110 とある漁師の物語
この状況からどうにか抜け出せないものかと考え、本棚に並ぶ本を観察してみる。
これらは船旅で飽きないようにと精霊の皆さんが揃えてくれたものだ。
船を降りる時に持って行ってもかまわないと言われている。
ーー長寿の彼らが持っていたものだけあって、かなり古いものもあるな。
「南の島の幽霊船」
「空飛ぶ怪魚」
「黒い森の賢者」
「小さな貴婦人と旅人」
「仮面の勇者」
本の厚さから子供向けに思えるけれど、実際に幽霊船が出たのだから何か意味があって選定されたのかもしれない。
「レオン兄、どうしたら良い?」
「なんか手伝うことあるか?」
「この異空間から抜け出す方法ってあるのかな」
「……うん、そうだな。抜け出す方法は分からないけれど、もしかしたら本の中にヒントがあるかもしれない。手分けして読んでみよう」
「「「わかった!」」」
「じゃあ、ぼくはこれの続きを読んでみるよ」
トールは幽霊船の本を手に取った。
アリスには読みやすそうな「小さな貴婦人と旅人」を渡し、ヴィックには飽きずに読めそうな「仮面の勇者」を渡す。
俺は「空飛ぶ怪魚」を手に取りパラパラとページをめくる。
それは、とある漁師の物語だった。
■■■
いつも通り夜明け前から漁に出ていた主人公は、ある日、空を飛ぶ巨大な魚に出会う。
魚は「主の元に帰りたいが方向が分からない」と困っていたので、可愛そうに思った主人公は帰り道を探す手伝いをすることにした。
それを見ていた漁師の仲間は「これだけ大きい魚なら一儲けできるぞ」と槍を飛ばしたが、攻撃を跳ね返されて船ごと沈んでしまった。
主人公は仲間を失い悲しんだが、自業自得という面もあり魚を責めることはしなかった。
やがて魚の帰る道を見つけ、別れの時が来た。
巨大魚は親切にしてくれた御礼にと自身の大きな鱗を渡した。それはどんな願いでもひとつだけ叶えてくれる不思議な鱗だった。
漁師は海に沈んだ仲間を蘇らせ、村のみんなと仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
■■■
ーーよくある昔話に似ているけれど、初めて読む物語だな。
それに「願いを叶えてくれる鱗」というのは気になる。
けど、巨大魚か……そんなの今はいないんだよなぁ。
溜息をついていると、トールが声をかけてきた。
「兄さんの方は何か手がかりあった?」
「なんとも言えないかな……」
「こっちの幽霊船の本も具体的な解決法は分からなかった」
「どんな話だったの?」
「船旅の途中で海へ落ちた主人公が幽霊船に拾われて、時を越えて旅をする話」
「……読む前の説明とあまり変わらないぞ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。もう少し詳しく」
こうしている間にも謎の集団との距離がどんどん近づいていると思うと、早く解決策を見つけなくてはと気持ちが焦ってしまう。
もういっそ、時間が止まれば良いのに……!
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