108 幽霊船
月の光を受けて青白く光る得体の知れない船。
広く、静かな海に波音だけが響く。
幽霊船はゆっくりと距離を近づけてきた。
ーーまさか、ぶつかりはしないよな?
手を出さなければ何もされないはず。
俺は静かに通り過ぎるのを祈った。
ーー頼むから、何事もありませんように!
緊張した空気が部屋の中を支配する。
今は窓からそっと外を伺うことしかできない。
俺達は見つからないように身を潜めて息を殺した。
青白く光る月が船内に小さな影を作る。
静かな暗闇の中で存在を見せつていた船は、いつのまにか数百メートルという距離にまで近づいてきていた。
続く沈黙。
やがて、月明かりに加えて幽霊船の光も入ってきた。
ーーこのまま、すれ違うのか……?
月が作っていた影に船の帆の形も加わっており、すぐそこに幽霊船がいるのがわかった。
ゆっくり、ゆっくり影の形を変えて移動する船。
窓の外からはとてつもない魔力を感じる。
だが不思議なことに、嫌悪や畏怖といった感情は持たなかった。
ただ緊張で汗が滲む。
弟妹達も身を隠しながら震えている。
この魔力に不安を感じているのだろう。
あれだけの幽霊船だ。
元は立派な船だったろうから持ち主は貴族か豪商かもしれない。
一昔前の時代背景を考えれば、おそらく巨大な魔石か凄腕の魔法師が動かしていたのだろう。
かなりの魔力が残っていた。
幽霊船にするほどの心残りがある乗船者がいたのだろうか。
故人に同情しているうちに幽霊船は横を通り過ぎ、窓の影は元に戻っていく。
……そろそろ大丈夫だろうか。
頭を上げてそっと窓の外を覗き込むと、遠ざかろうとする船尾が見えた。
そこに人影が見える。
よせば良いのに、俺は確認のため視力強化でその人影を見た。
見てしまった。
幽霊船てくらいだから骸骨とかいるかもしれない。
そんな覚悟はしていたけれど。
その凛々しい人影が女性だなんて考えてもいなかった。
細身のシルエットのわりに力強い存在感、凛としたオーラ。
風になびく美しい黒髪。
よく見ると顔は大婆様シノンによく似ている。
しかも魔王アモンと同じ形をした角があるなんて。
魔族なのは間違いないけれど。
ーー貴方は、誰なのですか……!?
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