015 泉の祠
「ボクはアヤメ。巫女様に言われて迎えに来てあげたよ」
そう言って案内してくれる少女。
その後ろを並んでついて行くわけだが……最後尾のトールは最高潮に不機嫌だ。
けど、せっかく迎えに来てくれたのだ。穏便に行きたい。
「きみ、森の中をひとりで歩いてて平気なの?」
「この辺は庭みたいなもんだからね!」
「へー、この森に詳しいんだね。山には魔獣がいるけど、この辺は出ないのかな?」
「祠の周りに強力な結界が張ってあるから魔獣は寄ってこないって聞いたよ」
「なるほど」
「それに、許可された者しか村に辿り着けないんだって」
大爺様の結界と同じかな。
エルフの隠れ里も同じような結界で守られていたっけ。
話をしながら歩いていると、遠くに民家らしきものが見えてきた。
あれが本家のある山村だろう。
黒ノ森の出口が近い。
「巫女様ってどんな人?」
「なんで?」
急に機嫌が悪そうな声。
巫女様の話題はNGだったか。
「え、いやぁ……会ったことがないから気になるというか」
「お前たちごときが偉大なる巫女様と親しくなれると思うなよ」
どこでそんな言葉を覚えたんだ。
そいういうつもりは全くないんだけど。
「ちょっと! さっきから聞いてたらなんなのアナタ!」
アリスが話に割って入ってきた。
お怒りのようだ。
「さっきから失礼すぎだよ! 子供だからってなんでも許されると思わないでよね」
自分も子どもだろうが。
「だいたい、レオン兄様にはもう大切な人がいるの。他の女の出る幕じゃないわ」
!?
「出る幕じゃないって何よ? そっちこそ失礼ね」
「とにかく! レオン兄様が他の女の人とお近づきになるなんてありえないって言ってるの!」
「ちょ……ちょっとアリス!」
「ふん、巫女様以上の女がいるとは思えないけど。巫女様にちょっかい出すのでなければ私は問題ないし」
「巫女様は知らないけど、フィン姉ちゃんは……」
「わー!もう!! ほらっ村に着いたみたいだよ!!」
話の方向を変えようと村を指差す。
視界の先には茅葺き屋根の大きなお屋敷と、木で作られた小ぢんまりとした神殿?
その奥には小さな泉と桜の木も見える。
太陽の光が水面に反射してキラキラと光っている。
いや、太陽の光だけじゃないな。
あの光は精霊だ。
泉の周りに精霊達が集まって飛んでいる。
この土地が愛されている証拠だ。
ーー綺麗だな。
村に着くと、村長と名乗る老翁が出迎えてくれ、本家と呼ばれる大きなお屋敷に案内してくれた。
先ほど見えた神殿と本家の他に建物は見当たらない。
「村」だったのは昔の話なのだろう。
「よう来なさった。森超えは疲れたじゃろ、お茶が入っておるよ」
「ありがとうございます」
「いろいろと話をしたいが……巫女様へのご挨拶が先じゃな。アヤメ、案内してあげなさい」
「はーい」
ヴィーは流石に疲れたのか鳥の姿に戻っている。
なんだか大人しいけれど大丈夫だろうか?
アリスとトールも、先ほどの件で機嫌を損ねたままだ。
困ったな、アヤメと相性が悪いかもしれない。
温かいお茶をいただいたら荷物を置き、巫女様のところへ案内してもらう。
アヤメが連れて行ってくれたのは先ほど見えた泉だった。
泉は苔に覆われた岩と水草に囲まれており、横には小さな祠もある。
「あの祠は?」
「あれはねぇ、この村に伝わる昔話に出てくる祠だよ」
「昔話ってどんな?」
「千年以上前、青年がこの泉で翼の乙女と出会って恋に落ちましたっていうお話で」
「へえ」
「天から魔の手が迫ってきたけど、2人は手を取り合ってこの地を守りました。めでたしめでたしって話の記念?の祠なの。小さい頃から聞かされてたんだ。」
「そんな昔話があるんだ。素敵だね」
「翼の乙女なんているわけないし。子供だましだよね〜あはは!」
本当にいたらすごいなという気持ち半分と、社交辞令半分で言ったつもりだったのだが、アヤメは手厳しいようだ。
けれど泉に精霊たちが集まっているのだから特別な何かはありそうな気がする。
泉の向こう側、少し奥まった所に山桜が咲いていた。
ハラハラと花びらを散らし、泉に浮かんだ花びらはゆっくりと水面を滑っていく。
その桜の木の下、花びらに霞むように巫女様はいた。
長寿と聞いていたが、見た目の年齢は16歳くらいに見える。
白と紅色の上品で趣のある衣をまとっており、ひとつにまとめられたミルクティー色の長い髪は風に揺れている。
「こんにちわ。ルーヴィッヒ様の子孫の皆様」
「はじめまして、レオンハルトです。こちらはアリスとトール、小さいのがヴィックです」
「こんにちわ!よろしくお願いします」
「こんにちわ」
「よろしく」
やっぱりヴィーが大人しい。
「……あら、魔力酔いしているようですね。大丈夫ですか?」
巫女様はアリスの頭の上でくったりしているヴィーに声をかけた。
そして、手をかざし弱めの回復魔法をかけて魔力の循環を手助けしてくれた。
「魔力酔い?」
「黒ノ森よりこちらは特に魔素が多いですからね。急激な濃度変化に身体がついていけなかったのでしょう。時間が経てば治るかと思いますので、今はゆっくりお休みください」
「ん〜」
「大丈夫かヴィー。ありがとうございます、巫女様。」
巫女様は優しく微笑んで「いいえ」と言った。
「みなさんも黒ノ森を抜けてきてお疲れでしょう。少し離れていますが、温泉もありますので良かったらいかがですか?」
「温泉があるの!? 行きたいー!」
「いいね」
「オレも入りたい」
「じゃあ、俺も一緒に……」
「あ、レオンさんはすみません。大切なお話がありますので残っていただけますか」
俺だけお留守番になってしまった。
案内役のアヤメと弟妹たちに手をふって見送る。
……喧嘩しないと良いのだけれども。
「お話って、カーディナル王国についてですよね」
巫女様に話しかけるとニッコリ笑って首を振った。
なんとなく、つかめない人だな……
「カーディナルの件につきましては、村の者が調査に向かっておりますのでもう少しお待ち下さい。」
「そのお話の前に、ルーヴィッヒ様から精霊力について聞いていらっしゃいますか?」
「……すみません。恥ずかしながら、その件について自分はほとんど教えてもらっていなくて」
「ふふ。とても大切に思われていたのですね。きっと貴方を巻き込みたくなかったのでしょう」
ふわりと巫女様が笑う。
ーー大切に思われていた……精霊力について語らないことが?
なんとなく疑問を持ったところで、ふいに巫女様が聞いてきた。
「……レオンハルトさん、精霊の力を使ってみたいですか?」
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