悪役令嬢は、前世の記憶で華麗なる逆転劇を演じる!
第一章 悪夢のようなティーパーティー
「アイリス様、王太子殿下がお待ちです。」
侍女の言葉に、私は置かれた状況を理解するのに数秒を要した。重厚な扉の向こうに広がるのは、豪華絢爛な宮殿の大サロン。そして、私をじっと見つめる金髪碧眼の美青年――セドリック・アルフォード、この国の王太子だ。
ああ、思い出した。ここは私が前世で熱中した乙女ゲーム『エテルニアの恋歌』の世界。しかも私は、ヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢、アイリス・ローゼンベルグに転生してしまったのだ。
「アイリス、今日は何の用件だ?」
セドリックの冷たい声色が、私の鼓膜を打つ。ゲームのシナリオ通りなら、今まさに彼は私との婚約破棄を宣言しようとしている。
悪役令嬢である私は、セドリックに執着し、ヒロインを虐げてきた。その結果、貴族からの支持を失い、最終的には断罪される――それが、ゲームで描かれたアイリスの末路だった。
だが、私は知っている。セドリックが本当に愛しているのは、可憐で心優しいヒロイン、リリアナ・グレイスなのだと。
「セドリック様、お話があるのです」
私は優雅に笑顔を浮かべてみせる。ゲームで培った知識を総動員し、完璧な淑女を演じなければ。
「この婚約、お破りになってはいかがでしょう?」
私の言葉に、サロンに緊張が走る。セドリックは一瞬、驚きの表情を見せた後、冷たく言い放った。
「その言葉、本心か?」
「もちろんですわ。セドリック様には、もっと相応しいお相手がいらっしゃるでしょう?」
私は視線を逸らすことなく、セドリックの瞳を見据える。動揺は見せてはならない。悪役令嬢は、最後まで毅然としていなければならないのだ。
「……良いだろう。私も、君との婚約は考え直す必要があると思っていた」
セドリックの言葉が、私の勝利宣言だった。悪夢のような未来を回避するための、最初の関門を突破したのだ。
しかし、これはまだ序章に過ぎない。私は、悪役令嬢の運命を完全に覆し、自分自身の幸せを掴むため、この世界で生き抜くことを決意する。
第二章 悪評と慈悲の狭間で
セドリックとの婚約破棄は、まるで嵐のような衝撃を王都にもたらした。悪役令嬢の烙印を押された私が、自ら婚約破棄を申し出るとは、誰も予想だにしなかっただろう。
もちろん、世間知らずの貴族たちは噂話に花を咲かせた。
「信じられないわ!あのアイリス様が、殿下を振るとは!」
「一体どうして?何か裏があるに違いないわ」
「まさか、あの冷酷なアイリス様が心を入れ替えたっていうの?」
聞こえてくる噂話は、どれも的外れなものばかり。私が婚約破棄を申し出た真意を知る者は、この場に誰一人としていない。
いいえ、一人だけ違う。
「アイリス様、大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてきたのは、私の専属侍女のメアリーだ。彼女は数少ない、ゲームで最後まで私を裏切らなかった人物。だからこそ、私は彼女にだけは本音を打ち明けていた。
「ええ、大丈夫よ。むしろスッキリしたくらいだわ」
努めて明るく振る舞ってみせる。メアリーは私の心の内を見透かすかのように、優しく微笑んだ。
「アイリス様が、ご自身の意思で決断されたこと。きっと良い方向に向かいます」
メアリーの言葉に、私は小さく頷く。この世界で生き残るためには、信頼できる味方が必要不可欠だ。そして、メアリーはまさにその貴重な存在だった。
「メアリー、あなたに頼みがあるの」
「なんでしょう?」
「孤児院への寄付の手配をしてちょうだい。それと、来週には貧民街の診療所を訪れたいわ」
ゲームの知識を頼りに、私は慈善活動に力を入れ始めた。悪役令嬢のイメージを払拭し、民衆からの支持を得るためには、貴族たちの心象を良くするだけでは足りない。
最初は戸惑っていた周囲も、徐々に私の変化に気づき始める。冷酷だったはずの悪役令嬢が、弱者に対して慈悲の心を示すことに、貴族たちは驚きを隠せない。中には、偽善だと囁く者もいたが、私は気にも留めない。
「アイリス様は、以前とはまるで別人のようになられましたね」
ある日、社交界でそんな噂を耳にした。効果は少しずつだが、確かに現れ始めている。しかし、油断はできない。私の過去を知る者たちは、依然として私を警戒している。
特に、セドリックの側近である騎士団長、レイモンド・ナイトレーは、鋭い視線で私を見つめていた。彼はセドリックに忠誠を誓う、高潔で実直な人物。だからこそ、私の変化を容易に信じることができないのだろう。
「アイリス様、油断なさらないでください。これは、あなたの策略かもしれません」
ある夜会で、彼はそう言い放った。彼の言葉は、まるで私の心を꿰뚫くかのようだった。
「あなたには、私の何がわかるというの?」
私は平静を装いながらも、心の中で怒りがこみ上げてくるのを感じた。偽善者だと疑われることよりも、私の変化を認めようとしないレイモンドの頑固さに、腹立たしさを感じていたのかもしれない。
「何も知りもしないくせに……」
レイモンドの言葉は、私の心に深く突き刺さる。悪役令嬢というレッテルは、そう簡単に剥がせるものではないことを、改めて思い知らされた。
第三章 偽りの仮面と真実の心
レイモンドの言葉は、私を深く傷つけた。だが同時に、彼の言うことも一理あると理解していた。私はこれまで、数々の悪行を重ねてきたのだから。
悪役令嬢は、周囲の目を欺くために、完璧な仮面を被り続けなければならない。偽善であろうと、策略であろうと、結果が全てなのだ。
私は貴族たちへの接し方を改め、慈善活動にも積極的に参加した。貧民街の子供たちに施しを与え、孤児院には多額の寄付を行った。
すると、徐々に人々の私を見る目が変わってきた。
「アイリス様は、本当に変わられたのね」
「以前のことは、水に流しましょう」
社交界では、私の変化を歓迎する声が上がるようになった。だが、私は心の底では、まだ葛藤していた。
私は本当に変わることができたのだろうか?それとも、これは悪役令嬢として生き残るための、新たな仮面に過ぎないのだろうか?
第四章 運命の邂逅と愛の芽生え
ある日、私は王宮の庭園を散歩中に、偶然にもリリアナと出会った。彼女は水色のドレスを身に纏い、可憐な花々に囲まれながら、絵を描いていた。
ゲームのシナリオでは、私が散々嫌がらせをした相手。しかし、今の私は過去の自分を反省し、彼女に嫌悪感を抱くことはなかった。
リリアナは私を見るなり、驚いたような表情を見せた。しかし、すぐに柔らかな笑みを浮かべて言った。
「アイリス様、お久しぶりですわね」
彼女の態度は、ゲームで描かれていたものとは全く違っていた。ゲームの中の彼女は、私が仕掛ける嫌がらせに耐え忍ぶ、おとなしいだけの少女だった。
しかし、今のリリアナは、内側から溢れ出るような輝きを放っていた。それは、セドリックと相思相愛になっていく、彼女の心の変化を表しているようだった。
私は意を決して、リリアナに謝罪した。
「リリアナ様、今まであなたにしたことを、心から謝罪いたします」
すると、リリアナは驚いた様子を見せた後、静かに言った。
「過去のことは、もう気にしないでください。アイリス様は、変わられたのですもの」
リリアナの言葉は、私の心を温かく包み込んだ。彼女は、私の偽りのない変化を感じ取っていたのだ。
それからの私は、リリアナとも親交を深めていった。彼女は、私が今まで知らなかった世界を見せてくれた。
花々や鳥たちの歌声に耳を傾け、心穏やかに過ごす時間。それは、悪役令嬢として生きてきた私には、想像もつかなかったことだった。
リリアナとの交流を通して、私は自分の中に、新たな感情が芽生えていることに気付いた。それは、セドリックへの執着とは違う、温かくて優しい感情。
私は、リリアナの幸せを心から願っていた。そして、彼女が愛するセドリックとも、いつか心を通わせることができれば、と願っていた。
第五章 悪役令嬢の決断と新たな未来
セドリックとの婚約破棄から数ヶ月後、王宮で盛大な舞踏会が開催されることになった。
私は、リリアナにエスコートを頼まれ、彼女と共に舞踏会へ向かった。会場は、煌びやかなシャンデリアの光に包まれ、華やかなドレスを身に纏った貴族たちで賑わっていた。
その中で、ひときわ目を引く美貌の持ち主がいた。セドリックだ。彼は、リリアナを優しい眼差しで見つめていた。
二人の姿を見た瞬間、私は胸に、微かな痛みを感じた。しかし、それは嫉妬や羨望といった感情ではなかった。
私は、二人の幸せを心から願っていた。
舞踏会の終盤、セドリックはリリアナにプロポーズをし、彼女はそれを受け入れた。二人の婚約は、王国中に祝福をもって迎えられた。
私は、二人の姿を遠くから見つめながら、心から祝福の言葉を贈った。
悪役令嬢は、過去の過ちを償い、未来を変えるために動いていた。それは、自分自身の幸せのためでもあった。
私は、悪役令嬢ではなく、アイリス・ローゼンベルグとして、この世界で生きていくことを決意した。
そして、いつか私にも、真実の愛が訪れることを信じて。