119 宵月の魔術師3
海に沈んでいく巨大イカと海賊船を見ながら、ふん、と鼻を鳴らす魔術師。
「あの、あのままでは彼らは死んでしまうのでは」
『それがどうかしたか? あんな奴ら、海底でもがき苦しめば良いのだ』
「けど」
『それに奴らは完全に亡くなることはない』
「え、それはどういう……?
『奴らは実体があるように見えるが、実際はただの亡霊だ。今は亡き者達に遠慮することはない』
「亡霊……」
『そうだ。欲深き者達の思念が亡霊になり、この空間で実体を得た。だがアレは仮初めの肉体。制裁を加えるのに遠慮はいらないだろう』
蹴散らすのが当然とでも言いたげな魔術師。
『そもそも、お前が遠慮せずに奴らを沈めておけば無駄に力を使わずに済んだのだ』
「う……それは、はい。すみません」
俺は頭を垂れた。
「ところで貴方は何者ですか?」
トールが疑惑の目を向けながら魔術師に質問する。
『そういえば話の途中だったね。私は宵月の魔術師・ドーマン。砂漠の国ラバルトの出身だ』
「ラバルト……そういえば古い地図に名前がありました。今は違う国になったようですが」
『なんと! 知らぬうちに滅んだか。はははっ! いい気味だ』
魔術師は愉快そうに声を上げて笑う。
「貴方の故郷なのでは?」
『そうだが、特に思い入れもない。奴らは私の素晴らしい魔術の才能に嫉妬し国外追放したのだ。反逆者の汚名まで着せて』
「…………」
『だから私は自分で新しい国を作った。この異空間は私の魔術で作られた、私のための場所なのだ』
ーーこの強気な様子じゃ反逆者ってのもあながち間違いじゃなさそうな気がする。
「貴方が作った異空間てことはわかりました。自分で作った空間なのに海賊に捕まったんですか?」
『私の名声は近隣国にも届いていたからね。仲間にしようと権力者の使いがやってくるようになったし、そいつらを狙って海賊どもも集まってきたのさ』
ーー名声……悪行だったりして……?
魔術師の周囲の魔力が黒く染まっている。
ほら、アリスも不穏な空気を察して怯えてるじゃないか。
ヴィーを抱っこして落ち着こうとしているようだけど……そんなに力を入れたらヴィーが潰れちゃうぞ!?
『そしてうっかりこの異空間に入り込んでしまった連中もいた。奴らもその一部だ。奴らは他の船を襲い宝を貯め込んだ。その中に呪の首輪もあったんだろう……戦いの最中に隙をつかれて奴隷にされてしまったのだ』
「そうでしたか……大変でしたね」
「そちらの事情はわかりました。ぼくたちはこの異空間から出たいのですがどうすれば良いですか?」
『あー……それだが、この異空間からは何人たりとも出ることはできない。そう悪魔と契約したからな』
魔術師は頭をガシガシかきながら申し訳なさそうに言った。
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