014 黒ノ森で
今向かっているのは錬金村一族の本家がある山村。
その村には長い時を生きる巫女様がいるそうだが、詳しいことは知らない。
「とにかく巫女様に会いに行け」と言われた。
本家のある場所からはカーディナル王国がよく見えるらしい。
「黒ノ森」と呼ばれる深い森を、ランタンを照らしながら進んでいく。
「昼でも暗い」とは聞いていたが、たしかに光源を用意しなければ危険な暗さの山道だ。
魔法で明るくしても良いのだが魔力に反応した魔獣が寄ってくることがあるので、今回は魔力温存のためにもランタンを借りてきた。
ランタンに照らされた山の中は魔素が濃いことも相まって神秘的だ。
うっすらと光る花や薬草も茂っており、苔で覆われた岩の間を静かに水が流れていた。
足元には落ち葉や小枝などが落ちていて、シダ植物の陰には虫や小動物が隠れていたりする。
少し靄がかかったような森の中、ひんやりとした空気が頬をなでる。
時々小さな光がふよふよと飛んでいるのは、たぶん精霊だろう。
仔馬に変身したヴィーはアリスを背に乗せて足を滑らせないように慎重に歩く。
先頭に俺、ヴィーを挟んで後ろにトール。
ランタンで辺りを照らし、気配察知で周囲を確認しながら並んで進んでいた。
「ヴィー、ずっと馬の姿だけど大きいものに変身するのは疲れるだろう。魔力は大丈夫か?」
「問題ないぜ。おじじに周りの自然から魔素を吸収する方法を教えてもらったんだ」
「へえ!自然の魔素を吸収するのか。考えたなぁ」
「聖山は魔素が多いから余裕だぜ♪」
2時間ほど歩いた頃だろうか。
俺の気配察知に何かがひっかかった。
「兄さん」
トールの索敵にも引っかかったようだ。
少しだけ魔力を感じる。人族?
山村まではまだ少し距離があるが、そこの住人だろうか?
「警戒しつつ進むぞ」
みんなで顔を合わせて静かにうなずき、再び足を進めると、あちらの気配も近づいてきた。
その気配は足を止め、木の上に跳び乗った。
? 猿の類かな?
次の瞬間、何かが飛んでくるのを感じてとっさに剣で薙ぎ払う。
それが何かを確認するまもなく、再び何かが飛んできた。
飛んできた方向が同じだったので、今度は身体を反らして交わす。
敵意は感じない。
だが、飛んできたのは矢だった。
「なんのつもりだ。木から降りてこい」
俺は矢が放たれた木の上を睨み、剣を向けながら静かに怒りを込めて言った。
誰かは知らないが、弓矢で狙ってきたのだ。
弟妹たちが怪我でもしたらどうするつもりだ。
こんなこと、絶対に許さないーー!
「へー。お兄さん、けっこうやるね。」
気が強そうな、けれど可愛らしい声が聞こえてきた。
光魔法を飛ばして声が聞こえた方角を照らすと、木の枝に子どもが座っていた。
アリスと同じくらいの年齢だろうか?
狩人のような深緑色の衣とブーツ。
手に弓を持ち、背中には矢筒。
動物の毛皮で作ったらしい白い帽子を被っている。
ーー男の子? いや、女の子かな?
なんてことに気を取られていたら、いつのまにかトールが少女の座っている木の下にいた。
上を見上げて、不機嫌そうに声をかける。
「ねえ、降りてきて誤りなよ」
「矢は当たってないんだから大丈夫でしょ。珍しく村に来た奴がどんな奴か、見極めてやったのさ。巫女様にへんな奴を合わせるわけにいかないからね!」
「……あっそう」
頭に血が登ったらしいトールは、足に魔力を込めて思いきり木を蹴った。
轟音が森の中に響く。
大きな木がメキメキと音を立ててとゆっくり倒れていく。
普段おとなしい子は怒るとめちゃくちゃ怖いんだよ。
「まあまあ、そんなに怒らないで。怒ったなら謝るよ」
女の子はニヒヒと笑いながら飛び降り、一回転して着地すると腰に手を当て仁王立ちで言った。
「ボクはアヤメ。巫女様に言われて迎えに来てあげたよ」
上から目線な態度がトールを更に苛つかせたようだ。
すごい目つきで睨みあっていて2人の間にバチバチと光る稲妻が見える気がする。
でも一応、巫女様に言われて迎えに来てくれたんだよな?
少し安心して肩の力が抜けたけど、違う不安が頭をよぎる。
どうか、これ以上もめごとが増えませんように……!
それにしても、あの子の白い帽子が気になる。
何その帽子。マタギ帽子なのに耳がついている。
すっごい可愛い。
母が亡くなってから代わりにずっと弟妹の面倒をみてきた俺の母性が疼く。
アリスにも似合いそう……やっばい、絶対可愛いと思う。
「レオン兄、私はもう9歳だから耳付き帽子なんてかぶらないよ?」
「えっ声に出てた?」
「うん。出てた」
「白い耳、可愛いね。アリスも似合うとおも⋯⋯」
「かぶんないよ?」
まだ言ってる途中なのに被せ気味に断られた。
「……耳付き帽……」
「かぶんないからね」
ーー残念。
でも今度、狩りで良さそうな毛皮が手に入ったらこっそり作ってみようかな。
□□□
一方、魔王城では。
魔王アモンが機嫌良さそうに執務をこなしていた。
鼻歌でも歌い出しそうなほどの笑みだ。
「陛下、何か良いことでもありました?」
宰相のムスクが聞いた。
「そうだな。良いことかは分からないが楽しみなことが増えたな」
「それは良いことでは?」
「まだどっちに転ぶかわからないから何とも言えないな」
「と言いますと、悪いことになる可能性もあると?」
「現段階では何もわからん。だが動き出したからには状況が変わる。どう変わるのか、とても楽しみだ」
窓から見える海の向こう、遠い北の空を眺めてアモンは面白そうに喉を鳴らした。
「ルーヴィッヒの奴、上手く隠してやがった。お手並み拝見といこうか」
「そういえばヴィックはどうしてる?」
「世話係のセダルから、相変わらず引きこもっていると報告を受けております」
ムスクは眉間にシワを寄せ、人差し指で眼鏡を持ち上げながら言った。
「あのままで良いのですか?」
「食事は?」
「ちゃんと食べているとのことです」
「なら良い」
そのヴィックは、部屋にある大きな窓からいつも通り外を眺めていた。
この部屋は最初の客間とは違い、ヴィック専用に用意された場所だ。
景色が良く日当たりも良い。
眼下には魔族領が広がっており、その向こうには広い海と大陸が見える。
領内のあちこちに大陸の文化とは違う細かい工夫があるのは、前魔王が異世界人だったかららしい。
そんなことに興味のないヴィックは、ただ毎日聖山の方角に向かって祈っていた。
ーーみんなのところに帰りたい。
魔族領は大陸の南に位置する海に囲まれた島。
最北の聖山と最南のここでは距離が離れているし魔素の質も違う。
だが両方とも高濃度の魔素で覆われた場所。
ーー絶対、みんなのところに帰るんだ……!
ヴィックの強い気持ちに魔力が反応する。
聖山まで祈りが届く未来は、そう遠くない。
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☆別連載「異世界創造伝記」ではモノ作り職人ショウが活躍しています。
完結してますが、番外編を時々書いておりますので、こちらもよろしくお願いします。
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