010 錬金術の小さな村
日の出とともに起きて、朝食の準備。
今朝は冬に逆戻りしたかのように冷え込んでいて、一歩踏み出すごとに小さな霜柱がパリパリと音を立てる。
昨夜の残りの野菜スープを温め、赤いトマティの実とコショウを追加して味変。
甘酸っぱくなったところにバターを少し追加してまろやかにする。
あとは皿にバゲットとチーズと焼いたソーセージを盛り付け。
テーブルに並べていると「おはよう」と声が聞こえた。
「おはよう、アリス。ちょうど朝食ができたよ」
「あれ? トール兄達は?」
「湧き水を汲みに行ってる」
「ただいま。おはようアリス」
ちょうどトールも帰ってきたが、一匹足りない。
「ヴィーは?」
「パトロールしてくるって飛んで行ったよ。木の実でも食べてくるんじゃない?」
「じゃあ、俺達もさっさと食べて出発しよう。日暮れまでの到着を目指すぞ」
野営道具をクリーン魔法で綺麗にしてリュックタイプのマジックバックへ収納する。
このバッグは一番大きいからトールが背負ってくれている。
ちなみに俺のマジックバッグは剣を振りやすいようにボディバックタイプだ。
食料と重要なものを中心に入れてある。
アリスは斜めがけタイプのバッグ。
私物と、残りの引っ越し荷物を入れてもらっている。
索敵の魔法を展開して出発準備。
移動の気配を感じて戻ってきたヴィーが、パタパタ動かしていた羽をしまってトールの左肩に止まった。
「何か見えた?」
「しばらく森が続くけど、この辺は大きな獣はいなそうだから今のうちに進んじまおうぜ」
「ありがとう。村まであと少しだ、みんな頑張ろう!」
身体強化でスピードアップして森の中を駆ける。
風が俺達をよける。
木々が視界の後方へと流れていく。
足元に散らばる小枝や草花が小さな音を立てるが、すぐに遠くへ消えていく。
時々うしろを振り返ってアリス達がちゃんと付いてきているか確認。
幸いなことにここまでは凶暴な獣には遭遇していない。
そりゃあ、これだけ強い魔力を持ったやつらが爆走していたら普通の獣は近寄ってこないだろう。
休憩をとりながら移動して、日が沈む頃には目的の村に到着した。
村の入口をくぐると、そこには4軒ほどの茅葺き屋根の古民家があった。
村の中はとても静かで人が見当たらない。
一番奥の民家の前まで行き扉をノックする。
トントントン
「誰じゃ?」
中から掠れたような声がした。
「おばば殿、レオンハルトです。ご無沙汰しております」
「おや、久しいのぉ! 遠慮せず入っとくれ」
引き戸を開けると囲炉裏の前に一人の老婆が座っており、くしゃくしゃの笑顔で迎えてくれた。
「よく来たねぇ、1年ぶりくらいかい? 迷わなかったかね?」
「大丈夫です。急に来てしまってすみません」
「ええよ、ええよ。ゆっくりして行きな。……おや? 後ろにおるのは、もしかしてヴィックとアリスかい?」
「こんばんわ」
「は、はじめまして! アリスです。よろしくお願いいします」
「おやおや、よく来たのう。わっしのことは”おばば”と呼んどくれ」
「とりあえず囲炉裏にあたりなされ。まだまだ夜は寒いからねぇ」
ぐるりと囲炉裏を囲む俺達を、暖かい灯が癒やしてくれる。
おばばが囲炉裏にかけてある鉄瓶からお茶を注ぐと白い湯気がやわらかく立ち上り溶けていった。
アリス達は初めての古民家に興味津々だが緊張しているらしく無言で部屋を見回している。
エルフの家は石やレンガで造られていたからな。
ここは錬金術の村。初めて見るような魔道具もたくさんある。
俺も初めて来たときはワクワクしたのを覚えている。
時間があれば見せてもらうのも良いだろう。
「ルーヴィッヒ様のことは聞いたよ。惜しい人を亡くしたねぇ」
「……はい」
「それで? 一体どうしたってんだい、兄弟揃って」
「あの、父が先日ここへ来たと思うのですが」
「ああ……1ヶ月ほど前じゃったかねぇ?」
「父が留守の間に魔王が強襲してきました」
「なんと!! あやつが……!」
「それで、父に伝書鳥を飛ばしたのですが連絡がつかないのです」
「……ふ〜む」
おばばは眉間にシワを寄せると腕を組んで考え込む。
ヴィックのことは説明が難しいし心配をかけたくないので今回は話さなくても良いだろうか。
びっくりして心臓でも止まったらそれこそ一大事だ。
「そうじゃねぇ。何かあったのだろうとは思うが、状況がわからんことにはどうにもならん。カーディナルの王都に行ったんじゃよな?」
「はい。」
「ちょうど今おじじも行っておる。たぶん明日あたりに帰ってくるはずじゃから話を聞いてみたらええ。今日はゆっくり休んどくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「右の家が空いているでのぉ、すまんが自分たちで寝床を準備してくれんか。最近は足腰が弱っていかん。歳はとるもんじゃないわい」
ほっほっほっと笑うおばば様。
これでも御年130歳らしい。
この一族は人族としては長寿らしく、先代の錬金術師は150歳まで生きたらしい。
カーディナル王国へ行っているというおじじも100歳くらいのはずだ。
隣国とはいえ、聖山の森は深くて途中には険しい崖も存在する。
普通の人族では辿り着けないようなその道中を、おじじは荷物を背負ってひょいひょい歩く。
初めて見たときはどんな脚力だよと驚いたものだ。
特殊な民族と聞いているから、きっと他の村人もそうなのだろう。
「宿を貸していただけるだけで十分ですよ。お世話になります」
「食事はこっちにまとめて用意するから荷物を置いたら来とくれ。今は村の者が出払っとって人手がないんじゃ」
「もしかして残ってるのは おばば一人だけですか?」
「ああ、他の者は本家のほうに行っておる」
「じゃあ食事は俺達が準備しますよ。すぐに戻るのでおばばはのんびりしててください」
「ほら、おまえ達。今日の宿に行くぞ」
泊まる家に移動すると、初めての古民家にアリスとヴィーは大はしゃぎだ。
人手がないと言っていたわりには綺麗に掃除してある。
部屋の隅に荷物を置き、物置部屋の扉を開けて今夜の寝具を確認したら、トイレや風呂の使い方の説明。
錬金術の村というだけあって、便利な魔道具があちこちに置いてある。
……まぁ、大爺様の部屋にもびっくりするくらいあったけれど。
「すごいねぇ。見たことないものがいっぱい!」
「頼むから壊すなよ。とくに、アリスとヴィー! 本当に気をつけてくれ」
「やだな~大丈夫だよ!」
「そんな簡単に壊さないって」
2人は大丈夫だとニコニコしているが不安が拭いきれない。
「……トール、俺が見ていないときはよろしく頼むよ」
「ん。まかせて」
この日の夕食は囲炉裏に鍋をかけて猪鍋。
里でいただいた野菜がたくさんあったのと、先日狩った猪肉が少し残っていたからだ。
おばばも「おいしい」と喜んでくれた。
アリスとヴィーは人懐っこさですぐにおばばと仲良くなった。
トールは相変わらず口数が少ないけれど、口元がほころんでいるから楽しいのだと思う。
囲炉裏を囲むのっていいな。騒がしいんだけど、なんだかホッとできる暖かさがある。
大爺様が亡くなってから次々に起こった出来事に気負って疲れていた心に暖かい空気が染みる。
このときの俺は、これから訪れる想像以上の闇を知る由も無かった。
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