふたりに分かれてしまったことに困惑しつつも、とにかく助けなくてはと思い、倒れたままの本体に手をかざして回復魔法をかける。
魔王は用は済んだとばかりに出ていこうとしたが、なぜか瓦礫の上で足を止め、抱えていたヴィックを魔眼で探っていた。
何かを見つけたのか納得したように頷いたと思ったら今度は指でピンッと何かを弾き飛ばす。
弾き飛ばされた何かは、白く輝く魔力塊だった。
「珍しい魔力が混ざっていた。それも置いていく。」
わけの分からぬ状況にレオンは黒のヴィックと翠玉のヴィックと白い魔力塊を交互に見つめた。
「これは⋯⋯?」
「その白いのも同じ少年の一部だ。」
驚くレオンをよそに、魔王は白い魔力塊に向かって指差し声をかける。
「人型にするには魔素量が少なすぎる。お前は自分で好きな形を造れ」
そう言われた魔力塊はフワフワモゾモゾ揺れ動き、小鳥の形で落ち着いたようだ。
白い小鳥は満足したようにチーチーと鳴いた。
魔王は今度こそ用が済んだようで、壊れた壁の穴から出ると同時に背中の黒い羽を広げて飛び上がった。
慌てて後を追おうとしたレオンだが、魔王はすでに空の上。
「ま⋯⋯待て!! ヴィックを返せ!!!」
「ははっ!弟思いだな。会いたかったら魔族領に来い。お前達ならいつでも歓迎してやるぞ!」
そう言い残して魔王はヴィックを南の空に連れ去ってしまった。
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