120 宵月の魔術師4
「……今、悪魔と言いましたか?」
『ああ、言ったがどうかしたか?』
「貴方は、悪魔に会っても取り込まれなかったんですね」
『なんのことだ? 良くわからんが契約はしたぞ。この異空間を作る手伝いをするから、入り込んだ者は絶対に外に出すなと』
ーー空間魔法は異世界人が生み出したのだと思っていたのだけど……それより前の人間がなぜ? 悪魔も空間魔法を使えるのか?
「もしかしてこの空間に誰かを閉じ込めたかった、とか?」
『たぶん魔族のお姫様だろ。悪魔と戦っている途中でここに落ちてきたと言っていた』
「魔族の姫に会ったことがあるんですか?」
頷いた魔術師は懐かしそうに目を細める。
『彼女は落ちてきた時に幽霊船に拾われたらしく、そのまま乗っていたぞ。運が良かったな』
ーーやっぱりアレは魔王姫だった!!
「悪魔は? 追ってこなかったのですか?」
『もとろん追ってきたさ。けど私は捕まえる契約はしていないからね、そのまま幽霊船を見送ったよ。悪魔も追いかけて行ったが……どうなったかは知らないな』
「そう……ですか」
『私は美しいレディの味方だからね。あのお姫様の無事を祈るってるよ』
ウインクする魔術師。
リオニダスとは違う意味で軽薄そうだな。
『ところで青年、そろそろこの結界を解いて私を船に乗せてくれないか』
空中に浮かんだままの魔術師が言う。
船に乗りたければ自分で降りてくれば良いのに。
もしかして結界に拒否されている?
ーー害あるものはこの結界には入れない。つまり、彼には何かある。
「すみませんが自分には結界を解くことはできません」
『それは残念だ。私の新しい家にしようと思ったのに』
「家……ですか?」
『そうだ。前の家は海賊どもにやられてしまったからな。新しい船が欲しかったのだ』
「……この船は渡せませんね」
『断られたとしても私がもらうのは決定事項だ。仲良くやろうじゃないか』
「それは困りましたね」
その時、背後に気配を感じて振り返るとトールとアリスがゆらりと動いていた。
なんだか様子がおかしい。
「どうかしたのか、ふたりとも?」
「「…………」」
返事がない。
二人はゆらゆらと動きながら結界に攻撃を始めた。
「!? おいっ本当にどうしたんだ!?」
「おまえら正気に戻れ!!」
焦って止めようとしたが、その前にヴィーが尻尾でふたりの頬をはたく。
二人は一瞬手を止めたが効果はあまりなさそうだ。
「オマエ、何しやがった!?」
「さぁな?」
怒るヴィーに対してニヤリと口角を上げる魔術師。
ーーこいつ……!
けれど俺はなんとなく想像がついた。
イカも操っていたし、きっと同じような魔術だろう。
ーー精神干渉の類だろうか。
『どんな強固な結界でもさ、内側と外側から同時に攻撃を受ければ弱るものなんだよ。外への攻撃は通せても、内から結界への攻撃は想定してないだろう?』
そう言って呪文を唱え始める魔術師。
外から結界を攻撃するつもりか……させるものか!
スピードの威力を上げて水弾を数発飛ばすが簡単に弾かれてしまう。
ならばと水刃で彼の魔法陣を壊そうとしたが、あっさりと躱しながらこちらへ攻撃してきた。
やはり戦い慣れている人は違う。
2弾、3弾と結界への衝撃が伝わってくる。
ーー結界はまだ無事だが壊れるのも時間の問題。これ以上の攻撃は許されない……!
手遅れになる前に威力の高い魔法で終わらせるべきだろう。
術者を倒せばトールもアリスも元に戻るはず。
目を閉じて、内なる魔力を練り上げる。
「水よ! 我が敵を射抜く槍となれっアクアランス!」
水の槍を出したは良いが、人に向けてこの技を撃つのは初めてだ。
弟妹を操るなんて許せないと思いつつも非情になりきれない自分がいる。
目の前の対象と水の槍に小さく息を呑む。
一瞬の迷いに手が止まる。
その時、後方から叫ぶ声が聞こえた。
「躊躇するな! そいつも亡霊だ!!」
振り返れば、幽霊船に力強く立っている魔王姫の姿が見えた。
どうやら援軍が来てくれたようだ。
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※すみません、かなり立て込んできたので少し間が空きます(涙)再開したらまた読みに来ていただけると嬉しいです……




